森で眠る美女は杭に突き刺さった骨でした






「田噛ー!起きろよー!」
「・・・ぁ?」

とても静かでよく寝れた。そう思うくらいには気持ちよく寝ていた。田噛は待っていた主の声とは違う、いつもの聞きなれた馬鹿声に目を覚ます。明かりを防ぐために顔面にかぶっていた制帽を頭にかぶりなおすと平腹をみた。

「んだよ」
「つかさいねーし、カブトムシもいねー!」
「どんぐらい時間経った」
「んー・・・、わかんね!!けどよ、一時間以上はぜってー経ってるって」
「・・・」

起き上がる。腕を回せば固まっている筋肉が少し和らいだ。
あたりを見渡す。相変わらず怪異は見当たらない。よくよく目を凝らせば小さな弱い怪異が影に隠れているのが見えるくらいだ。異界という怪異の巣に、こうも怪異がいないのは不自然極まりない。起き上がりツルハシを手に持った。

「んで、お前が追っかけた奴なんだったんだ?」
「ふぉ?んーとなあー、よわっちい怪異だった!あ!あと途中へ変なもん見た!銀色の長髪の痩せた奴!!」
「・・・」

田噛は少しだけ考える。その銀色長髪の痩せた奴、とは怪異というわけではなさそうだ。亡者か。あるいはつかさが探している天海という男か。つかさよりも先にこっちが見つけてしまうなんてな。

「・・・とりあえず、歩くぞ」
「おお!」

そんなに広くはない建物だ。適当に歩いていればつかさかその銀髪か、あのイラッとくるカブトムシかどれかには会うはずだ。



暗闇。だがそういうところは慣れている。
妙な静けさの中、歩き、壊れたドアの先を見る。パソコンがたくさん置かれた部屋でホワイトボードが倒れ、資料が散乱している。キイ。そう誰もないはずの部屋から音が聞こえる。馬鹿みたいにその音にひかれて中に入っていく平腹は何かを発見したのか田噛を呼んだ。

「田噛ー!田噛ー!!」
「うるせーな、聞えてるよ」

「つかさがいた!!」

あっさりと見つかった。だが何度もいうが妙に静かだ。
平腹の方へ向かうと、つかさが机の上に上半身を乗せ膝を床につけて目を瞑っている。眠っているにはよくない姿勢だ。そんなつかさを平腹が耳元で大声で「起きろー!!」と叫んでいる。起きない。よく見れば、顔色が悪い。

そういえばこいつは何に部類されるのか。
亡者か。生者か。――獄卒か。
不死身であり死ぬほどのダメージを受けても意識ははっきりとする、と聞いた。一番近いのはやはり獄卒で、しかし獄卒ではない。獄卒でなくて不死身であるこいつは何になるのか。

余計な考えを巡らせた田噛は、浅く息を吐いてつかさの頬をたたいた。反応はない。瞼の裏で眼球が震えている。レム睡眠の状態に陥っているようだ。レム睡眠の間は人間は夢を見る。その時に、記憶の整理を行い日々を健康にすごすことができる。逆に言えば夢を見ないということは記憶の整理ができない、疲労がとれないということだ。夢は見ないという者も無意識に見ているものなのだ。

――つかさは今、夢を見ている。

ただレム睡眠は脳が動いているので通常ならば眠りが浅いはずなのだが、平腹のやかましい声にも田噛の叩きにも反応しない。少し、異常だ。

つかさの手がマウスをつかんでいる。こいつは何をしていたのか。パソコンが付かないかいじくろうとしていたのだろうか。田噛はパソコンの電源ボタンを押した。だが、電源はつかない。コンセントは刺さっている故、電気自体がきていないのかもしれない。

「平腹、ブレーカー上げてこい」
「あれか!」

この部屋にあるブレーカーに平腹が触れる。バギン!と蓋を無理やり壊した平腹だったが、中のスイッチを上げてくれたおかげで電気が通った。もう一度パソコンの電源をいれる。画面は真っ暗だ。しかし、電源がはいっていないわけではない。
パソコン本体をたたけば慌てた様に姿を見せるのは画面に映る大きな目。
笑い声が聞こえた。

「こいつに何をした」

くすくすと笑う声、画面に映る目は三日月に歪みこの部屋すべてのパソコンがついた。目が消える。隣のパソコンに目が映る。ここのパソコンの画面を移動できるようだった。

『遊ぼう!そうしたら、ソイツがどうやったら起きるのか教えてあげる!』
「・・・・・・平腹お前やれ」
「おー!」
『くすくす、追いかけっこ追いかけっこ。捕まえてね』

パソコンの画面を移動する目。田噛は身近な回転いすに座り込み平腹が怪異と追いかけっこを始めたのをみる。ついでにつかさをパソコンの台から離して、平腹が吹き飛ばさないようにがれきの山に寄り掛からせた。

猿のように机の上に乗り飛び跳ねたりしては画面に映る目を追いかけている平腹を眺めつつあくびをひとつこぼした。



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