酒にのまれた





「あれ以来、気になっちゃって仕方ないんだよね」



そうへらっと木舌は笑った。
彼に誘われて酒場へとやってきた斬島と佐疫は、そんな彼へと視線を向ける。木舌は人差し指を口元に持っていく。

「酒飲みで聞いた話教えてあげる。けど、つかさちゃんには内緒ね。きっと自分の醜い所みられたって落ち込むはずだから」

ならば話さなければいいじゃないか。彼女がそれを望んでいないのだから。そう二人は思い、斬島はそう口にしたのだが木舌は日本酒を一口飲んでからゆっくりと首をふった。

「きっと望んでる。誰でもいいってわけじゃないけど全部受け止めてくれる人を望んでる。だって、」

そうでなければ、温もりなんて求めやしないんだもの。



木舌はゆっくりと記憶に残る彼女を思い浮かべ、口を開き、紡いだ。


**




酒を飲んでいる。木舌は酔いからくる浮遊感を心地よく感じながらもつかさを見た。つかさも酒を飲んで、顔を赤くさせている。獄卒のように肌白くない、生きた肌色の皮膚はほのかに赤くなり目が潤んでいる。そんなに本数は開けていないが何分度数が高いものばかりだ、名前を呼べばこちらに顔を向けてヘラリと砕けた笑みを向けてきた。
それに驚いた。笑えるんだ、と。

「―ねえ、天海ってだあれ?」

田噛から軽く聞いただけの情報だ。カブトムシっていう子が、というか本名しらないし田噛も平腹もカブトムシと言っていたからとりあえずカブトムシ。その子と一緒にいたという天海という男。
任務では妖怪のように、キリカのように半人半蛇という存在で現れたという。任務に出る前からつかさはその男の事を毛嫌いしていたとも。理由は田噛も知らないみたい。

正直、知りたい。

人の心に土足に踏みあがるみたいだけども、知りたいと思う。人の心に触れたいのだ。亡者のような猛烈な思い。獄卒のような独特な思い。生者のような燃える思い。見ていると心がざわつくのだ。喜怒哀楽に、木舌の心も反応するのだ。それが心地よいのだ。だから木舌は、べろべろに酔っているつかさへと尋ねた。

つかさは、その名を聞いて苦しそうに顔を歪めた。呂律のうまく回ってない口で話し出す。己の傷の一つをさらす。

「最初に私を壊した男」
「・・・」
「私を、こんな、人食いの化け物にかえた奴」

酒を一気に飲み干してまた笑った。
今度はいびつに、己を蔑むように。

「はじめ、あいつに騙されて監禁された。逃げられないように手首を縛られ、足は切り落とされた。痛くて何日も泣いて喚いた。誰も助けなかった。何日も何も与えられなくて気を失うことがあっても激痛と餓えで寝ることができなかった。それからさらに日にちがたって、餌をもらった。人の肉。血。内臓。それを生で目の前に放り投げられた。気持ち悪くて最初は食べることなんてできなかった。けれどあいつが身動き取れない私の口に無理やり突っ込み喰わせ始めた。美味しかった。ふは。はは、おいしかった!」

あははは!笑い始めたつかさ。笑う赤黒い目は愉悦を混じらせている。
木舌はつまみを口に含んだ。ああ、確かにこの子はそこで壊されたんだな、と。彼女は前の世界でおそらくゆっくり丁寧に壊された。

「ねえ、木舌はどうして私のこと、知りたいの?気になるの?似て異なる存在が。それとも木舌も私を壊したいの?壊すところがないほどに完膚なく壊してほくそ微笑みたいの?ねえ、どうして?」
「んー・・・興味心。それと、君があまりにも不憫で哀れだから優しくしたくなっちゃうのよ」
「ふ、ふふふ・・・同情ってやつか」

もう座ってられないのかそのまま後ろに倒れた。体が熱い、とマフラーを脱いだ。首元があらわになった。衣類を少し肌蹴させた。それに少しだけ木舌はつばを飲み込む。木舌もつかさほどではないが酔ってはいるのだ。それが気持ちを軽くさせ男の本能もくすぐる。

「あーあ。あーあー。なんでこうなったんだろう。・・・みんな、いないや」
「――・・・おれが今ここにいるよ」

つかさに近づく。顔を覗くと目を閉じていた。青白くない肌に、頬に手を添える。暖かい。己の心臓も妙に熱い。このままチュウしちゃいたい、なんて。

「ねえ、さみしいなら独りがいやならおれ達と仲間になろう」
「・・・」
「つかさちゃん?」
「・・・・・・」

なんだ。
いい台詞を口にしたのに、つかさは静かに寝息を立てて寝ていた。


**




つかさとの会話を二人に話した。もちろん、頬に手を添えたこととかチュウしたいなと思った部分はすべて省いた。また佐疫に怒られるから。

「ふふー、酔ったつかさちゃんかわいかったよ」

気が付けば机の上には酒瓶が三つ。話をしている間にそんなに飲んでいたようで、少し眩む。

「次は、二人も一緒に・・・って佐疫どうして怖い顔してるの?」
「木舌と一緒にお酒飲んじゃダメって言っておかないとね」
「え?なんでー」
「木舌にいつか襲われるやもしれないな」
「え?」
「そうだね斬島。そうなったら一生禁酒させるからね」
「ちょ、なんでなんで!おれ、何か悪いこといった?」
「つかさとやらに接吻したいと言っていたな。それと、頬に手を添えたとも」
「え?え?なんで思ってたこと伝わってんの?」
「いや・・・口にでていたが」
「うん、出てたよ。そりゃあもうしっかりと」

佐疫さん、顔こわいよ。
ギリギリと水っ腹になったおなかをギリギリとねじれるぐらいつままれただけで済んだのは不幸中の幸いでもあった。



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