焦げたクッキー





「水咽、これ作り過ぎちゃって、だからあげる」

そう佐疫からマドレーヌを貰った。誰かから物を貰ったのは初めてかもしれない。そう思いながらマドレーヌを一口食べるととてもおいしかった。

木舌に、作ろうかな。





「・・・木舌」
「ん?どうしたの水咽?」


どうして作ろうと思ったのか、佐疫が半ば強制的に貸してくれた漫画に手料理というものがあって、恋人に料理を作ってあげる描写があったから。

お菓子を作ってなんとかうまくできた主人公が好きな人にあげる描写もあった。相手はとてもうれしそうにしてて、つい、それを、木舌で想像してしまった。

木舌は、私のつくった料理をどんな顔で食べてくれるんだろう、と。
ただ、料理はできるものの上手い、といえばそうでもない。だから、自分の作ったものを他人が受け入れてくれるのかな、と考えると口数が少なくなった。

「その・・・」
「?」
「・・・料理」
「料理?」

これ以上発音できない。口を噤んでしまった私は無言で自分を指さした。

「水咽・・・が?料理?」
「・・・」

頷いて、木舌を指さす。

「俺に・・・・・・作ってくれるの?」
「・・・」

うん。
頷く。

私のしたい事を理解した木舌の目が輝く。

「ほんとに!?やった!!」
「っ!」

大きいからだが私を強く抱きしめてきた。胸板に押し付けられ息が苦しい。彼の背中を叩けば「ごめんごめん」と言葉が上から降りてきて開放される。
木舌の頬は赤くなっていてとても興奮していた。もう一度抱きしめられて、胸板にまた押し当てられた。

木舌の心臓がすごくドクドクいっていて、とても喜んでいるんだってわかる。それが妙にうれしくて私も身を寄せる。

「・・・あ、あさってね」
「楽しみに待ってる!」









「・・・・・・」


良い匂い。バニラエッセンスの匂いがいい。けれど見た目は少し、焦げた。
まるで佐疫から借りた漫画のような展開。少し焦げたクッキー。それでもおいしそうに食べてくれる恋人。
木舌はきっと、焦げた奴でも美味しいって言ってくれると思う。

けど、焦げたクッキーをみてると情けなく思えてくる。
だから焦げてるクッキーだけ別の袋に入れる。後で私が食べよう。そうすることにした。

食堂から出るとなんと平腹が。

「水咽、何つくったの?!」
「・・・いや、あの」
「クッキーか!ちょうだい!!」

匂いにつられてきたらしい平腹がねだってくる。目線は木舌にあげる側のクッキーに向かっている。こっちは焦げてない綺麗にできたクッキーだから、あげられない。
けれど目の前の道を塞いでいる平腹を抜けるには何かあげないとならない。

私は焦げたクッキーの入った袋をみせる。

「こ、焦げてるので、いいなら」
「えー?こっちじゃダメなの?」
「こっちは・・・きのした、に」
「木舌に?いいじゃん!一枚だけ!」
「だ、ダメ!」
「ちぇー、しょうがねーの、じゃあこっちちょうだい!」

諦めてくれた平腹が焦げたクッキーの入った袋に手を伸ばした。
が、横から別の手がそれをかっさらう。

クッキーの入った袋が横からとられて驚いた私と平腹はそっちをみる。そこには木舌がいた。いつもの笑みを浮かべてはいるけれど少しだけこわい。

「どっちもダメに決まってるでしょう」
「焦げてんだからいいじゃん!」
「だーめー。水咽の作った奴は全部俺のだから!」

「えー!ずりぃ!ずりー!ずりー!」

隣でずるいと騒ぐ平腹を無視して木舌は私の手をつかんで走り出す。強く握られた手首が痛くて何度も名を呼ぶが返事は返してくれない。

木舌の部屋にそのまま連れてこられてドアが閉まる。

「・・・木舌、あの」

部屋に入った彼の雰囲気はいつもと違っていて、怖い。視たことない、得体のしれない何かがあった。彼が今何を考えてるのか、わかんない。
それが、こわい。

振り返った木舌の顔は、いつもの笑みだった。

「水咽のお菓子、全部もらっていい?」
「――え、あ、うん・・・けど、焦げてるのが・・・」
「いいよ。だって水咽がつくった奴だもの。真っ黒焦げでも、食べたいし食べる」
水咽のだからね。

そう焦げたクッキーを食べ始めた。私もそれを貰って食べる。

少し苦い。
けど、美味しい。

「水咽、おいしい」
「――うん」
「ありがと」
「うん」