情けない俺




酔っぱらってたって意識はきちんとある。ただ、ちょっと感情が表に出やすいだけ。だから・・・本当は、あんな顔させるつもりなかったんだ。

水咽が部屋から出て行ってから、急速に冷めていった頭で転がって何度もあの水咽が泣きそうにくしゃりと顔を歪めて部屋を出て行ってしまった場面を思い起こしては後悔する。

なんであんなことしちゃったんだか。
なんであそこであんな顔をしてしまったんだか。

水咽は表情は薄いけど心は脆い。顔に感情が出ない分、心が豊かなんだ。だから傷つきやすいし己を責めやすい。きっと、水咽は責任を感じているだろう。”木舌を拒絶した”と。泣いているかもしれない。

「はぁー・・・」


俺だって男。好きな子を抱きたいって気持ちはある。あるけれど、水咽はそういう感情にまだあまり慣れてない。だから俺が、水咽が慣れるまで我慢する必要があった。
好きだから、本当に好きだからこそそうやって待ち続けるべきだったのに。

お酒の酔いに押されて我慢ができなくなってしまった。
だから、水咽に押され倒されて酔いにおされていた理性が戻ってきて、なんて自分は馬鹿なんだと顔を歪めてしまった。目の前にやってきた水咽をまともに見れなくてそっぽを向いてしまった。こんな顔見られたくなくて手を弾いてしまった。

それが、水咽からしたら”拒絶した己への嫌悪感”に見えただろう。


とっくのとうに日は昇ってる。
今日は休みだったというのは唯一の救いなのかもしれない。一日こうやって転がっていようかなんて考えた。
けれど水咽の顔が消えてくれない。彼女は今どうしているんだろうか。そういえば俺は休みだけど彼女は休みじゃない。大丈夫だろうか。きちんと、寝れたんだろうか。寝れるわけないよね。
・・・泣いてる、かな。

はあ。
どんなに溜息を吐いてもこの憂鬱さは消えない。もう起きようかな。起きたくないな。そんなことずっとやっているとドアが激しく開かれた。
平腹か?と思ったら佐疫で、彼の眉はつり上がっていた。

「ねえ、木舌?話があるんだけど?」

きっと水咽の事だろうなあ。
佐疫、水咽が幸せそうにしてるの好きだもんなあ。

「あー、うん」

のそりと起き上がり床にあぐらをかく。
ドアは強く閉じられ、佐疫の怒る顔を見上げた。

「今日、水咽と任務だったんだけど部屋に様子見に行ったらいなくて、探し回ったら田噛の部屋から出てきたよ。それに一日中泣いてたみたいで目が腫れてた。わけがわからないから田噛に聞いてみたら木舌に聞けって言われた。ねえ、昨日なにしたの?お酒飲んでたよね?まさか―――無理やり事をはこんだの?」

やっぱり泣いていたんだ、と罪悪感に苛まれ、田噛の部屋から出てきたという事に嫉妬を覚え、未遂といえど佐疫の当たっている予想に胸に氷の刃が突き刺さった。

「いや、み未遂です」
「未遂だろうがなんだろうが水咽を怖がらせて泣かせたのは事実だよね?」
「・・・はい」


水色の氷のような視線が痛い。いっそのこと佐疫の拳銃で穴だらけにしてくれればまだ救われた感があっていい。けれど佐疫はしない。俺をじっと睨んで見つめて―――溜息。

「・・・水咽に会いに行きなよ」
「・・・けど、水咽はきっと会いたくな、」
「会わないと水咽はもっと傷つくよ」
「・・・」

「じゃあ、俺、一人で任務行くよ。水咽は・・・休憩室にいるから」

そう告げて出ていった佐疫。
会わないと水咽はもっと傷つくよ。その佐疫の言葉がぐるぐると頭の中を回り続け――俺は頬を思いっきり叩き立ち上がった。ドアを開けて、休憩室へとその足を進めていく。



「水咽!」

時には勇気が必要で。思い切りも必要で。
休憩室のドアを思いっきり開けば――水咽の驚いた顔がそこにあった。

彼女は慌てて手に握りしめていたタオルで顔を隠して背を向ける。その反応にズキリと胸が痛む。

けれど、ここで逃げたら情けなさすぎるでしょ。

ズイズイと水咽の前に行く。
小さく体を丸めている彼女は少し震えていた。

「水咽・・・」
「・・・」
「昨日は、ごめん。突然、あんな事言われたら驚くよね」

水咽の背中に触れる。大きくビクリと震えた背中。押し殺す声が聞こえて泣いているんだとわかる。俺はこんなに水咽の事を傷つけてたんだな。

「お酒に酔ってて水咽も隣にいるから・・・つい、我慢できなくて・・・だから、ごめん。俺が悪かった、よ―――!」

水咽が俺の手を弾いた。
一瞬真っ白になって、けど、水咽が俺に抱き付いてきたことに思考が追いつかない。いままでにない強い力で俺をぎゅっと抱きしめていて、彼女を見た。泣いてる。けれど首を左右にふってる。

「わ、たしが・・・!私が悪いの・・・好きなの。好きだから、だから、木舌にならなんでもあげられるほど好きなの!・・・けど、急だったから、違う、木舌の気持ちに気付いてなかったから・・・だから、」

違うよ。そう言いたかった。俺が水咽の気持ちを考えてなかっただけなんだ。そう口にしたかったのに、その口は水咽の口でふさがれた。

「っん」
「ん、」

触れるか触れない程度のキスしかしなかった水咽がしっかりと唇を重ねている。身長の差でか一度離れた唇。

けれどまたそれは重ねてきて、俺は自然と腰を折っていた。唇が重なる。食む様に動く水咽の唇。激しいそれに口を開けば、水咽の舌と俺の舌が絡まる。

苦しくなったのか唇を離した水咽。
唾液が糸を引き、荒い息の水咽が俺を見上げた。

「大好きなの、木舌」
「―――、俺も、好きだよ」
「んっ・・・ぁ」

もう一度、口づけを交わす。
水咽が座っていたソファーに彼女を倒し、唇を貪る。
舌をもう一度絡ませる。混ざる唾液が、良い。生理的に涙を浮かべて初めての感覚に耐えている水咽の表情が良い。

「・・・水咽、俺を、捨てないでね」
「木舌こそ・・・捨てないで、一人にしないで」

「うん」

何度もキスをする。
そうして、俺たちは情けなくも一歩前に進んでいくんだ。