「真桜は、お前の事を本当は憎んでいたぞ。幾度と愛する者を殺されていった真桜。その者の命を摘んだ男はお前を好いていた。お前に責任はなかったとはいえ、己の愛する者は死に、愛する者の首をとった者が生きて、しかもお前の隣にいる。さぞや憎かっただろうな。それが繰り返し繰り返し見ることになるのだからその憎悪は底なしだろうな。なあ、つかさ。真桜を壊したのは誰だ?」 ――――――私です。 ** 「あ、木舌ここにいたんだ。はい、事後報告書」 「ありがと」 「ここで立って何を見てるの?」 佐疫が事後報告書を渡すために木舌を探し回っていた。部屋にもいなく、食堂にもいなかった彼を探して館中歩き回った佐疫が木舌を見つけた場所は訓練場。扉から半身みせていた彼の姿に近寄った佐疫だったが、木舌がじっと正面をみているのに気付き目を向けた。 そこには、つかさがいた。 それと谷裂。木舌や佐疫それと平腹とはたまに見かけるようになったつかさだったが、ストイックな彼とこうして仕合いするほどの関係だとは思わなかった。 まだ仕合いが始まったばかりなのか互いに距離をとって、動きに警戒している。 「佐疫か」 「あれ、斬島もいたんだ。二人してなんで見てるの?」 「いやあ、つかさちゃんがあのバサラ?の力無しで谷裂と仕合いするって言ったから」 「へえ。確かにそれは気になる。というか、つかさが大丈夫なのか気になるね」 「そう。その力あってこそ強いのにそれなしで谷裂相手だもん。手加減なんてしないよね谷裂も」 確かに。 どの獄卒よりも自他共に厳しい谷裂だ。たとえその力なしで仕合いをするのだとしても手加減などしないだろう。見た目の身長からしてもだいぶ差があり、手荷物武器も大きな金棒と小さな刃物。勝てるのかどうか。 「動いたぞ」 斬島の言葉に正面をみる。間合い感覚を保っていた二人だったが、それを詰め始めたのはつかさ。 小柄な身が一直線に谷裂へと俊敏に近づく。谷裂は動かない。だが、その目はしっかりとつかさをとらえている。つかさの苦無の刃が首へと向けられる。それを小さな上半身の動きだけで避け、金棒を持っていない手でつかさを捕まえようと手を伸ばす。 つかさはそれに捕まらないように身を低くしさらりとかわすと背後に回った。背後をとられた谷裂はしかし金棒を横に大きく振り身体をひねり回転。背後にいたつかさへと金棒の攻撃が飛ぶ。ひざをおり回避。谷裂はそのまま上へと金棒を振り上げ、しゃがんだ状態でいるつかさへとそれを振り下ろす。 つかさはひじをバネにし後ろへと跳躍。金棒は地面にめり込み一瞬の隙をつくる。つかさは手に持っていた苦無を谷裂へと投げる。胸へと飛んできた苦無を避けるには金棒を持ち上げるか、手放して避けなければならない。しかし金棒は床にめり込んでいるのだ。 谷裂といえどそれを抜く間に苦無の黒く鈍る刃がその胸に突き刺さるだろう。 谷裂は金棒を手放して、その苦無をあっけなくつかんだ。 一分と満たない二人の動き。 それを静かに分析しているのは、壁際で見ている三人の獄卒。 「つかさは俊敏な動きをするが、狙い処が単純だな」 「つかさちゃんは忍びみたいな動きをしているからね。こういう接近戦よりも背後からの奇襲の方が得意なんじゃないかな」 「そうだね。あと、少し息が荒いようにも見える。体力ないのかも」 「ならば、勝機は薄いだろうな。一瞬の勝負で勝てなければ、先ほどの背後に回った際に相手を負かせられなかったならばあとはもう隙が覗くだろう」 斬島の言葉通りに最初の時よりも速度が少し落ちている。それと口を開いて酸素を摂取している。肩が上下している。頬が少し赤くなり汗がにじんでいる。この一分もみたない動きで彼女は息が上がっていた。 