菖蒲




長かった。長かったよ長かったよ!!!
雨がふってる。ああ。ああああ。気持ちがいい雨がいい。気持い。この冷たいポツポツ感がいい。湿っけがいい。この匂い。ああああ。匂い。一定だった匂いに変化だ。あああ。素敵だ素敵だ自由って素敵だよ肋角!!!!!!

死んだ何度も死んだ死んだ死んだ死んでそれからまた死んでだから脳を停止させてずっと死んでた死んでたんだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んでしまってた死んでたんだ。けれど俺は生き返った長年の時を得てやっとやっとやっとやっとやっと!!!!
閉じ込められてからの願いが叶った!!!!!

懐かしい玄関。あの頃にはなかった物もあって、けれど建物はあの時と変わらなくて笑いそうになる。あはは。あははは。はは。あは。ああ。笑ったらダメだ。ダメだダメだまだだめなんだよ。笑ったらどうになりそうであああどうにかなりそう。どうにかなりたい。ああああ。だめ。ダメダメ。

玄関をあける。中にはいる。中も装飾品は多少変わってるけど作りは変わらないままで変わらない。だから執務室に向かう。時々笑いがこぼれそうなのを必死に抑えて執務室にたどり着く。あああ。扉の先から懐かしい香りがする。煙の匂いだ。あいつの好んだ煙草の。あああ。ああああ。あああああああああああああああああああああああああああああああ。あああああああああああああ。懐かしいな。
懐かしいな。懐かしいな。

ノックした。声が聞こえた。あの時よりも声が低くなってるね。そうだねずいぶん前だからお前は成長したんだろうあの頃よりも年をとったんだろう。年をとると声は低くなるもんな。あああ。ああああ。俺は変わらない。変わらないよ。けれどああああお前に会えて嬉しいな嬉しいな嬉しいな嬉しいな!

「ろっかくううううううう!!!!!」
扉を思いっきり開けて入ってきた俺に驚愕した顔をみせてくれる。そうだよなそうだよなああ!すんごい久々だもんな!!!!みろよ、お前、すんげー顔してんの!!!!俺と一緒だった時よりもすんゲー顔!!!!あはははははっはは!

「生きて・・・いたの、ですか」
「ああああそうさ!そうそう!俺、生きてた!いや死んでんだけどね?死んでたんだけどねずっとずっとずっと死んで死んで殺されてたんだけどね!!けど!ほら!!俺!!生きてる生きてる!」
「・・・・・・御病さん」
「ん?どうしたどうしたそんな変な顔して!なあ!俺はこんなに楽しいし嬉しいしあああ嬉しい!お前に会えて嬉しいのに!!どうしてそんな顔すんだ!?嬉しくない?俺、と、会えたこと・・・嬉しく、ない、の、か?」

なんでそんな泣きそうな顔してんだ。俺が泣きたいよ。泣きたい泣きたい痛い痛い痛いああああ痛い。肋角は首を振って嬉しいと答えてくれた。その言葉だけで俺もう最高嬉しい死んでもいい死んでたし死んでるんだけど!!
嬉しくて肋角に飛びついた。大きいなこいつは。あの頃も大きかった。華奢な俺なんかと違って大きいし強いしあああ。先輩だったのにもう負い抜かされて大変だ!けど会えたからいい!いい!!

「肋角さん!何事ですか!」

知らない声。目を向けると紫色の男。おお。おおおお。知らない奴。いやいやいや当たり前だよな!!肋角がここの上司になってんだから部下も違っててあたりまえだ!それに死んだしな!みんなみんなみんなみんなみんなみんな!死んだからな消滅したからな食われた殺された死んだ死んだ死んだ!!

「ふへ、ははは、ははははは!お前の部下か肋角!すげーな!すんげー負い抜かされてんの俺!!!お前やっぱすげええ!!!はははははは!!!」
「肋角さんから離れろ!」

俺を不審者と勘違いした紫色の奴が怖い顔してこっちに近づいてくる。あああこわいよこわいよそのかお怖いよう。なんて!俺は腹を抱えてわらった。俺怖いのもっと知ってる知ってるだからそんな子供の顔されてもなんにもどうにも!こうしても!怖くない!!

「あはははははははははは!!!」
「貴様!!!」
「谷裂!・・・いい、知り合いだ」
「・・・しかし!」


俺の笑い声に誘われてわらわらと知らない奴らがそろってくる。青いの水色の黄色に橙に緑色いろどりみどりだな肋角!!!

「ふぉ?なんだあいつ!」
「あはは、ははははあはあはは!」
「・・・狂ってんな」

ずっと肋角にひっついて少しだけ落ち着いた。あああまだくっついて感動の再会をしたいけどさ!!したいけどな!!!ふふは!

