ガラス張りの先で微笑む(佐助)



それは、本当に偶然の出来事だった。




野野菜を採りに山へと入った。

野菜はちゃんと採れたし、あとは家に帰るだけだった。


「よし、かえりますか」

週に一・二回、同じ道を通り野野菜を摘みにいく。

今や、慣れた足取りで行ける道だった筈だというのに。


私は足を挫いてしまい、仕方なくしばらくそこで座り込むはめになった。




「―――…はぁ。」

変なふうに挫いてしまい立ち上がれない。

それに無理して歩いたとしても山道である故に余計に怪我をしてしまうであろう。

両親を早くに亡くし、独り身になってしまったからこそこの命、大事にしないといけない。






――――日が傾きはじめた頃…

人間はあまりこないため、身の周辺は静かでたまに獣が通るくらい。

辺りも暗くなり夜行性の獣達が動き始めようとしている。


野犬であろう遠吠えが響き、そろそろ焦りを覚えた。


「……もう、歩かないと大変…」

ぐぐぐ、と足に力を入れる。

「――――――痛っ」

挫いた足は動かすだけでジンジンと痛みだす。

それでも動かさなければならないので無理に一歩、また一歩と進みだす。

歩き続けるたび、痛みが足首から響きわたりまだそんなり距離が変わらない木の根のしたに座り込んでしまう。

痛みで歯を噛み締めるが、そうしても治まるわけもなく、どうしようもない気持ちが涙をさそう。



丁度、その時だった。


獣にしては不自然な草を分ける音。

風も吹いていないのに木の枝が跳ね葉の音をおこす。


それに驚き上を見上げるもそれがなんなのかわからず。



不安に二の腕を寄せ自分を抱き締めた。


「―――――作戦どおりに行くぞ」

「――――――っっ!?」


いきなり声がそう遠くない位置から聞こえ震わせた。

驚いたが声を出してはいけない気がして両手で抑え、静かにいることを悟られないように丸まった。


―――――……誰?


「ああ、各それぞれ位置につき武田信玄が眠りについた頃を…」

「そうだ撹乱させるために城下町の人間を 殺せ 」


「――――そんな!」
「誰だ!!」



酷な作戦につい声を上げてしまった。

口を抑えなおすも時すでに遅し。



黒い刃物が頬を掠め、後ろの大木へと刺さった。

いつのまにか目の前に黒い服装に黒い頭巾で顔の大半を隠した人たちが立っており見下ろしていた。

この人達―――忍?


各国に忍がいるまではしっている。

他人に見られず人を殺したり、奇怪な術を使ったりと私が働いている甘味処で噂を聞く。


噂通りなら目の前にいる人達は忍なのだろう…。



あぁ、私はどうなってしまうのか?

決まっている。


―――――殺される……



忍達が大木に刺さっているのと同じ刃物を取出し、切っ先が私へと向けられた。



「見られた聴かれたからには死んでもらう」

「ひっ………」


薄暗やみのなか刄が鈍い光を見せ。

もう無理だ、と頭を抱え目を閉じた――――――




「ちょいと待ちな!」




陽気な声が耳に入るのと同時に忍達が悲鳴を上げたのが聞こえた。







――――そして、静寂になったその空間で。


「猿飛 佐助参上!――っても、もう終わっちまったけどな」


陽気な声の主は機嫌よさそうにそう言うと、まだ頭を伏せている私へと声をかけてきた。

「危なかったね。立てそう?」


顔を上げると顔に緑色の染模様を施した男性が覗き込んでいた。


森に溶け込む緑系統色の服装。


夕焼けに近い橙色の髪色。

この人は…?


「……あー、足がずいぶんとまぁ腫れちゃって…頬も血が」

頬を触られて胸が高鳴る。

「あ、あの…―――きゃ!」

さらにひょいと抱き上げられてしまい腕に持ち上げられるという恥ずかしい姿勢となっていた。



「城下町の子?」

その絶妙の低い声がどこか心地よくも感じ顔などは恥ずかしくて見れずに。

うつむいた状態でゴニョゴニョと伝えていく。


「は、い…」

「家は?」

「い、家は…呉服屋の裏側の」

「ふーん…了解!」

その掛け声と共に浮遊感が私を襲う。

咄嗟に抱きついてしまい目を堅く閉じて、何度もくる浮遊感に耐え続けた。














「到着〜♪」

浮遊感が消えて、恐る恐る目を開けると家の前の道に私はいた。

「…れ?」

さっきの浮遊感は走っていたからだろうか。

だとしても早すぎる。


走っても山からここまで半刻(約30分)はかかるというのに…。


「お邪魔しまーす」

移動手段の不思議さに首をひねっていると戸を開け共に入る彼、猿飛 佐助さん。

「大丈夫ですよ!ここで降ろしていただければ…!」

「だめだめー。足、早く冷やさないとつかえなくなっちゃうし頬だって化膿したら可愛い顔がだめになっちゃうでしょーが」

いつの間にか足に重みが、かからないように座らせられ、いつの間にか冷やした布が足に優しくのっていて…



いつの間にか、目の前に佐助さんが顔をうかがうように見ていて…。

「薬塗るからね」

そう言った顔は頼りがいのある優しい顔で―――――――…!!?


