憎さ余って愛しさ百倍(風魔)



突然、雇われたその忍は目元まで伸びた赤髪で目元をかくしていて口は一文字で閉まられたままだった。

それまで長をしていた私だったが、その赤髪の忍が功績をあげる度に私は下へ下へと下がっていった。北条様も最終的には「側近の忍として扱う」というほど。




不思議でならなかった。

それと同時に、憎いと思うほどの嫉妬をその身に買うこととなった。


これまで長い間、北条を守ってきたのは私だというのにその忍は数ヶ月の間だけで難なくその地位を奪っていった。

力もあり、婆娑羅という能力もある。

彼の地位が上がっていくのは当たり前なのかもしれない。婆娑羅の能力を持たない私とその能力を持つ彼。


どう考えても彼の方が優秀だった。




「・・・長、北条様がお呼びです」

おちぶれた私は北条様の命令で憎憎しい彼、風魔小太郎の側近として働いていた。

私も忍だからして私情は表に出さないもの、彼が北条様に褒められるたびに、功績をたてるたびに胸の内で嫉妬憎悪嫌悪という獣が暴れまくった。


風魔小太郎―――長はその淡々とした私の呼びかけに浅く頷いた。

長は、言葉を話さない。いや、話せないといえばいいのか。実際、一度も話したことがないから話せるのか話せないのかはわからないが。

「・・・・・・」

一応側近のため、長の後をついていく私だが。誰かといるとき、任務以外での無言は少し、苦手である。

忍であるがゆえに他人の感情を無意識に読み取ってしまうからである。人の心ほど恐ろしく醜いものはない。

それは長であっても変わらなかった。


長は。長の感情は同じ忍ということもあってかそう読み取れることはないが、二人きりになると微弱なりに感じ取れるものがある。


――水面下、水底で水面を淡々と見上げソワソワするかのような感覚。



それは、虚しくて哀しくて、寂しいと。

長の感情だからなのかその感情が私に染みこんでいき、まるで私がそんな気持ちを感じているかのようになり息苦しくなる。

何故そんな気持ちになるのか。

わからなかった。



「――おぉ風魔!待っておったぞ!」

北条様のお部屋へとたどり着いた私は片膝をつき頭をたれた。長は、そんなことしない。長は首輪をしていないから。

その行動がまた一層、私の心を荒れさせた。

「つかさ、頭を上げよ」

「御意」

頭をたれる私への許しの呼びかけ。私は頭を上げて北条様を見上げた。

北条様は何処か嬉しそうに笑みを浮かべ元気そうだ。まだまだ長生きできるのであろう。


「風魔に任務を言い渡す。といっても簡単なものじゃ。」

ならば、私にそれをやらせてください―――



だなんて言えやしない。

ちょいちょいと肩をたたかれて見上げると長が無言で首で襖をさした。―――出て行けということか。

私は無言で頷き退出する。遠くから北条様の声だけが微かに聞こえた。内容はわからないがさきほどとは違い少し荒げていた。

きっと簡単とか言いながらもそれは重要な任務なのだろう。忍のくせに、泣きそうになった。








しばらくすると無言で長が帰ってきた。

変わらない表情。変わらない口元。変わらない雰囲気。

ただ、いつもと違うのは手元にある高そうな石を使われたやや暗めの装飾を施された腕輪。きっと北条様からもらったのだろう。

どんなに優秀な忍でのそのような腕輪を買うほどの給金はもらえない。


任務に使うのだろうとその腕輪に視線を向けていたときだ。

ガシリ、と私の腕を掴んだ長が、腕につけられた鉄の腕輪を剥ぎ取りその高価な腕輪をつけてきたのだ。

突然の事に眼を見開いて見上げるが、いつもと変わらない顔がそこにあるだけで気づかない。怪訝な顔をしてしまうと今度は抱きつかれた。


「っっ長、」

別に異性に抱きつかれたところで恥らうほどの私ではないが突然の事に声を荒げてしまった。

そして最後には今までの嫉妬や憎悪さえも吹き飛ばしてしまうが如くの声を聞いてしまう。







「あいしてる」






『憎さ余って愛しさ百倍』
(貴方の言葉で総て裏返る)


それからというもの北条様が長に何かを吹き込んでいるらしく会う度に抱きしめられるはめになる。


だが今やソレも悪くはないと思う―――。

ああ、恥ずかしいっ。



- 32 -


[*前] | [次#]