永遠の、眩き




随分迷っていたことがある。
そこに行けば、苦痛が伴う。けれど焦がれるほどに執着している。そこに行っても誰もいないし、己が独りであるということがわかってしまう。身をもって感じ取ってしまう。そして罪も。
けれど、行きたいという気持ちも消えないのだ。

そこへ行きたい。行きたくない。
矛盾した気持ちを抱えながら特務室前で私は立ち尽くしていた。


「・・・」

あやこといつも通りに洗濯物を洗い庭に干した。キリカに頼まれた買い物にいった。最初獄都の中は獄卒とは別に和服を着た昔の人や洋服を着た現代に近い人、そして妖怪と呼べるものが普通に歩いていて驚いた。そして道が少し複雑で、街路から外れると薄暗い陰湿な狭道にもでるのだ。それらも最近では毎日のように歩いているので慣れてしまった。
館の廊下の掃除も終わらせてしまい暇になってしまった私はふと、私の世界での親友と遊んだ記憶を浮かべてしまい――獄都を歩くのではなく、現世を、歩きたい、と思ってしまったのだ。
そこで、行っても虚しいだけだ、されど行きたい、という葛藤が始まってしまい、迷いながらも肋角のいる執務室前まで来てしまったのだ。
扉の前に立つが、それを開けることはできない。

行きたい。行きたくない。そう言い争う自身の心の争いで胸が苦しい。

「・・・」

行きたい。我慢しよう。行っても意味などないじゃないか。戻れないという現実に叩きのめされるだけじゃないか。私の世界でないと、仲間もそこにはいないと、わかってしまう。けれど、見たい。行きたい。本物でないとしても、ほぼ同一のそれらの光景を見たい。歩きたい。触りたい。

「先ほどから何をしているんだ?」
「ひあ!?」

背後から降りてきた声に吃驚して扉に身を寄せてしまう。
ドキドキする心臓をおさえながら振り返るとそこには特務室にいると思っていた肋角がとても古い二冊の本を手に持ち立っていた。

「俺に何か用か」
「あ、その、いや、暇になってしまって、それで」

現世に。

その言葉が出ない。続きをいつまでも言わない私にしびれを切らした肋角。

「・・・用がないのであれば退いてくれ」
「は、はい・・・ごめんなさい」

横にずれる。肋角はそのまま扉を開けて中に入って行ってしまった。彼がくぐって行った扉を見て、ため息。
結局、私はここの現世に何を求めているのか。救いでも求めてるのか。それとも諦めるための理由を求めているのか。

私はもう一度ため息を吐いて、部屋へと戻るのだった。







**


「少しだけ見えたけれど今の子がつかさ、という子かな?」

扉の前に、何かを思いつめながら立っていたつかさ。本人がその思いつめる原因を口にしないのならば関与はしない。肋角は、彼女を退かせ特務室へと戻った。そこには待たせていた災藤が紅茶を口に含みソファーに座っていた。

「そうだ。別の世界から来たという亡者でも生者でも、獄卒でもない存在だ」
「非常に稀有だ。それに小さくて愛いらしい」

そう薄く笑みを浮かべる災藤。
確かに、と笑った。

この館に滞在して一か月は経つだろうか。本人が気付いているかどうかはわからないが始めの何か抜け落ちたかのような無表情がだんだんと柔らかくなってきた。当初見せることがなかった笑みも時折覗くようになり、人を寄せ付けない敬語も崩れたものとなっている。人によっては敬語でないときもある。そんな変化を見ているのは楽しい。人間と獄卒とは違うが、それでも、暗い瞳をみせていた者がだんだんと明るくなっていく様子をみるのは、うれしく思うのだ。
災藤がいうように、愛いらしいともいえるのかもしれない。

椅子に座り、古い二冊の本を置いた。
これは解明ができず、謎のままで終わった物事が書かれた本だ。閻魔庁に行けばさらなる量を拝見できるが、ひとまずこの館にあるものから見ようと思う持ってきたのだ。中を開き見る。事細かには書かれていない文章の列が年と日付ごとに書かれている。紙の劣化で読みにくい所もあるが、なんとか読めるだろう。

「部下たちも興味を持っているようだ。特に佐疫と木舌は目でみてわかるよ」
「佐疫は己が拾ってきたから気にしているんだろう。木舌は・・・災藤と同じで小さいのが好みだからではないのか?」
「ふふ、何も小さいのが好み、というわけではないな。ただ、飼うとしたらあの子はきっといつまでも楽しませてくれそうでね」
「よくない言葉だな。だが、もし可能であるならば、獄卒としてここに迎えたいとは思う」
「稀有故に?」
「稀有故にもあるが・・・そうだな、世話を焼きたくなったと、でも」
「肋角らしい」
「ああ、そうだな」

互いに小さく笑いあう。
災藤のいう”飼う”も肋角のいう”迎えたい”も内では似たような意味であるとはこの二人以外誰もわかりはしないだろう。ただ、少しだけ、見る向きが、ほんの少しだけ違うだけのもの。

「我々の仲間になれるといいね」
「それはこれからの俺たちの接し次第と、つかさの心次第だな」

我々がどれだけつかさを思い留まらせることができるか。
つかさがどれだけ我々に希望を見出し、つかもうと手を伸ばしてくるか。

目的を果たした彼女は、はたして何を選ぶのか。
安らかな暗き諦めか。
それとも。
新たな光に目を覚ますのか。


できれば後者であればいい。
そう肋角は思い懐から煙管を取り出した。




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