肋角から剥がれる。敵意向きだしの子供達をみる。みんないい顔、いい目つき!

「初めまして子供ら諸君!!!俺は!俺はな!おれは・・・俺は・・・・・・肋角!俺の名前なんだっけか!?ずっとずっと死んでたから忘れちまったよ!!」
「――・・・御病だ」
「御病な!!!俺は御病っていうんだ子供達!!!!よし、質問は!?質問はないかい!」

彼らをみる。威嚇してくる彼らの中で黄色の奴が潔く手をあげた。笑顔だな!!

「はいはーい!御病は肋角さんとどんな関係なんだ?!すんげー親しげにしてるけど!!」
「答えマース!肋角と俺は先輩後輩の関係!ちなみに俺が先輩でこいつが後輩!!つまりお前らの兄貴ぶん??ん?まあいいやお前らの兄貴分だ!!!」
「御病さん、少し落ち着いてください」
「肋角それは無理だ!無理無理!!俺いますんげーきもちがいいんだ!全部どうでもよくなるほどどうでもなれ!!なほど気分がよくて頭おかしいんだよ!!ふふふ!!自由になったからね!自由はいいよ!!とってもいい!!!!!」

目の前にあったペンを机にブッ刺した。あこれ楽しい楽しい楽しい。何度もぶっさす。グサグサグサグサ。黒いインクが漏れてまた楽しい興奮してくる。あは。あはははっはあ
「あははははははっ」
「御病さん・・・、少し眠りましょう」
「あは―――――、」
くらりとした。変な匂い。世界がぐるぐるまわって俺は睡魔に負けて目を閉じた。なんだよお、つまんねええよ。さあああああ。あああ。あ。あ。あ暗いよう。怖いよう。こあいよう。痛いよう。痛い。あ。



おやすみなさい。











肋角は、ぐっすりと寝始めた先輩の口から睡眠液を染み込ませたガーゼをとると近くのソファーに寝かせた。とても体がかるくて、あの頃はもっと重かったというのに。それは、それだけこの人が何処かで辛い目にあっていたのだと。わかる。性格さえも狂っている。あの人は、あの頃はとても優しくて笑みの絶えない人だったというのに。

静かになった部屋。目の前にいる部下達は混乱していた。

「・・・彼は御病という。我々と同じで獄卒”だった”者だ。そして俺の先輩でもあった」

佐疫。
「だった・・・とは?それにあの人は・・・正常じゃ、ない、ですよね?」
「ああ。御病さんは俺がまだ若く獄卒としてもまだ若い頃の先輩で、任務の途中で行方不明となったんだ」

いくら探してもみつからない。どんなに探し回っても姿もなにもない。一気に複数の獄卒が行方不明となった。肋角はまだ若くその任から外されていて難を逃れたわけだったが、その時の上司は結局何もせず捜索を打ち切り、逃げるように辞任していった。

「どんなに探しても見つからず捜索は打ち切り・・・。獄卒に死の概念はないが、それでも死はある。長時間の負荷を浴びれば体がしぼみ最後にはチリとなる。俺はだから魂が消滅して存在していないと結論づけていた・・・が」
「彼は、生きていた」
斬島の言葉に肋角は頷く。心なしか肋角の顔は青く見えてその煙草を吸う姿勢も彼の存在が残っていたことに動揺しているようだった。

「だが・・・・・・どうやら、御病さんは魂が歪んでいるよう、だな」

死んだように眠る御病を見つめる肋角。悲哀の瞳が向けられていた。

「・・・・・・だが、このまま契約を解いても彼は輪廻できない」

煙が吐き出される。この狂った状態で閻魔へ送っても向こうでも埒があかない。こちらで正常な状態にあるいは落ち着いた状態にしてからでないと輪廻に戻ることも不可能だろう。

ソファーに寝ていた彼が呻き転がり落ちた。匂いを嗅がせてまだ十分とたっていなく覚醒した彼。これから、彼をどうするべきかを考える時間さえない。部下が彼の動きに警戒する。肋角は煙管を置いて彼に近寄る。視点の合わない藤色の瞳が肋角を見上げる。先ほどと打って変わって静かなのがぞっとした。

「――――・・・肋角か?」

先ほどの事など忘れてしまったかのように肋角の頬に優しく触れる。不安げに固くしていた表情がふっと柔らかくなり微笑む。過去の記憶に残る彼の優しい笑みと重なる。
御病さんだ。

