観察日記



今日、人魚を拾った。

その人魚は想像していたのよりもとても小さくてクラスメイトの友達の家にいる鯉と同じぐらいの大きさだった。それにウロコもアニメの人魚よりも汚いし、ヌメヌメとしてる。肌色の部分なんてなくて、確かに上半身人の形をしているけれどウロコのぬけた灰色の肌に鎖骨がぼこぼこと凹凸としていて怖い。目なんてまぶたがないから魚のように―って人魚も魚なのだろうけど、まん丸な目がぎょろりと尾をつかみあげ跳ねる様子を伺っている私へとむけられた。うげ。気持ち悪い。

パクパクと唇のない口をうごかして何か言っている、気がする。けれど私は人魚の言葉なんてこれっぽっちもわからないので代わりに首をかしげてそのまま家に持ち帰った。確か、去年の夏祭りでとった金魚を飼っていた水槽がまだあったはず。中身にその金魚はもういないけれど、水を入れてこの人魚を入れればまあ、いいだろう。

「弥美ちゃんー?」

母の声。人に見られたらきっと凄い騒ぎになるだろうからランドセルの中に人魚をギュウギュウとつめこんだ。ギャアギャア!と叫び声をあげた人魚はどこか痛そうにも見えた。けれどここにしか入らないから我慢して欲しい。人魚の悲鳴に誰も気づかなかったのを確認して家に。家に入ればすぐに母が出てきておかえり、と言ってくる。

いつもどおりに「ただいま」と言えばいいのに、妙に胸がドキドキとしていて無言で頷いただけだった。階段を駆け上がる。いつもの通りにランドセルを放り投げてしまい慌てて倒れたランドセルを立てた。中に押し込められてる人魚は平気だろうか?そっとふたを開けて確認すれば窮屈そうに身を動かしている人魚。ああ、生きてる。死んでない。良かった。私はもう一度蓋をしめて押入れをあけた。

去年飼っていた金魚の水槽。不慮の事故で、というか餌のやり忘れで死んでしまった金魚のはいっていた水槽は押し入れの隅にチョコンと置いてあって周囲のものをどかして取り出した。人魚が干からびる前に急いで水をいれる。こぼれないように部屋に戻ってランドセルにはいってる人魚を引っ張った。水槽にそれを入れればこれで大丈夫。水を得た人魚はランドセルよりは広い水槽で身体を動かす。もうちょっと大きな水槽じゃないとこの人魚のサイズには合わないみたいだ。身を翻すことができなくて範囲ギリギリだ。また人魚が何か言ってる。もちろんわからないから無視した。

「おまえの名前は、今日からマーメね」

マーメイドプリンセスの最初の三文字をもらった。我ながらにいいネーミングだと思った。
人魚を入れていたランドセルはヌメヌメとしてて気持ちがわるかった。仕方ないから濡れ布巾で拭き取る。使ってないノートを一つとりだして表紙に「かんさつにっき」とマジックペンで書いてからページを開いた。

「えーっと、今日は×月◎日、と・・・」

HBの鉛筆で日付を書いて人魚のマーメをみた。やっぱり窮屈そうにしてるマーメだけれども時々水面に顔を出しては私に何かを訴えてくる。いい加減しつこいから「わからないよ。人魚じゃないもん」と返したら不思議な事にそれ以降は、話しかけてこなかった。人魚のくせに人間の言葉がわかるんだなって、観察日記にかいておいた。

「弥美ちゃん、ごはんよー」

母の呼び声に「はーい」と返事を返して何かいいたそうな人魚を見たあとに部屋を出てご飯を食べにいった。


「さっきから何をしていたの?」

美味しそうなハンバーグを箸できりとって口に含む。あ、冷凍食品の味だと頭の隅で思いながらその母の問いに「何も」と返す。あの人魚が見つかれば母はきっと怒る。だってあんなに気持ち悪いもの飼ってもいい?って聞いたところで無理だと思う。だからなにも言わない。見つからないように押入れの中に隠せばいいよね。ごはんは、どうしようかな。後でお菓子でもあげれば大丈夫かな?

「ごちそうさまー」
「こら、野菜が残ってる!」
「一口食べたからいいのっ」
「弥美!」

ごはんより、あまり好きじゃない野菜より、これから始まるアニメより、私はあの人魚が気になる。あんな気持ち悪い生物今まで見たことないから、観察していたい。それで、ある程度までわかったら偉い人にお手紙書いて渡す。きっとお金ももらえるし私も偉い人の仲間入りになれる。別にそれが夢じゃないけど、やっぱり世の中はお金と地位でできでるもの。そういうものだって父が言ってた。


急いで人魚の観察をしなきゃ。
部屋のドアを開けて入ってみたら、水槽の中は空だった。

「あ、」

大きな気泡、小さな泡がブクブクブクと底に沈んで消えていってしまった。
それで跡形もなく人魚はいなくなって、水だけになった。残念。

残念だけど、気持ち悪い姿だったけれど確かに人魚だったんだなあ。
人魚姫の本に書いてあるもの。



゛王子様を殺すことができなかった人魚姫は海へと身を投げて泡となって消えました゛って。




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