柘榴のばけもの



恍惚。
闇に染まる快感。

そして虚しさ。

残っている者は彼しかいない。だから追いかけて追いかけて執拗に蛇のように追いかけて。けれどいつまでもいつまでも手に届くことはない。
思いを溜めた心は膨れ上がり、小さな闇を手につかんだ。届かない闇よりも小さい闇は、思った以上に美味しくて。

時は戻り繰り返し忘れた。否。知らない。存在さえ知らない。
なのに、明智は求めた。手に入れられる小さな闇を。明智自身にもわからなかった。神もそれはわからなかった。

明智は、その小さな実をまた、たべたくて。

たべたくて。

**


下半身が蛇である明智光秀―否、天海は私へとその目を向けた。微笑むその目はさらに深くなりまるで微睡んでいるかのよう。白い和服は赤黒く変色しており、口を覆うマスクも赤い。

「あぁ・・・どうしても、乾きがとれません。どんなに血肉を食べても飲んでも、これではないと思ってしまうのです。金吾さんも結局は、あのいつか食んだ時の味とは違いましたしね・・・・・・つかさ」

足となった蛇の身がズルリと動き近づいてくる。夢遊病のごとく人の身である上半身を左右にゆらゆらと揺れる。微笑んでいた目が見開き身を震わせ笑い出す。

「ククッ・・・くく、ふふふ、つかさ、つかさつかさつかさつかさ!わたしは貴女を食べたい!この餓えと乾きを、満たしたい・・・あああぁァ!」

こちらへと一直線に向かってくる蛇。思ったよりも早い速度に歯を食いしばりながらも壁際によけた。しなる蛇の尾がこちらへと襲ってくる。私はバサラを袖に纏わせ衝撃を散らす。尾が腕にぶつかり体が一気に浮いた。足が尾の重さに耐え切れない。壁に背を叩きつけられ、衝撃の耐えられない壁は私の背を中心にヒビが入り崩れた。勢いを完璧に落とせなかった私はそのまま吹き飛ばされ、身を丸めダメージを最小限に収める。瓦礫やらガラスの破片やらが刺さってい痛いが、身動きがとれるほどじゃない。
何度か転がりやっと止まった。止めていた息を一気に吐き出して起き上がる。足にガラスが突き刺さって痛い。私は、それを抜いた。痛い。けれど、大丈夫。まだ耐えられる。

「逆に、食べて、あげる、よ・・・っこの野郎!」

崩壊したドアの枠から天海の顔が覗く。部屋と廊下を隔てる壁はすでにない。天海の蛇身が大きすぎる。しかも出入口の前にいて、この部屋から出ることはできない。
けれど、殺す。食い殺す。

「いてーんだよこのマムシ野郎!!」

蛇に潰されたのか、血まみれで天海の背後からスコップをその蛇身に突き刺す平腹。痛みさえも快楽へと変わっている天海は身に突き刺さった痛みに気味の悪い笑いを吐き出す。
だが、視線は私からそらさない。
私は不快感を顔に表しながらも闇の力を眼前に溜める。私に喰われた者たちは実際には腹の、胃の中にはいない。私のバサラによって作られた別次元の胃にいるのだ。あの世界で食らった奴らもそこにいる。喰われれば、私が空間を切り開かない限り脱出することは不可能。
混乱して一度その腹を裂いたが、もうしない。

全部喰って、あの前の世界とけりをつける。完全に破壊する。

「―――――天海!おとなしく、喰われろ!」

闇の力が凝縮した球体。
そこから飛び出してきたのは数匹の黒霧の狼。狼たちはウウウウウと唸りながら天海の身へとかみついていく。牙が食い込み、肉が引きちぎられる。骨は砕かれ、内臓は乱暴に粗食されていく。血のにおいが味が私の舌から感じられ喉を通り、異空間の胃へと流れていく感触が伝わる。黒霧の狼たちは私の口のようなもので、そいつらが食べたものは私の口へ流れ、喉を通る。喉の先につながっている異空間の胃へと落ちていく。

奈落の底へと。

「あぁぁあひ、あひぁっはっはははは!!!良い!好い!!い―」

耳障りな天海の喉を噛み千切る。血が滝のようにこぼれていく。そのまま喰って喰って喰って、心臓を噛み、頭がい骨を破壊し脳を啜る。その久しぶりの感触に、味に、口元を隠す。これは見られたくないものなのだ。人間の血と肉を内臓を食らい美味しいと微笑む口元など誰にも見せられるものじゃない。

すべてを食らいつくされた天海の姿はない。
ただ、濃厚な血の痕がそこに残されただけで、その様子を唖然とみている田噛と平腹の姿に少しだけ、高揚とした気分でごちそうさまでした、と告げるのだった。







ああ。

おいしい。



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