肋角は「そうだ」と口に出そうとした。

だが、それより先に彼から吐き出されたのは冷たい声。

「うそだな」

表情の無。

「またか。俺はお前らなんかに負けない負けない負けない負けてたまるか。絶対に屈しない。あああ。お前らがどんなに夢幻をみせ俺を壊そうとも絶対に思惑になんて乗らない。俺は絶対に・・・絶対に絶対絶対絶対あああああ、あああああああああああああああああああああ・・・」
「御病さん」
「話すな。しゃべるな。やめろ。やめろやめろやめろ。お前はウソなんだ、幻なんだ・・・」

頬を触っていた手に力がこもる。爪が肋角の頬をギリギリとひっかく。ひたすら耐えるように頭を抱え出した。

「大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。絶対ぜったいぜったい・・・俺は、俺は帰るんだ。お前らを退治して任務完了さえて帰るんだ・・・お前らなんかにお前らなんかに・・・屈しは・・・」
「・・・・・・御病さん、どうすれば本物だと認めてくれますか」
「本物?本物?何が?お前らが?ウソだうそうそうそ。そうやって俺を懐柔してまた蹂躙してああああ、食い殺したり殺したりミンチにしたり言葉で殺すんだろそうだろうそうなんだそうなんだ!ああああ」
「俺達は本物です。御病さんを閉じ込めていた奴らではない」
「ああああああああ、あああああ、あ、ああ、なら、なら、なら、なら、なら、殺されろ肋角俺に」
わらった。

その言葉に今度こそ谷裂が、そして見守っていた部下達が動いた。肋角から彼を引き剥がし距離を取らせる。引き剥がされ力なく床に倒れた彼の口から漏れるのは笑いと悲痛な声。

「あはあ、はははああははははは」
「肋角さんに触れてみろ。貴様を叩きのめす!」
「ひっひひあああああひひ、あははははあはは、全部ウソだな!そうだな!また!俺は、あはははははは俺は自由になれてない。まだ閉じ込められてる。今度は趣向を変えて何をするんだ?懐かしい仲間の夢幻をみせて俺を袋たたきか?それとも犯すのか?ひい、痛い痛い痛いあああははははは痛くない。苦しくないお前らなんて怖くはない!絶望なんてしない!絶望なんて・・・・・・」

彼はこの長い、何百年という中でどれだけの拷問を受けてきたのだろうか。誰も助けに来てくれない中、仲間が次々と同じように苦しみ消えていく。ひとり取り残された彼。そこで受けたのはありとあらゆる痛みと苦痛と、絶望。

「・・・お前ら、さがっていろ」
「肋角さん!」

警戒している部下達をどかせる。不安そうな部下達の視線に大丈夫だ笑ってみせる。肋角も獄卒だ。死んでも生き返る。部下達の目の前でその姿を見せるのは申し訳ないが、少しでも彼の心がそれで安らぐのであれば安いものではないか。

「・・・御病さん、俺があなたに殺されれば信じてくれますか?」
「あああああ、ああああ肋角ううううう!!」
「っ!」

彼が笑いながら飛びついてくる。その細い腕が、てが肋角の首に伸びて力を込め始める。気管が圧され空気摂取ができなくなる。酸素が取り込まれず次第に苦しくなっていった。

「肋角肋角肋角肋角肋角肋角・・・」
「――――、」

せめて顔を歪ませたくはない。肋角は彼から目をそらさずにその死を受けいれようとする。藤色の瞳が、目が次第に見開いていき悲しそうに歪む。首にかかっていた力がなくなり肋角は咽せた。

「違う、違う違う違うっ・・・!俺は!ああ、あああ、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。違う違う。違うのに。あああ、やだ。嫌だ。肋角・・・」

咳き込む肋角から離れる彼はまた頭を抱えた。歪となり壊れた魂。狂気と恐怖と孤独の中に少しだけ残る理性、願い。すべてがバラバラとなっている。バラバラになりすぎて元の一つに戻すには不可能で。
彼は泣いていた。

「もういい、もういい・・・本物でいい。本物でいいよ。けど、けどけどけど!ウソだったら、もういい。もう、疲れた怖い苦しい痛いもうやだ死にたい仲間のように無に帰りたい。だからウソなら俺を食い殺してせめて情けをかけてくれるなら、その肋角の姿で、」
殺して。

か細い声。



肋角は、小さくなってしまった先輩であった彼をそっと腕で包んだ。
彼はっきっともう長くはいられないだろう。崩壊はもう止められないのだ。だから肋角は決めた。

少しでも、穏やかになれるのなら。


「・・・御病さんをしばらく館に置く。いじめるなよ?」

腕の中で静かになった彼をそっと撫でる。微かに宙に散る粒子は彼の魂だったもの。

今だ警戒心を解けないでいる部下達へと伝えてやれば、それでもしっかりと頷いてくれていい部下だろう、と気を失ってしまっている彼へと微笑んでみせた。