狼の躾 3









 その日、クロロは外へと連れ出された。


 連れて来られた場所は、貧民窟。
 薄汚れた古い建物が四方を囲む。まだ昼間なのに、陽の光が建物に遮られているせいで、薄暗い。
 やがて、建物の影から男たちが姿を現した。ぞろぞろ集まった十数人の男たち。その誰もが、粗末な服を着て、垢と埃に汚れた顔をしている。
 彼らは、クロロと、彼女の両腕を背後から拘束している銀髪の男を交互に見比べた。黒髪のオールバック、黒のロングコートを着た麗人と、長い豊かな銀糸を後ろに束ね、上等なスーツを着た偉丈夫――身なりも、纏う雰囲気も、この場所とはあまりにも不釣り合いな二人組だ。男たちは、闖入者と一定の距離を保ちながら、警戒と好奇の視線を注ぐ。
 クロロは、後ろ手に枷をはめられていた。特製の枷だ。今の彼女では、この枷を自力で外すことはできない。
 銀髪の偉丈夫――調教師は、言い放った。
「この女をお前たちにしばらく預ける。預けている間は、好きに扱って構わない。ただし、殺してはダメだ」
 彼の言葉に、周囲が一気にざわめいた。
 調教師は、クロロのインナーのジッパーに手をかけると、胸の下まで引き下ろした。
「オォォッ……!?」
 男たちから驚嘆と感嘆の混じった声があがる。
 重力に逆らうように張った豊麗な乳房。透き通るような白い乳肌と、薄桃色の瑞々しい乳突起を前にして、男たちは生唾を飲みこんだ。整った冷たい美貌に肉感的な丸い膨らみのアンバランスな光景は、彼らにとっては感動的なものでさえあった。
「この女は、ある盗賊団のリーダーで、お前たちとは比較にならないほどの極悪人だ。だから遠慮はいらん。見ての通り、抵抗できないようにしてある。それと……」
 と、調教師は、一番手前にいた中年男へ蜜色の液体が詰まった透明な細身のビンを投げ渡した。
「女にとっては強力な媚薬だ。使うといい」
 この間、言葉を発する者はいなかった。
 上等なスーツ、威厳に満ちた屈強な肉体、鋭い眼光が、調教師が表社会の人間ではないことを男たちへ示している。力のある者に対して、彼らは臆病だった。
 調教師が手を離すと、クロロは膝から崩れ落ちてしまった。
「……ッ」
 地面に身体をしたたかに打ち付ける。
 脚に力が入らないのだ。ここへ来る前に打たれた注射のせいで、自力で立ち上がることさえ困難な状態だった。これでは、反撃も、抵抗も、逃走もできない。
「……」
 クロロは目だけ動かして、調教師を見上げた。
「……」
 彼は無表情でこちらを見下ろしていた。
「……噛み癖の悪い女だ。“上の口”は、使わん方が身のためだぞ」
 含んだ言いまわしで男たちへの忠告を済ませると、調教師は背を向けて、去った。


