アルコール消毒



「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」



どういう状況になってるんだろう。

狭い空間。耳元で聞こえる息遣い。密接してるからだ。なんでこうなってるのか。混乱している頭をなんとか抑えつつ横目をむけば田噛がその眠たそうな目を彼の背後にあるロッカーのドアに向けていた。視線があう。

私は慌てて視線をおろした。
耳にかかる笑い声。とても小さくささやかれる。

「意識してんのかよ?」
「―――っちんぐ」

違う。そう叫びそうになった私の口を押える田噛の手。私たちがここに隠れているのはこのロッカーの外にいる亡者に見つからないようにするため。大声をだそうとしてしまった私は口をしっかりと結び閉じる。離れる手。

「応援がくるまで黙ってろ」
「ん」

二人で亡者を捕まえるために来たのだが、どうやらこの空間の怪異を喰らったらしく異様に強くなっていた。

二人では対処しきれない。応援を呼んでしばらく亡者から逃げ回っていたのだが、亡者は道の一つ一つを壁を破壊して道を塞ぐという乱暴な手に出たのだ。

どんどん逃げ場を失っていく私達は、とうとうひとつの部屋のロッカーのなかに隠れることになってしまった。

ドアの外からげらげらと笑う声がきこえる。私の鋸の刃はぼろぼろで使えない。田噛のツルハシもどこかに行ってしまった。無傷であるのが幸いだが、素手で叩くには無謀となる。

声がだんだんと近くなる。ロッカーに隠れているとばれ、ロッカーごと攻撃されてしまえば二人とも終いだ。緊張にいつの間にか田噛の服を握りしめていた。


それがどのぐらい続いたのか。

数秒か数分か。
緊迫していた私にはまともな時間感覚がなかった。
その中で田噛の身体が動く。え、なに。なに。


「でるぞ」

「っぁ、え」

耳元で囁かれる声に反応してしまった。羞恥に熱を籠らせながらも頷く。田噛の顔が離れた。ガタン!開くドア。

その先にはこの部屋から出ていこうとしていた亡者が背を向けている。こちらに向いた。私と田噛を見つけた亡者が嬉しそうに口を弧に描いた。

『ミツケタ』
「二兎を追う者は一兎も得ず」
『!』

こちらに襲い掛かろうとしてきた亡者はしかし部屋の外から姿を現した木舌の斧によって切断された。悲鳴。二つに切られた亡者はまともに動けない。それでも逃げようとそれぞれの身を動かそうとするが、木舌に続いてやってきた谷裂と斬島によって捕縛。

「田噛ー!ツルハシ!」
「・・・ウゼェ」
「なんでだし!?」

ツルハシを拾ってきた平腹。
私もロッカーに隠れる時に投げ捨てたぼろぼろの鋸を拾う。

「ぼろぼろだね」
「そうだね。修理ださないと」

斧を壁に立てかけて身軽になった木舌が私の所にやってくる。刃先が砕けてしまったそれを二人で眺める。いっそのこと修理じゃなくてもっといい鋸でも買おうかな。

「あ、そうだ水咽」
「なあに、っ!?」

名前を呼ばれ彼へと顔を向ければ突然、抱き付いてくる。耳に口をつけてきた。

熱い息と触れる唇の感触がくすぐったくて声を上げてしまった。何をするの、そう文句を言おうとすれば顔を掴まれもう反対側の耳にもキスがおちる。
なに。はずかしい。

「木舌、突然なにをっ」
「消毒」
「え?」

柔和に笑った木舌。視線が私から逸れて田噛にむかう。
それに気づいた田噛も木舌に視線を合わせた。とくに表情は変わらないが少しめんどくそうな呆れた声でバーカとだけ吐き捨てた。

私、田噛に何かされたのだろうか?

「水咽、今日俺の部屋においでよ」
「え?いいけど、なんで?」


「水咽に触れてたいから」


耳元で甘える囁きに私は、恥ずかしくも頷いた。