情けない私




「水咽・・・」
「ぁ・・・、の・・・」

酒臭い。ねっとりとした彼の言葉に硬直して動けない。

熱を持った木舌の手が首筋をツツ、と撫でて鎖骨へと降りる。あまり他人に触れられない部分にやってきた感触に弱いくすぐったさを感じわずかに震える。


「ねえ、シよう」
「!」


突然の発言に思わず私は木舌を押しのけてしまった。


酔っぱらっていて平衡感覚がおかしくなっている木舌はよろめき床に尻をつく。ビールの空き缶がカコンと音をたてて転がった。

「―――ぁ」

彼の言葉に混乱していた私はすぐさま正気に戻り謝ろうと近寄った。手を伸ばした。
セックスなんて初めてだからとても驚いたの。嫌なわけじゃないの。ただ、初めてだし、相手が好きな人で、恥ずかしくてそれで。

たくさんの気持ちが頭の中で走り回る。
けれどそれを全部吹き飛ばしたのは、木舌の手だった。

起こそうと木舌の手をつかもうとした私の手が弾かれたのだ。
一瞬理解ができなかった。

頭の中が真っ白になって、手のジンジンとする痛みもあまり感じられなくて、目の前の木舌の顔に、嗚呼私がこんなんだから嫌われたんだと心臓に杭を打ちつけられた感覚にめまいさえした。



「・・・ごめん、なさい」


ここにいてはいけない。もうここにきちゃいけないし、彼とも余計な事離さない方がいいししないほうがいい。



私は彼の部屋を飛び出した。自分の部屋に帰ろう。

それから、落ち着いてそれから―――


前方をみていたのに見えていなかった。階段を上ってきた田噛に思いっきりぶつかってしまう。気だるそうにしている田噛の眉間に皺が寄ったのが見えた。ごめんなさい。その声は口から出せなかった。口が震えて言えなかった。

「・・・・・・お前暇か?」
「・・・」
「暇なら来い」

暇じゃない。暇じゃないのに、田噛は私の手を引っ張って彼の自室に連れていかれる。まるで浮気みたいな状況に私は彼の部屋の手前で足に力をいれてとどまろうとする。
田噛はこちらに顔を向けてみた。私は精一杯に首を振って嫌だ、と伝える。

それでも彼は、やめなかった。

「っ!」

グイッと引っ張られれば男女の差で負ける。無理やり彼の自室に突っ込まれた私は床にへたり込んだ。床を見るとポタポタと水が垂れていて、これは私の涙なんだな、と頭の片隅で理解する。

頭にタオルが落ちてきた。

「顔ふけよ」
「・・・私」

田噛の言葉が遠くに聞こえる。
脳内で浮かぶのは木舌とさっきまで飲んでた事と、酔っぱらった木舌の言葉と、それと拒否した酷い私と眉間に皺を寄せて視線を寄せた木舌の顔。涙がまた溢れた。

「私・・・きらわれっ・・・きらわれた」
「・・・」
「きっ・・・きのしっ・・・きのしたの、あ、あ、ん、あんな顔・・・はじめっ・・・てみ、た」

いつも優しい顔で、真剣になってもその穏やかさが残っていて、あんなに苦しむかのような嫌悪感を露わにした表情は初めてで。
だから、私は、彼を拒絶したから、嫌われてしまったんだ。

嫌われた。じゃあ、私はどうすればいい?
彼と、別れて、それで、私は・・・、どうなるの?

「わたし・・・私、どうすればいいの?」
「自分で考えろよ」
「・・・」

田噛が立ち会がる。こちらに向かってくる。何かされるのか。
そう身を固めて彼をじっとみる。
橙色の瞳がそんな私を見下ろして、横を通り過ぎた。開かれる扉。


「・・・お前今日はそこで寝ろ。俺は休憩室で寝る」



パタン。
やけに静かに扉は閉じられた。

自室でない場所で、一人きり。寂しい。けれど、それよりもなによりも私は木舌を拒絶してしまったことがショックで、彼があんな顔をしたことに恐怖を感じていた。
頭に乗っかっているタオルを手に取り、それに顔を埋める。


そして私は声を押し殺して、泣き続けた。