父親と彼氏



付き合って二週間。
木舌と恋仲にはなってから特別何か変わったわけでもない。相変わらず任務の合間に会って雑談を交わして、手をつないだり木舌に催促されてキスを、したり。抱き合ったり。特にかわらない。
それでも以前のような寂しさを感じることは少なくなった。それを考えるとこの私の心は満たされているからなのかもしれない。

木舌に満たされる心。それは、とても、幸せで。

「水咽、任務行ってくるね」
「うん、気を、付けてね」
「うん!」

いつもの通り、任務に出かける木舌に言葉を投げる。木舌は、私の言葉に嬉々として返事を返してくれる。私も仕事だ。彼の大きな背広を数秒を眺めて、踵を返した。











―――――武器である鋸を振るう。


邪魔な怪異がギザギザの刃先で刻まれ霧散する。この先に逃げ込んだ亡者の後を追う。死んでいるという事実は変わらないというのに逃走してる亡者は”生きるため”に逃げていた。


「貴女はもう死んでます。その執着心が魂を歪めている」

もう逃げる場所がない亡者は私の言葉にイヤイヤと首を振る、涙をながす。このまま逃げ続けてもその執着心が魂を歪め今はまだ保っている生前の姿さえも醜いものにかわってしまう。そうなってしまえば、生者を襲うようになり罪もさらに重くなる。
これ以上ここにいてはいけない。

さらに一歩進めば、お願い、と懇願してくる。
私は獄卒だ。仕事に関しては同情こそすれど、手を緩めることはしない。

『おねがいおねがいしにたくない、しにたくない』
「もう貴方は死んでいます。今ならまだ生前の罪を償うだけでいい。きなさい」
『いやよいやよいやよ・・・しにたくないしにたくないしんだらあの人に会えない』
「・・・もう死んでいる。その、あのひとにはもう貴女の姿は見えない。死んでるから」
『いやいやいやいやいや・・・』

弱くなっていく声。まだ認めてはいないようだけどそれでも抵抗する気力はなくなったよう。縄を取り出し両手首を縛る。この間にも抵抗はなく、ただ泣いているだけ。

こういう亡者は結構いる。理不尽な死を認められず、彷徨うんだ。
理不尽な死――交通事故や殺人、急な病死、自殺などがありそれによって死んだ亡者は生への執着心が強い。もっと生きたかったという執着、生前やり残したことを遂げたいという執着、誰か大切な人に会いたいという執着。

死んでしまえばもうそれはどれもかなわぬ事。それでも認められない魂は、次第に歪み澱み悪霊へと変貌を遂げる。

この亡者はその悪霊になりかけていた。まだ生きているであろう”あのひと”に会いたい話したい、という執着によって。



引き渡しを終えた私は、館に戻る。


木舌の任務はまだ終わっていないようで姿は見えない。報告をしに特務室へ。

「水咽です。任務無事終わりました」
「ご苦労だったな」

いつもの肋角さんの落ち着いた表情。書類に目を通していた赤い瞳がこちらを向く。

「珍しいな」
「?何がでしょう」

わからないのか?と口端を釣り上げ笑う肋角さん。

「泣きそうな顔をしているな」
「え?」

斬島並に表情に感情が出ない私。慌てて顔を触る私だがよくわからない。それにまた肋角さんが笑った。

「お前を拾って、心も表情も何もかも欠乏していたままだった水咽がこうして少しずつ表情を表にだすようになった。そうさせた存在が、拾った俺でなかったのは少し悔しい所だが・・・良いことだ、なあ木舌」
「?!」

いつの間に特務室に入っていたのか。頬に手をそえたまま振り返ると木舌が苦笑している姿があった。

「肋角さん、圧力かけないでくださいって」
「フフ、これぐらいで根をあげるのか?」
「あげません」

二人の会話はよくわからない。何の話をしているんだろう。

「あの・・・」
「ああ、水咽ご苦労戻っていいぞ」
「あ、はい」

肋角さんの目線は木舌に向かっていて木舌も肋角さんを見ている。一秒ともずれない視線を不思議に思いながらも特務室からでていく。


なんだったんだろう。