「暇ですねぇ…。」 そう愉しそうに囁くのは我が主である明智様。 明智様は、筆を片手に持ちながら開いた小窓から覗く晴れた空を見上げた。 「―――…血の雨なんて降ってほしいですねぇ」 「降るわけ有りません」 すでになれた明智様への鋭い返答。 主の斜め後ろで正座する自分は小さくため息を吐き同じように小窓から空をあがめる。 「そちらの手紙を書き終えたならば休憩としましょう」 「おや、珍しい事もあるのですね。頑固で生真面目なつかさが休憩をだすだなんて」 「そんなに仕事したいのであれば未だ未提出の書類をかきあげてもらいますが?」 逆に貴男は不真面目すぎるのです。 本能や欲に生きるのは良いとは思うがそれでも軍を指揮するもの。 だというのにその部下を暇つぶしに斬り付けたり無理難題を押しつけたり…。 まさにしたい放題である。 「くくく、怖い怖い…」 本当は怖いとは思ってはいないだろう。 明智様はいつもそうだ。 怖いとか言いながらにやりと笑みを浮かべて本心を隠す。 長い間、身近にいる私でさえ明智様の本心はまるでわからない。 ただ、分かる事といえば怖い、と思っていないことだろうか。 執務が終わった様でカタリと筆を置いた明智様。 「終わりましたか?」 「つかさ―――…」 いつまでも書き上げたものをたたまないでいる明智様へと声をかけると同時に私の名を呼ぶ声。 いつにもなく落ち着いた声に聞こえるのは、この空間が静かだからだろう。 「―…いかがしましたか?」 この静かな空間が落ち着かない。 「つかさは、敵に殺されるのと私に殺されるのではどちらが好ましいですか?」 心臓に刄を突き立てられた気がした。 殺気にしては静かすぎて。 怒気にしては冷たすぎて。 悲哀にしては、無機質で。 明智様らしくなくて、私は答えるのに戸惑ってしまう。 「…そうですね。どうせならば明智様に殺されたいものです。明智様の役に立って、明智様が見捨てるまでは死にたくありませんがね」 「でしたら血の雨を……」 「それは無理なので断固拒否致します」 「つまらないですねぇ」 「それはつまらなくていいのですよ。…甘味を持ってきますので少々お待ちくださいね」 いつのまにか、いつも通りの何ともいえない雰囲気に戻っていた。 席を立ち、厨房へと歩を進める。 「………今日は少し変でしたね。…働かせすぎか?」 一人の時でも敬語になってしまい直ぐ様いつもの口調に戻す。 明智様がいつも部下に対しても敬語で話すせいで私もそれがつい移ってしまう。 困ったものだ。 私は知らない。 この間に明智様が「いつも役に立っていますよ」と一人、安らかな笑みを浮かべついたことを。 きっと死に際まで知ることはないのだろう。 『ノストラダムスも知らない』 (それだけ些細で重要な言乃葉) title by.NDK [*前] | [次#] |