背中に刺さる針の山




コンコン。


ノックされたドアは、開かれた。

キイイ、と音を立てて開いた先に立っていたのは私自身。そんな馬鹿な。私は、ここにいる。肋角が言っていた怪異なのか。私を模した存在なのだろうか。
ドアの前に現れたもう一人の私が嗤う。鼻で嗤い口元を歪めて微笑んだ。まるでゴミを見るような目に、可哀想だと言わんばかりの嗤いに、息がうまくできない。

もう一人の私はこちらには来ない。
その代わり、口を開いた。


「懺悔のつもりか。こんなことをして赦されると思っていたのか?お前は決して許されない。仲間もお前の事を許さない。何故だか、わかるか?お前は、世界のためじゃない、仲間のためでもない、お前自身の我儘で世界を食らったのだからな。―私の世界を奪い、私の権利を奪った。私はもう神でなくなった。私の存在は微睡みの刹那にしか現れない。しかも、もう長くはない。だからなつかさ。」

その刻を、お前の為に使おうと思う。

お前が。
一度壊れたお前が、
もう立つことができないくらいに、
お前の罪を、口にしよう。

お前の知らない真実も。
仲間の心情も。苦しみも。
すべて。

お前がまた壊れて、今度は、思考さえも壊れて物言わぬ生き物になるまで。



「壊してやる」




**


「ぁぁ・・・嗚呼あゝあゝアァァァ亜嗚呼ああ!!!!」

やめて。やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて。もうやめて。私は頭を抱えて刹那の時間に現れた奴の言葉を消そうとする。消えない。刻み付けられた呪いの言葉は消えない。消えない消えない消えない。消えない!
もう痛いのは嫌だった。怖いのは嫌だった。あんなに怖いのに。あんなにいたいのに苦しいのにどうして、どうしてどうしてどうして?

「・・・どうして、どうして、やだ、かえりたい、わすれたい、」
「・・・どうしたんだよ、つかさぁ」

知らない人。見知らぬ人。けれど聞いた声。私は、それに縋り付いた。カーキ色の服を握り子供のように顔をうずめる。震える。知らない匂い。ちょっと土のにおいがして、鉄のにおいもして。母のぬくもりではない。仲間の温かみではない。ぬくもりはない。冷たい。
冷たい。怖い。苦しい。ああ。どうして、私、ここにいるの。どうして帰してくれないの。あんなに頑張ったのに、何も、くれない。それどころか全部、奪われた。

「もう死にたくない、痛いのはいや、怖いのはいや、いや、壊されるのは、いや」

壊れた。すべてを壊した。それで、私はなおった。ポンコツだけど立ち直した。最後の懺悔の為に。罪を償うために。けれどそれを成しても誰も許しはしない。それどころか、そんな私さえ許さないとばかりにあいつが、神が、私を壊すという。怖い。いつまでも地面に落下しない感覚。落下し続けてずっと落下し命を落とすという恐怖におびえ続ける感覚。永遠に、何も、変わらない。逃げられない。どんなにあがいても逃げられない。そんな感覚は、気持ちはもう味わいたくない。
私は、そこから逃げたい。

「なら全部捨てて逃げるか?目を瞑って、耳を塞いで、口を縫って、布団にくるまって優しい言葉でも待つか?」
「笑えよつかさぁ!楽しくしてれば、なーんも怖いことねぇって!」
「優しい言葉はな、逃げてる奴には誰もかけねえよ。おら、起きろ。お前、目的果たすためにここにいんだろうが。目的果たせ」
「そう!そうそう!言ってることわかんねーけど田噛いいこというな!つかさ!お前が探してたやつ見つけたんだ、行こう!!」

逃げたい。けれど田噛がいうように私は決めた。目的を求めてここに来た。懺悔だ。それは私が前の世界を壊した懺悔。けれど、けど、逃げても何も変わらないのもわかってる。逃げたってどうせ何も変わらないからこの恐怖も不安も消えない。ずっとここに残ったままで私を苦しめるんだ。あの神のように。

変なものんだ。
こいつら励ます気なんてまったくない。

田噛はなんか良いこと言ってるように見えてただあの館に帰れないからめんどくさいからそれっぽいこと言ってるにきまってるし、平腹なんて単細胞で、励ますって何おいしいの?みたいな感じだし、なんなんだろう。わけがわからない。わけわかんないのに、少しだけ気持ちが落ち着いた。落ち着かせてくれるような部分なんてどこにもないのに、荷が軽くなった気がしてしまった。

平腹に抱き付いていた私は、落ち着いてくるとそれが少し恥ずかしくて腹を叩いて離れた。目の前に黄色い目が笑ってみている。ぜんぜん痛そうにしてない所が悔しい。

「少しは痛そうにしてよ、・・・ばーか」
「ふぉ?だってお前力よえーんだもん!痛くねえわ」

「行くぞ。俺はもう帰りてえんだ」

小ばかにするように笑い出した平腹の腹をもう一度殴る。微動だにしないし、痛くないのか腹をさするだけだった。
だるそうに首をコキコキと鳴らして先に部屋を出ていく田噛。

彼の後を追って廊下に出る。
薄暗い廊下の先で、銀色の髪がわずかな光に反射して見えた。ズズズ、と地面を這う音。蛇の胴が這っていた。上半身は彼。まるで蛇の化身。

「―――・・・明智」

そこに現れたのは、私が探していた天海こと明智光秀だった。



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