 調教師がいなくなると、男たちがおそるおそる、クロロへ近づく。風呂にもろくに入っていないのだろう。近づけば近づくだけ、汗と垢と加齢臭の混じった臭いが鼻腔を刺す。
「は〜……やっぱ、スゲー美人だ」
「この辺の娼婦どもとは大違いだぜ」
「ほんとにこんなキレーなねーちゃんが、おっかねえ盗賊の頭なのかぁ?」
「この際どうでもいいじゃねえか。あの銀パツのダンナが好きにしていいって言ったんだ。この女も、おおかた、あのダンナにケンカ売っちまって、こんな目にあってんじゃねーのか?」
 怯えさえ含んでいた男たちの態度が、この一言で急変する。
「なるほどなぁ。ダンナは、俺たちにこの盗賊女をオシオキしてほしいわけだ」
「ぐひひっ、こんないい女、このままうっちゃっとくなんてもったいねえ! 俺は楽しませてもらうぜ!」
 そう、女の正体など、飢えた男たちにはさほど重要なことではないのだ。
 クロロは最初に見た時点で、彼らがどんな人種なのかわかっていた。
 崩れるところまで崩れた人間。
 信念を持たず、齡だけをズルズルと重ねてきた人間。
 身なりというよりも、“纏うもの”が、その下劣な本質をクロロへと示していた。
 そんな彼らにとっては、
『好きにしていい』
 という、銀髪の偉丈夫の言葉と、目の前に横たわる美しい女体がすべてであった。偉丈夫の正体も、目的も、わからなくていいのだ。彼らは知る必要性も感じていない。
 案の定、自分たちの都合の良いように状況を解釈してしまうと、欲望の眼差しを隠すことなくクロロへ注いだ。
 ねちっこい肉欲の視線に肌を炙られる。
(……)
 視線を浴びて、腹の奥が勝手に疼いてくる。熱くなってくる。
 “以前”の自分ならば、ありえない反応だった。
 そして……。
 獣欲をあらわにした無数の汚れた手が、クロロへと伸びた。
「うひゃあっ! やっ、柔らけえッ! それに……ああ〜! なんていい匂いなんだァ」
 いち早くクロロの背後を陣取った小太りの男が、豊麗な乳房を鷲掴み、無遠慮に髪や体の匂いを嗅いでくる。
 たっぷりした乳肉は、男の手の力に素直に従い、むにゅむにゅ形を変える。調教師に毎日揉みしだかれた乳房は、一段と柔らかさを増していた。
「オイ、ズリーぞ! 俺にもさわらせろ! ……うおおっスベスベだぁっ」
 仰向けに押し倒され、押さえつけられたクロロは、複数の男たちによって肌をまさぐられる。乳房を揉みしだかれ、乳首を吸われ、生肌を舌で舐められる。
 そのおぞましさ。
 醜悪で下品で不潔な男どもに辱められる――普通の女性なら泣き叫びながら暴れぬくような状況だが、クロロは好きにさせていた。
 男たちをよろこばせる気はない。
「……チッ、気味の悪ィ女だ。これからレイプされるってぇのに、泣き声ひとつあげやしねえ」
「本物の悪党ってのは、潔いって言うぜ。このおじょうさんは、俺らから逃げらんねーのをわかってるのさ」
「けどよォ、いくらとびっきりの上玉でも、こう反応がなくっちゃ、やっぱ盛り上がりに欠けるよなァ。……オオ! そうだ!」
 貧民の一人が、淫蜜がたっぷり詰まったビンを掴み、クロロの前へこれみよがしにかざしてみせた。
「……」
 クロロの表情は変わらない。
 男たちの何人かは、疑いの目をビンの中身へ向けた。これを見せつけた時の彼女の反応に、多少なりとも動揺があるのを期待していたのに、それがなかったのだから。
「ほんとーに、こんなのが効くのかねえ?」
「まあ、試してみりゃわかるぜ」
 男が栓を引き抜く。とろみのある蜜色の液体を手のひらへ垂らし、クロロの白い乳肌へまんべんなく塗りつけた。
 効き目は、すぐに現れた。
「……――ッ!」
 ピクッと、クロロの身体が震えた。媚薬を塗りたくられた部分が、急速に火照る。身体の奥から激しい疼きが湧き起こり、襲いかかってくる。珠の汗が一気にふき出してきた。
 ――これほどとは。
 媚薬の効果を目の当たりにした者、味わう者、だれもがそう思った。
 男たちは歓喜した。
「ヒヘヘヘッ! こいつァすげえッ!! 乳首がビンビンにおったったぜー!」
 美巨乳に淫蜜を塗りたくった中年男が、勃起乳首を指で弾いた。
「……く……ッ!」
 途端、電流を流されたような強烈な痺れが、脳天へ走り抜けていく。
 小さな呻きが洩れる。端正な顔が、歪む。
「さっきまでの反応とは大違いだ! 媚薬ってのはホントだったんだな! ならコイツァどうだ? ウヒヒッ、ほれほれ〜!」
「ンぃ……っ! くっ、ぅ……ッ」
 乳首を荒っぽく摘まれ、ヌルヌルの指腹で擦られる。それだけで、クリトリスへの刺激と同等以上の快感が襲ってきた。眉を寄せて、唇をひき結ぶ。
「ウヒィッ、かァわいいね〜、やっぱ女ってのは、こうでなくっちゃな〜」
 惨めだ。
 痛がる姿よりも、苦しむ姿よりも、快楽によがる姿は、はるかに浅ましい。
 そんな浅ましい姿をあばくのは、調教師ではなく、なんの力も持たない、最低の男たち。
「さーて、下にはどんな“お宝”が……」
 と、ボサボサのヒゲを生やした男が、クロロのベルトを外し、ズボンに手をかけた。
「……ん? ん〜〜? な、なんだこりゃ」
 膝までずり下げたところで、彼は顔をしかめた。





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