▼ 転校生は真波くん
朝、先生が言った事、そして先生の隣に立つ人物は僕の予想をはるかに越えるものだった。
「今日からこのクラスに入る事になった真波山岳だ。仲良くしてやってくれ」
先生の隣に立つのは箱根学園にいるはずの真波くんで…
真波くんは晴れやかな笑顔で僕たちの前で挨拶をした。
「よろしくお願いします」
「え?え!?真波くん!?」
僕はHR中だというも構わず、椅子から思いっきり立ち上がって叫んでいた。
◇
HRが終わると自然と僕、今泉くん、そしてどこからか事情を聞き付けてきた鳴子くんが真波くんの周りに集まった。
「坂道くんをビックリさせたくて内緒にしてたんだー。どう?驚いたでしょ?」
「そ、それはもちろん!ビックリしたよー」
真波くんがそれはもう爽やかな笑顔を僕に向ける。
まるでイタズラを成功させた子供みたいだ。
昨日だって電話で話したのに、真波くんは何も言わなかった。
これはビックリ以外の何物でもない。
「坂道…くん?」
今泉くんは真波くんが、僕の事を名前で呼ぶ事に怪訝な顔付きになる。
なんで?と疑問に思ったけれど、すぐある考えに思い至る。
そうだよ、クライマーとしては断然真波くんの方が上なのに、名前で呼ばせて、調子に乗ってるみたいに思われてる…!?
次に鳴子くんが刺々しい口調で真波くんに突っ掛かる。
「なぁんで、わざわざこっちに越してくんねん!しかも小野田くんと同じクラスで」
あぁ!今度は僕が今泉くんや真波くんと凄い人と同じクラスで生意気だって思われてるのかも!?
どうしよう、どうしよう、と一人焦っている僕に真波くんが更にとんでもない事を言ってきた。
「だって…知ってるよ。坂道くん、二人と付き合ってるでしょ」
「ま、ま…真波くん!?」
あまりにも唐突な言葉に一瞬言葉を失う。
真波くんが何を言っているか理解した僕は次第に顔が赤くなっていく。
僕は驚きのあまり、ただ情けなく真波くんの名前を口にする事しか出来ない。
「だから俺も混ぜて貰いたいな〜って」
「お断りだ。こいつだけでも面倒だってのに」
真波くんはしれっとした顔で、同意を求めるかの様な口調で今泉くんと鳴子くんを見る。
そんな真波くんに対して、今泉くんが鳴子くんを指しながら、はっきりと言い放つ。
真波くんの目は笑っている様で、笑っていない。
内容が内容でなければ、僕なんか頷いてしまうだろう。
はっきりと断る今泉くんにある意味関心してしまう。本当、内容が内容なんだけど…
「いいよね?坂道くん」
真波くんにいきなり顎を持ち上げられ、真波くんの顔が近付く。
さっきから真波くんのペースにすっかり乱されてる。
それにこのシチュエーションはまるでキスをするみたいな…
「え…あの…あ!」
「ちょおぉー、待てぇぇ!」
真波くんとの距離が近くなって、お互いの唇がくっつくかと思った瞬間だった。
鳴子くんに腕を引っ張られて、胸元に引き寄せられた。
今泉くんに心配そうに問い掛けられる。
「大丈夫か?小野田」
「つまんないなぁ。でも無理矢理しちゃうもんね」
その様子と自分のしたい事が出来なかったためか、真波くんはふて腐れた表情を見せる。
けれど、それも一瞬で、すぐにいつもの爽やかな笑顔に戻る。
そして鳴子くんの腕の隙間から覗く僕の頬に目掛けて唇を寄せ、真波くんの唇が僕のー……
「ひえぇー!真波くん!」
僕が情けない声を上げて飛び起きたのは自分の部屋。自分のベット。
そして鳴り響く目覚まし時計の音。
けたたましく朝を告げる時計を止めて、状況を理解した。
「あ…夢…?そっか…そうだよね。良かったぁ〜」
思わず安堵の息を吐く。
そうだ、こんな突拍子もない事が現実の訳ないじゃん。
それにしても凄い夢見ちゃったな〜、とか、内容が内容なだけに誰にも話せないな〜とか思っていると、今度は枕元に置いてあった携帯が鳴った。
あまりのタイミングに驚きながらも通話ボタンを押すと、いつも電話越しで聞き慣れた声。
『あ、坂道くん?俺、総北に転校する事になったよ!』
「え!?」
〈終〉
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