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「靖友、胸しまえ」
暑さのため、ユニフォームの胸元を開けて風を通していた荒北に新開が眉を潜めて言った。
「あぁ?」
言われた本人である荒北は怪訝そうに新開を見た。
なんでそんな事言われなきゃならないと、言葉には出さなくても伝わってくる。
普通ならこの言い方と鋭い目付きで大抵の人は怯んでしまうのだが、新開は気にする様子もなく荒北に近付く。
「なんだよ、いいだろーが、別に」
「よくない」
新開はきっぱりと否定しながら、荒北の開けた胸元を閉め始めた。
「ちょ、やめろよ」
当の荒北はされるがままになっている訳がなく、身じろぎして新開の手を振り払おうとする。
そんな荒北を黙らせるかの様に強い力で新開が荒北を引き寄せた。
二人の距離が更に近くなる。
新開が顔を寄せ、低く囁く。
「見せたくないんだよ」
一瞬、間が空く。
それは荒北が新開の言う意味を理解するのにかかった時間だった。
その意味を知ってこそ、尚、荒北は面倒臭そうに口を大きく開く。
「あー?あっちぃンだよ」
「でも駄目だ」
別に少し胸が空いてたぐらいなんでもないだろと思う荒北に対して新開は駄目を繰り返す。
この展開になんで俺ばっかり、と荒北は苛立っていた。
荒北は新開の手を振り払って声を荒げた。
「つぅか、だったらお前もパワーバーほいほい人にやンじゃねェよ!」
「え…?」
今度は新開が間を空ける。
それは荒北の言った意味を理解するのにかかった時間。
思わぬ本音が聞けた事に新開の顔が自然と緩む。
「靖友それ、やき……」
「っ!それはおめーだろーが!」
怒鳴られたが、荒北の真っ赤になっている顔を見ると怒られた気にならない。
「じゃあ靖友にやるよ」
「しゃーねぇな。貰ってやる」
パワーバーを差し出せば仕方ないとばかりに荒北が受けとる。
その顔は少し照れている様に見えるが、どこか満足気にも見える。
自分でも現金だなと新開は感じていた。さっきまでの嫌な気持ちはたった一言で変えられてしまったのだから。
〈終〉
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