狼の躾 4









 調教部屋の天井が視界に飛び込む。
 視線を横にずらすと、まっすぐ伸びた長く艶やかな黒髪。この後ろ姿は、記憶に焼き付いている。
「イルミか」
 名を呼ばれ、調教師の娘が、振り向いた。
「や。おはよう。オレ、キミに名乗ったっけ?」
「お前の親父さんがそう呼んでいたからな」
「あー、あの時か。ずいぶんぐっすり眠ってたみたいだけど、今日の調教メニューはなんだったの?」
 そう問われたことで、クロロは、貧民窟の住人たちによって輪姦されたことを思い出した。
「スラム街の奴らに輪姦(まわ)された」
「うわ、かわいそー」
 貧民たちが金と毒入りの酒を持って立ち去った後、調教師に抱き上げられたところまではおぼえている。
 輪姦によるアナル絶頂の記憶と、調教師の胸板のぬくもりを思い出して――腹の奥が疼いた。
「……」
 クロロは思考を切り替えることにした。
 今は、調教部屋のベッドの上だ。
 イルミの父親――銀髪の調教師の姿はない。
 身体は清められていた。
 拘束されていないことに気づく。薬品を打たれているわけでもないようだ。身体は自由に動かせる。
 ならば……。
「キミ、やっぱりすごいね。いくら処女温存の条件付きでも、父さんがこんなに苦労してるの、はじめてだよ」
 イルミがここにいるのは、見張りのためか。
(なるほど、親子だけある)
 この女も、まったくスキが無い。
「お前も調教師か」
「そうだよ。うちは代々この仕事をしてる。あ、父さんならあと2時間は帰ってこない。調教の進行状況をクライアントに報告に行ってるからね。先方は、キミが来るのを待ちきれないみたいだ」
「……そのクライアントって、どんな奴だ」
「男。独身。いつも女の性奴隷を数人抱えてる。奴隷は全員、元・犯罪者。しばらくは彼なりに可愛がるけど、飽きた女は、自分が主催する闇オークションに出品したり、変態仲間に売り渡したりしてる」
「詳しいな」
「うちのお得意様だからねー。でも今回は、いくらなんでも“割りに合わない仕事だ”って、みんな言ってる」
「というと?」
「“A級首の幻影旅団の女メンバーを性奴隷にしたい”……ってさ。候補はキミを入れて4人だったけど、ウチも流石に4人いっぺんは無理だから、ターゲットはキミだけに絞った。旅団メンバーを特定してキミを見つけ出すことからこうして捕まえるまで……ぶっちゃけ最初から最後まで全部ウチ任せだったんだってさ」
 この調教師一家の実力は想像以上だった。
 旅団の構成員を特定し、団長であるクロロを見つけ出すことから、生け捕ることまで、すべて一家がやってのけたという。
(やりづらいな。本当に)
 クロロの仲間は(クロロ自身もそうだが)、幻影旅団として活動する時以外は、基本的に本拠地(ホーム)で好き勝手に暮らしている。本拠地にいても、仲間との連絡は取り合っている。だから、遅かれ早かれ、誰かは異変に気づく。
 しかし、この連中のことだ。そこまで承知の上だろうし、旅団員にバレないように工作しているに違いない。そう思っていた方がいい。
 その一方で……。
 女性団員が、仲間が、依頼人の欲望の毒牙を逃れたことが確信できて、安堵した。標的は、自分だけではないのかもしれない――と、万が一の事態も想像していたから。イルミの話がすべて真実という保障はもちろんないが、“他の女性団員は無事”という話を信じた根拠は、調教中の団長に、団員の無事を示すメリットはないからだ。
 それに、イルミが、駆け引きの可能な相手だということも判った。
「……さ、次はこっちが質問する番。万が一ここや、キミにしたことがキミの仲間にバレたら、やっぱり母さんやオレなんかは、キミの仲間に輪姦されちゃったりするのかなー」
「それはない」
「へー、言い切るね。仮にも悪名高い盗賊集団だろ。ちょっと意外」
「そんな真似をすれば、親父さんやジイさんが黙ってないだろ。お前たちと全面戦争にでもなったら、こちらも無傷じゃ済まない」
 旅団の存在を守ること――それが“団長”としての彼女の行動原理。衝突は避けたい。調教師が望むのはクロロ=ルシルフルの堕落であり、旅団に仇なすことではない。
 そこを見誤ってはいけない。
「いくらキミがそう思っててもさ、キミの仲間はどうだろ。大切なリーダーを男なしじゃ生きられない淫乱女にされちゃって、素直に泣き寝入りしてくれるような連中かな」
「オレを逃がしてくれれば、そんな心配をしなくて済むんだがな」
「オレもできればそうしたいけど、それは無理」
「なんだ、お前も依頼されてるのか」
「違うけど、キミを逃がしたら父さんとの取引きを破ることになるからさ」
「今はフリーか」
「うん」
「そうか。……じゃあ、オレの依頼を聞いてくれるか」





「方法は一任してくれたから、確実に期間内に仕上げられる。……でもさー……オレの仕事が終わったときに、クロロが堕ちてたら、タダ働きになっちゃうよね。だから、オレが仕事をしている間――クロロが父さんの調教に耐え切れるかどうか見極めたい。キミがオレの責めでイッたら、この依頼は受けない。……どう?」
「……」
 正直、条件がキツ過ぎる。
 身体はとうの昔に堕ちきっているのだから。
「わかった」
 しかし、他に選択肢はない。





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