「抹本ー!」 「うわ!!」 熱心に何かを考えて両手にそれぞれ赤色の小瓶と茶色の小瓶をもって考えてる抹本の背後で名前を叫ぶ。持っていた瓶が一瞬宙に浮いて抹本は慌ててそれを掴みあたしへとふり向いた。 「ちょっと、危ないよぉ!」 「悪い!」 「悪いって思ってないくせに・・・」 溜息。蛍光緑の目があたしから外れて二つの瓶をもって机へと歩く。同じようについてきては、目の前で瓶の蓋を外して試験管に液体をこぼしている彼の姿をじっとみる。 横目で抹本が、やりにくそうな顔でこちらを見てくるので視線を合わせてニッコリ!と笑ったらまた溜息を吐かれる。 「抹本さあー、休みの日でもここに来るよね」 「そーだね」 「肋角さんは毎日煙草吸ってるから煙臭いけど、抹本は毎日薬品室にいるから薬品臭い!」 抹本の外套を引っ張り鼻に押し当てる。 肋角さんは煙草の匂いが染み込んでて匂いを嗅ぐと甘く苦い匂いが鼻を刺激する。抹本はアルコールのようなにおいから冷たい妙な臭いがする。ああ、薬品だなっていう臭い。 「うっるさいなー。で、今日は何かようなの?」 「あ、そうそう。痛み止め作ってよ」 「・・・またなの?」 「うん。抹本の配合する痛み止めすんごい良いんだもん!あっという間に痛くなくなる!」 生理痛の時から、戦闘時による負傷の時まで。獄卒は死なないし身体も再生するけど痛いものは痛い。痛いのは嫌い。若かりし頃は痛いのは嫌!って肋角さんや災藤さんを困らせていたのを思い出す。 「そりゃあ・・・死なない獄卒相手だから効力強くしてるもの。けどいつもいうけど体に毒だよ?」 「知ってるー。けど、獄卒だから関係ないでしょう?」 「そうだけどさ・・・・・・もうちょっとその身大事にしようよぉ」 赤い液体が無色透明の液体に混ざっていく。透明に赤が混ざり次第に色が禍々しい赤紫へと色を変えていく。また変な劇薬でも作ってるのかな。 試験管を円に振るい、中身の液体を確かめる。配合がうまくいったみたいでコルク栓で蓋をする。二つの小瓶を元の棚に戻しに抹本は机の前から離れた。その間、赤紫色の液体が入った試験管を手に持って興味なさげに見てみる。 うん、毒々しい。水銀さんが抹本を毒虫って呼ぶのもわかる気がしてくる。 「気になる?」 「―――わっ!」 うしろからの声に驚いて持っていた試験管を手放してしまう。あ。ヤバイ。慌てて手を動かせば背後から伸びてぬっと出てきた抹本の手が先にそれを掴んだ。あたしの身体を囲むように両脇から伸びる手は目の前で試験管を緩く振り眼前に寄せた。 「試して、みる?」 「え、んりょする!」 「どうして?獄卒だから、死んだりはしないよ」 コルク蓋が外された。 抹本の控えめな、けれど興味ありげで興奮している声色が背後で、耳元で聞こえる。 「今できたばかりの新薬品。第一被験者はつかさね」 「ちょっ・・・ちょっと、」 近づいてくる試験管の口。 逃げようにも抹本があたしを捕まえていて逃げられない。下がれば抹本の身体に当たる。ぎゅっと片手で腕もろとも抱きしめられ、抵抗さえもできなくなってしまった。 「ごっごめんって、薬品臭いなんて言わないからさあ!」 「・・・」 「ねえ!やめてよ!!」 「・・・」 「抹本っ・・・ん」 試験管の口が唇につく。なんとか中に入れないように阻止しようと頑なに口を閉じる。それでも唇ぐらいだったらねじ込めば突破されてしまう。ガラスが歯にあたる。 傾く試験管。 中の赤紫色の液体が重力に従い、中で滑り口の中に入っていく。歯の隙間を通り抜けて舌に液体が触れる。どんどん口に入れられていく液体はそのまま喉を通って落ちていく。 全てを飲み干してしまったあたしは、痛みへの恐怖で足の力が抜けてしまい抹本に抱き支えられてしまう。後ろで笑う声。 あたしは来るであろう痛みに、目をぎゅっと閉じた。 「・・・どう甘い?」 「へ・・・?」 間抜けな声がでた。後ろでいつまでも喉を震わせて笑っている抹本の言葉に目をぱちくりさせて口内に残った液体をなめる。甘い。甘い? 「うん、甘い・・・」 解放された身体はよろりと机に体重を預ける。後ろを振り向いて抹本をみれば、顔も間抜けになっていたんだろう。顔を合わせた瞬間大笑いしやがった。 「毒だと思った?」 「毒、じゃないの?」 「そうだよぉ。ただのシロップと地獄の果実」 してやったり、とニヤニヤする抹本にむかついたあたしは蹴りをかます。 「痛い!!」と抹本は叫び蹴られた尻をさすりながら距離をとる。 「痛いよぉ、つかさ」 「うっさい!驚かせやがあって!抹本のばか!ばかばぁーか!!」 「ちょっとした冗談じゃないか・・・」 「抹本の冗談は冗談じゃない!!」 本当に痛い目に遭うんじゃないかって思った!! 憤りを感じながら部屋を出ていこうとするあたしの名前を呼ぶ抹本。足を止めて「なに!?」と睨めば、視線をそらしつつも笑いながら、 「つかさの為に痛み止め作っておくから、明日来てね」 なんていうものだから、今度は恥ずかしくなって抹本ばぁーか!とまた叫んで飛び出してしまう。 口に残った甘さは夕飯を食べるまでずっと続いて消えなかった。 [*前] | [次#] |