怖い。すべて怖い。

眼が見えなくなった。身体がとても重くて動けない。
真っ暗だ。何もわからない。真っ暗。怖い。寂しい。感触も薄い。それでもまだわずかに残る己を抱く腕を感じながら震えている。

怖い。怖い。怖いと。
暗いのが怖い。何もないのが寂しい。頭に残る記憶も少ない。好きな人の名前を忘れてしまった。好きな人の顔がぼやけてて、このままだと好きだった事さえ忘れてしまう奪われてしまう何かに。

嗚呼。怖い。
寒い。寂しい。何も聞こえない。何も見えない。

すべてがなくなったら、私はどうなるのだろう。
消えてしまうの?さまようの?それすらわからなくて何もわからないそんな希薄な存在になってしまうの?
さびしい。それはいやだ。さびしい。さびしいよ。

そこにはなにもない。それはもう嫌。
あんな、虚ろな世界にはもう、もどりたくないのに。



あんなさびしいところ―――――



「・・・?」


何かにぶつかった?触れた?

なんだか懐かしい”匂い”がする気がする。懐かしい。ぼやけた顔が浮かぶ。同じ軍服を着た黒髪で七三分けの、目が。

電球の灯りをつけたように、ぱっと明るくなった。目の前に輝く緑色の瞳。

そう。こんな青みの入った緑色の瞳をした人。懐かしい。ああ。懐かしい。そう。名前。

彼の、名前。



「――――・・・き、の、した」

そうきのした。


木舌。



彼の手が私の頬に触れている。それは熱かった。気持ちが良かった。
彼の優しく微笑む口元、穏やかな瞳、落ち着くその声。全部が気持ちよくて、この身の奥から広がりつつあった虚ろが埋まっていく。

「水咽」
「・・・・・・・・・、もう、一度」
「ん?」
「もう一度、名前・・・よんで、ください・・・」

暖かい。
寂しくない。
怖くない。


「水咽」
「・・・、はい」
「水咽!」
「はいっ」

「水咽!!」
「っ!」

抱きしめられる。
木舌の匂い。大好き。大好き。私、木舌大好き。
木舌に話しかけられると、どきって跳ねる。手をつながれたり、抱き付かれるとずっと胸が熱くてドキドキいってる。大好き、も木舌に教えてもらったんだよ。

「ははっ、本物だ。水咽がドキドキしてるのわかるよ!」
「な、なにいって・・・」
「わかるよ、水咽の事ならなーんでも!好きだもの」
「え、ぁっ」

いつも以上に木舌の顔が急接近してきて、思わず目を瞑ってしまった。背中に回っていた彼の手が私の頭を支える。

震えて何も言えない私の唇に重なるのは彼の熱い吐息と唇。触れ合った。熱かった。


離れていく、と思ったら。


「――もう一回」
「―――っん」

またつながる。
もう、どうにかなっちゃいそう。


「水咽、俺、お前の事好きだよ。好きすぎて愛してる」
「っあ・・・え、と・・・あの、」
「お前は俺の事、好き?いや、好きだろ?ずっと前から、ずっと俺ばかりみてたものな」
「あ、しって、て・・・?」
「そうだよ。だって、あまりにもかわいいものだから、つい」
「〜〜〜っひ、卑怯です木舌」

とても恥ずかしくて、弾みで身を離そうとした私をまた胸に引き寄せ抱きしめた木舌。彼の吐息が耳にあたっている。耳元で彼の声が、ささやきが、きこえる。


「卑怯で情けないよ俺は。水咽、俺の事、好き?答えてよ、ねぇ」

なんということだろう。なんということだろう。あんなに好きで焦がれてた。全然見てくれないんだと思ってなんとか見てもらおうと頑張って。けど、最初から木舌は見ていた。視ていたんだ。私を。

今まで決心して行動してきた事も。全部全部彼は、私の思いを知ってて見ていたんだ。

卑怯だ。卑怯だよ木舌。知っててそうやって触れ合ってきたんだ。卑怯。
けど。けどけどけど、卑怯だとしても、それでも・・・私。

彼の卑怯で情けない問いかけがとても甘く感じた。甘くて身が震えるのだ。


「あ・・・私、」

「ん?」









「っ・・・・・・・・・好きです。私、木舌、好きです」

私は幸せだった。