友禅菊







これは一人の獄卒の短いお話。
長い拷問の末に脱走できた一人の獄卒は、今にもバラバラになりそうな心を必死に抱きしめて大好きな大好きな館に帰ってきました。
そして、後輩であるはずの存在が管理長というこの館を取り仕切る位になっていて、またこの目で出会えてとてもうれしかったでしょう。そして同時にかなしかったでしょう。

出会えた幸福に。
己が壊れている不幸に。

一人の獄卒はこの館に戻ってきました。部屋を与えられ、自由を与えられました。拷問という過去にとらわれていた彼はまともにここの館にいる新たな獄卒達とまともに話はできませんでした。けれど、見えてはいたし、聞えてもいました。
だから、声にも表情にもだせなかったけれど、彼らの”何も存在しない”という目に悲しく思い、そんな中、少しでもこちらに声をかけて気にかけてくれる者もいてバラバラになっていた心は少しずつつながっていきました。

後輩であった彼のぬくもりがある。
嘘なのだと、これは己を貶めるためにあるものなんだと思い込もうにも優しい心であった彼には無理な話。

彼は、肋角たちが本物なのだと認めました。
バラバラだった心は脆いなりにもひとつになり、彼に少しの穏やかさが戻りました。心の安らぎが戻ったのです。

今ならなんでも許せそうなほど心は静かで穏やかで優しくて。
自然と微笑んでしまうほど、まるで夢のような幸福が今ここに。

そして近かった死期が目前に迫っていました。
穏やかで幸福であった彼は、その先を不安に思います。


だから願いました。









―――御病さんの周りには色とりどりの花が咲いている。

赤い花。青い花。黄色い花。様々な種類、色の花が御病さんを優しく包みこんでいた。胸の上で手を組んで目を閉じている御病さんはとても穏やかで名を呼べば目を覚まして、微笑みを見せてくれるのではないか、と思うほど。
しかし、名はもう呼べない。
これは、御病さんが願ったことなのだ。そして彼ももう目覚めない。消滅目前の彼の魂は深い眠りについたのだ。どんなに名を呼ぼうが目を覚ますことはない。

キリカやあやこも、持ってきた花を飾る。
部下である獄卒達も花とその他に、酒や御病の着ていた軍服などがそこに置かれた。

まるで現世の葬式のようで。


「・・・今までお疲れ様でした」

せめて、寂しくないように、と己の煙管を御病さんの手に握らせた。

――寂しくないように、だなどと魂が無に帰るゆえに無意味だというのに。

それでもそうしたかった俺は煙管を握らせた冷たい手を別れを惜しみぎゅっと握った。


これから、御病さんの身体が崩壊していくだろう。
そしてすべての空間から彼は消えゆくのだ。


「・・・」

どうか安らかになんて言えやしない。
だから。







「おやすみなさい」