木舌はいつも逃げる。

表面では何でもない風に笑って知らないふりをする。こんなに”大好き”ってアピールしてるのに木舌は知らないふりをする。私が後輩だから?それとも対象外だから?胸が大きくないから?私が表情硬いから?


どうしたら、私を視てくれるの?





「木舌、任務から帰ったら一杯どうですか?」
「やあ、水咽。行こうって言いたいところだけど・・・」

別にお酒が好きなわけじゃない。けれど木舌が好きだし一緒に飲みに行くとぐっと距離が近づくから誘うのだ。目の前の木舌はパァっとうれしい顔をした後に少し眉を下げて困った笑み。顔がぐっと近づいてきて耳元で囁いてくる。息が耳にかかってくすぐったくて、それで、心臓は跳ねる。熱くなる。

「・・・佐疫にね、また禁止令だされちゃって、一か月禁止」
「またですか・・・」

普通の女ならきっとこんなに急接近されて顔を赤くするのだろう。けれど私は逆で照れる内面とは裏腹に外面はまったく変化がない。斬島のように表情の変化や行動激しい変化がないのだ。

それがなければ彼は私の好意を受け取ってくれるだろうか。


離れていく彼に名残惜しさを感じつつもため息をふうと吐き「禁止令解けたら飲みに行きましょう」と声をかけた。

酒好きの木舌はその言葉に嬉々として返事を返してくれて互いに任務遂行のためにわかれた。

今日の私の仕事は長期の任務。二週間はここに帰ってこれないだろう。
仕事内容はこちらで把握している異界の監視だ。異界に隠れている怪異達が悪さをしていないか、亡者が逃げ込み変異を起こしていないかを監視しにいくのだ。肋角さんに手渡された資料にリストアップされている異界の数は多い。一番若い私にこのような大仕事を任せてくれた肋角さんに感謝している。

木舌にしばらく会えないのは悔しいが、肋角さんが私の力を認めてくれた事はうれしいのだ。

自室に一度戻り、身支度を整え出る。
館を出る前に一度、特務室による。ノックをすればすぐに帰ってくる肋角さんの声。中にはいると災藤さんもいた。
机の前に立ち背を伸ばす。二人をみる。

「水咽です。これから任務に行ってきます」

告げれば災藤さんも肋角さんも頷いた。

「お前の実力ならば大丈夫だろう。行って来い」
「無茶だけはしないようにね」

「はい!」

一礼して部屋をでる。
館の外に出て、私は己の武器である鋸で空間を裂く。空間が裂けた向こうには現世の風景が映りこむ。獄卒はこうやって現世へと行ける特権がある。もちろんこれは建物の外であるのが条件であるのだが、こうして現場にいち早く駆けつける。

現世にたどり着いた私は持ってきた資料をみる。

「・・・この位置からだとこの異界からだ」

日が沈む前に異界を三っつほど回りたい。二週間と予想している長期任務だが、回る速度が遅くなれば、あるいは何か問題が起きていればもちろん伸びる。それに対応できなければ応援を呼ぶことになるが――できればそうなってほしくない。
任された仕事、成し遂げたい。

現世の固いコンクリートの道を歩き一つの空き地にたどり着く。
次の建造物が作られるのを待っている土だけの空き地。前に建っていたのは小さな本屋。本屋を営んでいた老人が死んだために取り壊されたという。本に籠る念によってその異界の出入口がここだと認知された訳だが、どこにでもある異界故に監視対象として置かれるのみとなった。

私は鋸で空を切る。空間が割れ、異界の入り口が現れる。


暗い空間の中にポツリと立っている古ぼけた家。前に建っていた本屋に似せられたその建物には現世から逃げてきたあるいは住処としている怪異達が「獄卒がきた」とささやきあっていた。

あちらも、こちらも、何もしなければ何もしない。だが、どちらが強いと問われれば獄卒だろう。

「・・・何事もなければいい」


任務を遂行するために、異界に足を踏み入れた。






***

『今度の獄卒は女ら』


異界にひとつだけある建物に足を踏み入れて、目の前に現れたのは古ぼけた本。周囲にも同じように古ぼけた本が落ちていたり、本棚に収納されていたりするが、目の前の本はそれらと違う。怪異だ。

本を開いたり閉じたりとそれを”口”として話しかけてくる本の怪異。

『今回も特に変なもんきたりはしてないら』
「それを判断するのは私。案内できる?」
『微笑んでくれたらいいら。獄卒、顔こわいら』
「・・・・・・」

顔こわい。喜怒哀楽が乏しいから顔が怖い。私の心に突き刺さった言葉に涙しながらも、実際の顔には浮かびもしない内情。私はそれでも頬の筋肉をつかって必死に、口端を釣りあげた。
笑ってるかな。

『・・・まあ、いいら。無理いったちゃね』
「・・・そうね」

怪異に気を使われた私ってもうなんなんだろう。
溜息を吐き出して、宙を飛ぶ本の怪異の後を歩く。外見に見合わず広いのは異界の特徴で、その異界を作り出している建物によって造りが変わる。前回の監視は私担当じゃないから現在の造りが変わっているかどうかわからないが、帰りの時には気を付けなければならない。
造りが変わっていたらそれだけ異界から出るのに時間がかかるという事。そうなったら全体が遅れる。

「亡者とかは来てない?」
『来てない来てない。前は建物があって人が集まりやすかっちゃけど今もう空き地らろ?迷い込んでくる生者も亡者もいねーら』
「そう・・・。中、一周したらお終いにする」
『あいら』

資料にペンでチェックと問題なしと記述。
そのまま本の怪異と共に中をぐるっと一周して、終わった。

意外と早く任務完了できそうだった。