「佐疫いいいいい、お願い!お願い!!少しだけ!一杯だけ!一口だけ!!」
「ダメ」
「お酒ええ!水咽―――――!!!」
「だーめ」

もう限界だよ俺限界だよ。水咽もいないしお酒もないし。
どうにかしてこの飢えを潤さないと!!

俺は佐疫の外套をつかんで離さない。それでも佐疫はダメの一言でそんな俺を引きずって館の中を歩く。お酒は全部佐疫が持ってるから佐疫に許可もらわないと飲めない!部屋にはいったことバレれば蜂の巣だし。あれ痛いんだよすごい。

「お願い!佐疫お願い!」
「いい加減にしてよ、外套伸びちゃう!」
「あう」

手首に手刀を喰らい手を放してしまう。その間にスタスタと歩き去ろうとする佐疫を小走りで追いかけていく。なにがどうしてもお酒を!

距離を離そうとしている佐疫を追いかけると、前方の特務室から災藤さんがでてきた。災藤さんもこちらに気付いてその銀色の瞳を向けてくる。佐疫が禁酒令を出していることは知っているので、この現状を理解した災藤さんは笑っていた。

「木舌、お酒ばっか飲んでいるとお腹がでてしまうよ」
「災藤さんん!」
「ははは。ああ、そうださっき水咽から連絡があったんだけどね」
「水咽から!?」
「どうやら最後の異界で異変があったみたいで、解決はしたんだけど足にけがしたようなんだ。それで木舌に迎えに来てほしい、と」

水咽から連絡があったことに嬉々とした俺。

けれど怪我をしたから迎えに来てほしいという連絡に違和感を感じ首を傾げた。いや、俺を指名してくれるのはとっても嬉しいけれど何か違う。水咽はそんな性格じゃない。
自分一人で全部頑張ろうとする子だ。

怪我をしても意地でも己の足で歩いて帰ろうとする子だ。

変だ。

そしてそれは災藤さんと一緒に聞いていた佐疫も一緒だったらしい。


「変ですね。水咽、人に甘える事なんて一度もないんですよ」
「そうだね。水咽を一番見てる木舌が言うなら間違いないだろう。佐疫、木舌と一緒に行ってみてくれないかな?」
「はい災藤さん」
「その水咽から来た連絡場所は、ここ。もし、そこにいる水咽が偽物であった場合ただちに連絡すること。いいね」
「「はい」」

災藤さんからもらった資料に目を通し、一礼して館を出た。









現世に踏み込んだ俺と佐疫。日は暮れている。連絡もらった場所はこの道の角を曲がったところだ。

「・・・ねえ、佐疫」
「なに?」
「先に、俺ひとりで行くよ」
「わかった。気を付けてね」
「ああ」

俺を指名したぐらいだ、俺一人で来てほしいんだろう。佐疫の足が止まり俺が先に歩いていくのを見届ける。何かあれば遠距離攻撃のできる佐疫がどうにかするだろうし、俺も長く獄卒をやっているんだ。何かあればどうにでもできるだろう。

道を進み、角を曲がる。

曲がってすぐの街灯灯りがかかる電柱の下でその”水咽”がいた。片足が折れていて電柱にもたれかかって座っている。俺の気配に気づいたのかピクリと動いた水咽がこちらを見上げた。黒い瞳は確かに水咽のもの。その無表情も。

「木舌・・・待ってた」
「・・・ああ。大丈夫?」
「うん」

その声も。

俺はしゃがみこんで水咽に触れる。特に表情を変えない彼女はいつもの彼女。けれど、いつもの彼女なのにこうして愛しさがこみあげてこないのはなぜなのか。

「・・・木舌、寂しかった」

抱き上げようと腕を伸ばす。そこで水咽が、我慢が切れたのか腕を首に回し俺の胸元に抱き付いてくる。水咽の匂いがした。どこをどう見ても水咽だ。


けれど違う。


確信を得るために、抱きしめ返した。
それが嬉しかったのか水咽はさらに力をこめて抱きしめる。

「・・・」
「行こう、木舌。かえろう」

水咽の温もり。
その先に、あるはずの心音は何も聞えなかった。鼓動さえ感じられない。

不死といえど心臓はある。水咽は俺を好いていて、だから抱きしめられたりすると服越しでもしっかりと心臓が高く早くなっているのが感じられるというのに。

そこにはない。

こいつは、水咽じゃない。

「・・・・・・何処に帰るんだい?」
「――何を言ってるの木舌?館に、」
「君の帰る場所はそこじゃないだろう?さあ、”本物”はどこにいるのかな?」

「――――木舌・・・」

寂しそうに顔をあげる偽物。水咽は感情を目で表現するんだ。顔でそんな”寂しいです”なんてまだできやしない。

芯が冷えていく。こうしている間にもどこかで水咽が苦しんでいる。
茶番はもうお終い。

「どうして?私、寂しい・・・寂しい寂しい寂しい寂しいいいぁはあはあははははあああはぁぁっ、もう少しで私が水咽になるんだから、いいじゃなあい?ねえぇ?」

水咽の顔が歪んだ。そして醜い笑みが浮かぶ。水咽の顔でそんな醜く卑しい顔をされると怒りを覚える。殺してやりたいな。今すぐ。顔がわからなくなるまで原型がなくなるまで殴りたい。殺したい。

お前ごとき怪異が、俺の愛しい水咽になりきろうだなんて腹ただしい!

「言え」

俺自身が驚くほど低い声がでた。
目の前の怪異はその声に一瞬怯えの顔を浮かべるも首を左右に振り嫌いや、という。

「せっかく手に入れたのに手に入れたのに!水咽になれば寂しくならない、愛してくれる木舌がいる!ねえ、寂しい!さびしいさびしいさびしい!愛して、木舌愛して・・・、ぐぇ」
「その顔で、その声でそんな事言わないでよ。反吐が出る」

水咽の場所を聞き出そうと我慢していた気持ちが抑えきれなかった。怒り任せに目の前の怪異の首をへし折る。まだ。まだ駄目だ。

「もう一度言う。水咽はどこにいる」
「・・・っ・・・あ゛ぞこ、やじろ」

殺意に負けた怪異が指をさした場所は神社。
俺は佐疫を呼び、処理を任せた。

「ぎの、じたー・・・さびじい、よお」
「・・・頼んだ」
「うん」

ジャキリと銃器を取り出す佐疫を見届け、神社へ走る。


後方から銃音が幾重と響き俺の気持ちをしっかりと読み取ってくれた佐疫に感謝だ。