「い、いった――!!!!?」

薬が傷口についた途端、大量の針に突かれたかのような鋭い痛みがはしり叫んでしまった。



半端ない痛み。
薬がすごいのか、傷が深く切れていたのか。


どちらが原因かわからないけどとりあえず凄いしみたのである。


そんな様子を楽しそうに笑う佐助さん。

「はっはっはっは〜…忍専用だからね、染みるっしょ?」

「せんようっ……ひどいです!」


訴えるも未だ笑い続ける佐助さんは笑顔でごめんごめんと謝ってくる。


そして、やはりいつの間にか茶が置かれていて佐助さんは微かにほほ笑みの顔で話をはじめていた。



「――――山であった忍等は下っ端なんだけど…運が良かったね」

「えぇ…」

確かに運が良かった。

あのまま、佐助さんがそこを通らなかったと思うと、ぞっとする。

「でね、偶然にしろ忍から助かったんだけど、今日の事秘密ね?」

「わかってます」


たとえ、武士のものでなくても忍のものでなくても、その仕事は"人を殺す"仕事であり、

"人を殺す"仕事をしない私が口を出したり、広めてはいけないのだ。


「私は何も見てないし、何も聞いてません」

「…上出来!」


―――子供という歳でないのに、嬉しくなってしまうのはきっと佐助さんのせいだ。

私がいつの間にかこの気持ちを佐助さんに感じてしまったのも佐助さんのせい。


だから佐助さんがあぁ言えば、私はきっと従うだろう。





それが私にとっての 恋 というものなのだから。

たとえ、片思いでも…


「じゃ、悪いけどまだ仕事あるから…」

「はい。佐助さん、有り難うございます」


そうして長い一日が終わるのであった。









「いらっしゃいませー」









―――今日の朝、目を覚ますと足首に痛みはなく腫れはだいぶひいていた。


桶に水が幾分か減っていた。

きっと佐助さんが何度か様子を見に来てくれたのだろう、と考えると嬉しくて笑みがこぼれるのだ。


「つかさちゃん!団子運ぶの手伝っておくれ!」

「あ、はい!」



女将に呼ばれ行くと皿に山盛りにつまれた団子がめにはいる。

それが5皿あり、3皿を女将が器用に持ち上げた。

「つかさちゃんは、そっちの2皿を持って!」

「は、はい!」


こんなにいっぱい誰が頼んだのだろうか?

お持ち帰りなら包むのだがその様子もない。

つまり、ここで食べていくということだ。

大人数、という訳でもないだろう。




どんな人なのかとドキドキしながら持っていくと、赤一色の革鎧を来た人が茶を飲み座っていた。

そしてもう一人。


「お待たせいたしました真田様」

振り返った真田様は待ち兼ねたぞと輝く笑顔で団子の皿を受け取った。


「おぉ、すまぬな!」


この甲斐の地を治める武田信玄様が我が子のように接する部下がいるという。

それがここにいる真田様なのだとか。

七日に一日はかならず来ているのだそうが私と時間が合わないためあまり見かけることはなかった。


珍しいこともあるものだ、と皿を渡す。

「かたじけない」

真田様の笑顔に釣られ微笑む。

視線をあげると、真田様の連れであろう人物が笑顔でありがとうと礼を言う。


「あ…」


似ているなとは思っていたが本人とは思っていなかった。

「む?佐助知り合いか?」

真田様が団子を頬一杯含みながらくびをかしげた。

佐助さんが苦笑しながら否定。

「ちがいますよ〜。俺様、日中に甘味処行くような暇ありませんし」

ちらりと視線が合う。





――――…驚いただけですよ。

「すいません……ちょっと素敵な方だったものでつい…」


咄嗟な言い訳はあながち嘘でもなく。

どちらかというと本当の事で。


「そうか……佐助、減給だ」

「どうしてよっ!?」

どこか黒い視線で佐助さんを見つめ呟く真田様。

佐助さんは冗談じゃないと焦った顔で真田様をみていた。


その様子が面白く小さく笑う。



「つかささん注文お願い〜」

暇があれば此処へ食べにくるおじいさんが手を振り呼ぶ。

私は元気に返事をしてそちらへと向かう。




「ご注文のほうは?」












きっと。

彼に対する私の恋は花咲くことは無い。




けれど、それでいいのだと思う。

私は城下町の乱世に役に立つ取り柄のないただの町娘。


命の恩人で面倒見が良い所に魅かれ好きになった彼は忍。



その間には、見えない壁があって互いに踏み入ることなどできなのだ…。



手を伸ばしても触れることが出来ない。





町娘は非力であるからして。


忍は有力であるからして…。




ならば。

そう、ならば微笑んでいよう。



「お勘定お願い」


目の前で微笑む彼。

せめて客としてくる時だけでも、微笑んでいよう。


「――はい」








愛しいから。





愛しいものに触れるのならば、



せめて花のように微笑んでいようか――――





『ガラス張りの先で微笑む』
(貴方が割ってくれないと触れないから、せめて…)



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