「貴様、もうばてたか!」 つかんだ苦無を放り投げた。つかさは谷裂の言葉に何も返さず、代わりに懐から苦無を取り出した。体力はないが、まだやれる。そう言っているようだった。 身を低くし走るつかさ。金棒という武器を持っていない谷裂に向かい、動きを鈍くするために足を狙う。腿をわずかばかりに切り裂く。だが、致命傷でもない。それどころかマフラーをつかまれ捕獲されてしまった。マフラーにより首が閉まり苦痛の声をもらす。そのまま放り投げられ壁に衝突。ゲホ!背中にくる衝撃に咳をして床にうずくまる。 「もう終わりか――――・・・?」 つかさへと近づこうとした谷裂の足が止まった。一歩前にだした足を谷裂は忌わしそうに見つめ、つかさを見た。咳き込んでいたつかさはよろりと起き上がり、苦痛に顔を歪めながらもわらった。 「・・・即効性のしびれ毒の味はいかが、ですかね」 「小癪な真似をする。だが、弱いな!」 「っ!」 止まっていた足が動いた。まるで毒などなかったように進みだした谷裂につかさの笑みは消える。 蹴りが来る。 されど足がよろめいてしまい回避ができない。咄嗟に腕でかばおうとしたがそれもかなわず。谷裂の蹴りが見事、腹にめり込んだ。背後は壁。飛ばされる、なんてことがなく壁に蹴り叩きつけられる形となった。内臓に圧をかけられる痛みに背骨がミシリと軋む痛みに「あ”」と声を上げたつかさはそのまま足に縫いとどめられたまま脱力。 行動不能になった、と確認した谷裂はその足をどかした。 つかさが重力に従い床に倒れる。内臓を痛めたのか咳と共に血がゴポリと出た。 「体力がない。動きが単純だ。毒を使うのはいい手だったがあの程度の毒では足止め程度にもならん。速度を売りとするならば相手の動きをもっとしっかりと見ろ」 「・・・・・・・・・了」 「それと急所ばかりを狙いすぎだ。貴様の目を見ればどんな奴でもどこに攻撃がくるか予想できるだろうな」 「・・・・・・了」 「フン。気絶していないのならばさっさと起きろ」 谷裂の言葉に、生まれたばかりの小鹿のように震えながら起き上がるつかさ。 背骨が折れていたのかバギリと不快な音を立てた。つかさが泣きそうな顔をしている。とても痛かったようで背中をおさえながらゆっくりと起き上がった。血が付着している唇を舌でなめとる。 「・・・ありが、と」 「・・・暇だから付き合ったまでだ。だが、これは今回で終いだ。自虐する余裕があるなら鍛錬しろ」 「・・・・・・」 最後の言葉に口を尖らせ視線をそらす。 谷裂が鍛錬所から去って行った後、大きな息を吐いてつかさはその場に座り込んだ。見上げる天井に映りこんだのは水色の瞳と青い瞳と緑色の瞳。いつのまに三人の獄卒がいたことに、今の谷裂の言葉を聞かれていた事に気まずい気持ちになった。 「見事な仕合だったな」 青い瞳の斬島が言う。 「つかさちゃん、おつかれー」 へらっと笑う木舌。 「つかさ、おきれる?」 心配そうに見ている佐疫。 は佐疫に手をのばした。 「・・・起きれない。佐疫引っ張って」 「もー、自分で起きてよ」 そういいながら引っ張り上げてくれる佐疫の優しさに胸が痛む。折れた背骨は治り、内臓の損傷ももうすぐ治る。じくじくと痛む腹を撫でながら彼らを見上げた。 「・・・夢をみた。私が、仲間を、壊した夢」 それは確かに事実で、目が覚めた後ずっと苛まれていた。死んでしまえばいい。そう思った。けれど死ねない。だがこのままその事実を抱え込むには己の心は不安定で脆い。 つかさは、谷裂と仕合をすることによってその心の苦痛を身の苦痛に変え、罰を与えていたのだ。 ―――つかさのぽつりとつぶやく言葉は、彼らの耳へ、脳へ心へと届いていった。 [*前] | [次#] |