「あはっ・・・はははは」 世の中は残酷だ。なんて残酷なんだろう。なんで、こんな、バカみたいな女をこうも不幸に陥れるのか。神様はとても意地悪なんだ。だって。じゃあ、そうじゃなきゃ私はどうしてこうも不幸なのか。神様は私が嫌いなんだ。大嫌いで、だから消してしまいたいんだ。存在を。だけど、嫌いだからすぐに消すなんてことはしない。嫌いだから、嫌いだからとことん追い詰めて手に入らない希望をみせて縋らせてそれで目の前に見えた時に一気に絶望の底に突き落とす。嫌いだから。嫌いだから。嫌いだから。世界が、神様が、全部が私を嫌ってる。だから私は。私は。わたしは。 「ははははっ・・・ははっ」 もう笑うしかない。すべてに疲れてしまった私は力なく笑うしかなかった。手首から流れる血。たくさんの痕は生きようとしてきた証。痛みを感じて生きようとしてきた。痛みで苦悩を消して。痛みで。生きている事を実感して生きてきたけど。 もう真っ暗。 父親が違う父だったならきっと日々の痛みに恐怖することはなかった。母親が違う母だったならば幼いころから身を売ることもなかった。肌をあわせる事でしか愛情を知る、そんなこともなかった。弱いながらも守ろうとしてくれた祖母が両親に叩き殺される事がなければ、お仕置きと称して死んだ祖母が置かれた遺体と同じ部屋に監禁されることもなかった。身近に死を感じることもなかった。こんなにも死が恐ろしくそして甘美なものなのだと知ることもなかった。 社会に逃げる様に飛び出さなければ孤独を知らなかった。愛を欲しがり怖がる必要もなかった。あの時、祖母と共に死ねていたら。自殺でもなんでもいいしねていたら私はきっと、きっと。こんな不幸にならなかっただろうし、惨めに生き恥を晒すこともなかっただろう。 私は。 わたしは。 最初から、選択肢なんてものがなかった。与えられなかったし、自分で作り出すこともできなかった。作り出せるほどの知性も何もなかったから。 「しのう。しのうしのうしのう。しねばきっと幸せになれる筈なんだ」 呆然と手首から血の流れる様子を見ていた。けれどなかなか死ねなくて、一秒でも生きているのが嫌で不安で怖くてカッターでまた切る。血が面白く流れて出ていく。肉の断面が見えて、血管が切れてるのも見える。それでもまだ死なない。意識はまだ遠くにいかない。貧血になって気持ち悪いだけ。けどこれを越せば死ねる。死ねる。しね。しねしねしねしね。 「あはは、あははは、ふふ」 しんだらどこにいくんだろう。 地獄?天国?それとも輪廻するの?それとも彷徨うの?幽霊?悪霊?宇宙人? 気持ち悪い。目を開けてると、目が痛い。そっと目を閉じると妙に落ち着けて浅く息を吐く。耳鳴りがする。けど、その耳鳴りがする中で誰かが話しかけてくる。何を言ってるかわからない。きっと幻聴なのかもしれない。私の名前を優しく呼んでくる。あの世からの声なのかもしれない。だとしたらもうすぐで私は死ねる。 死んだその先はどこに行くのかだけ怖いけど、生きていく恐怖よりかは全然怖くない。 「あ、は・・・・・―――――」 瞼の裏の暗闇に、軍服を着た緑の目をした大きなお兄さんがうつった。見知らぬ存在に驚くということはなかったけれど、彼をみた瞬間、何かが覚めたようにゾッと冷たい恐怖が身体を走る。何かなくしてしまった時の、絶望した時の感覚に似たそれは、けれど愛し気にみる緑色の目に魅入ってしまい薄れて消えていく。 瞼の裏に現れた彼は優しい笑顔でわたしの、なまえをよんで――― 「――――んー、暑い!」 「あいた」 こんな夏の暑さが籠る日だというのに最愛の彼は眠っていた私に抱き付いて同じように眠っていた。暑い。本当に暑い。滝のように滲む汗。木舌がくっついているから余計で、シーツが汗でぐしょぐしょだ。そして木舌も私も汗で濡れている。 木舌を引っぺがし床に転がり落とす。熱源がなくなったこの身に一気に涼しさが身を包み―――また暑さにじんわりと汗を滲ませていく。 「木舌が暑いのに抱き付いて寝るから変な夢みたわー」 「いたたた・・・怖い夢?抱いてあげようか?」 「夜と昼とって続くと立てないからいいですー体力馬鹿」 「ざんねん」 夏というのはどうも暑さにやられてしまうのか興奮しやすい。昨日の夜は恋人同士でお楽しみをしたわけだけどもさすがに昼までお楽しみをするほど体力はない。というか休日をそれでつぶしたくないし、一日中となると次の任務に絶対響く。腰が痛くなる。それはいや。 「で、どんな夢みたの?」 「ん・・・なんかね―――生きるのに絶望して、自殺する夢でね」 「うん」 何故か鮮明に覚えている。その夢の中で彼女はすべてに絶望していた。恐怖していた。息をするのさえ怖がっていた。そして、大量出血で、死んだ。 「それで手首を切って死ぬまでの内容なんだけどね、最後に、木舌をみた」 「おれ?」 「そう。死んでいく私を優しく見つめてて、それで―――」 「――愛しげに名前を呼んで抱きしめる?」 「そう!なんでわかったの?」 汗でべったり額に張り付いていた私の髪を摘まんで避ける木舌は、とても楽しそうに笑い「なんとなく」と答えた。次に彼の大きな手が頬を撫でて私の唇を舐めた。 「ちょっと木舌・・・」 「やっぱり、やろう?」 首筋に顔を埋めて舌先で肌を舐める。ピクリと反応してしまった身体。けれど、明日の事を考えるとやっぱり駄目だと、理性が訴えその要望は通る。 「――だめ」 「ええー、一回だけ。ね?」 「だーめ」 「ケチー」 悔しがっているようなそぶりをみせながらも顔はヘニャと笑みを浮かべてやっと起き上がった。 「仕方ないや。おれはつかさの事ずっとずっとずーと愛してるからね」 「ふふー、私も、愛してるよ木舌。ずっと愛してる」 「相思相愛だねつかさ」 「うん」 実に穏やかに笑顔を見せる木舌。 その表情に、ふと見た夢の最後にみた彼の表情を思い出してしまう。 愛おし気に見つめるその表情は、夢の中の彼とうり二つ。 きっと愛してるから、愛されてるから夢にでてきたんだろうなと口元を綻ばせた。 ネメシア…過去の思い出 [*前] | [次#] |