背後の元凶
シルバ×クロロ










 シルバはぎょっとした。
 目の前には真っ白なシーツ。視界にかかる前髪の色は、黒。
 それに、あらぬ場所にかかる異様な圧迫感。
 それでも、動揺は一瞬で済んだ。
「どういうことか、説明しろ」
 自分が発した筈の声は、聞き慣れない若い男のものだった。それが、自身の置かれている現状を物語る。
 シルバは後ろを振り向いた。そして、背後の――おそらくは元凶であろう――男を鋭く睨みつけた。
 銀色の豊かな長い髪、鋼のような強靭な肢体、彫りの深い精悍な貌――シルバ=ゾルディックの肉体と顔をした男が、微かな笑みを浮かべてこちらを見ている。
 不愉快きわまりない光景だった。
「そんなに怒るなよ」
 聞き慣れない低い男の声。
 だが、この口調は、紛れもなく――。
「いやなに、面白いお宝が手に入ってさ」
 宝……?
 そう言われて、視線を前に戻した。
 白いシーツの波を目で辿って、見つける。
 手を伸ばせば届く場所に転がっている、碧色の小さな丸い玉。
 間違いない。アレだ。
 シルバは手を伸ばした。
 ところが、指先が宝玉に届きかけた時、突如、背後の巨体がググウッとのしかかってきた。
「……ッ」
 息を詰まらせた。身体が強張った。
 被さってきた巨体が前へ動いた拍子に、肛門に銜えこんだままのペニスが、腸壁を擦ったのだ。
 結局、宝玉は、クロロに掠め取られてしまった。
「そう。この玉は、お互いの魂を入れ替えることができるんだ。たまには、こういうのも面白いだろ?」
 ふざけるな――と、文句を言おうと口を開いたシルバだが、すぐに唇をきつく結ぶ羽目になった。
 抽送が始まったからだ。
 ――なにをしている。
 この男は、なにをしている。
 魂を入れ替えて、自分の肉体を嬲っているのか。
 違う。
 コイツが嬲りたいのは、「中身」だ――。
 ひと突き、ふた突きと、硬い肉勃起で腸肉を抉られる度に、全身の毛穴から汗が噴き出してくるようだった。
 ぶざまな叫びをあげそうになる。
 シルバにとっては、内臓を突き上げられる圧迫感も、引き抜かれる瞬間の開放感も、初めての体験だ。
「……ッ……オイ。自分の、身体だろう……もっと、手加減、したらどうだ」
 ところが、肉体の本来の持ち主は、
「大丈夫。そんなやわな身体じゃない。というか、あんたいつもこんな感じなんだけど」
 と、ケロリと言ってのけた。
「これをいい機会に、少しはオレの苦労もわかってくれると嬉しいな」
 苦労……?
 苦労だと……?
 相応しくない言葉に、シルバは眉を震わせた。
 圧迫感はある。
 だが、この肉体が感じているのは――。
「ねえ、ところでさ……」
 耳許に、息がふきかかる。熱く、湿った吐息だ。声音に似合わない甘えるような響きが、尖る神経を逆撫でする。
「このままの姿で、あんたの家にお邪魔しても、中身がオレだって、誰も、気づかないんじゃないかな? ジイさんも……あんたの奥さんも」
 そう囁いたクロロに、シルバは、上から両手を押さえつけられた。強い力だ。動かない。動けない。完璧におさえこまれた。
 両手をベッドへ縫いとめられたまま、根元まで捩込まれたペニスの脈動だけを生々しく感じた。感じたくなんてなかったが、身体が、言うことをきかないのだ。
「今、締めつけすごかったよ。食いちぎられるかと思った。怒った? オレがあんたの身体を借りて、家族に何かすると思った?」
「お前のくだらんお遊びに、これ以上付き合うのが馬鹿馬鹿しくなっただけだ。さっさと、もとに」 
 戻せ、と、言い切る前に。
 再び、背後の男が腰を打ちつけてきた。
「ぐ……ッ」
 下腹部が痺れる。その激しい痺れが、脳を揺さぶった。
 硬い腹が、尻肉にバチッバチッと音を立ててぶつかってくる。
 この肉体は、肛悦だけを器用に汲み取っているようだった。
 苛立ちや、屈辱感や、緊張――自身の精神をざわめかせたなにもかもが、快楽によってかき消されていく。快楽以外が見えなくなる。快楽以外を感じなくなる。
 おぞましいことだった。
 おぞましいが、逃げられない。
 絶頂が、迫ってくる。
「……ハッ……く……ゥッ…う……ッッ!」
 抵抗らしい抵抗もできないまま、のまれた。
 深い快感に包まれて、全身から力が抜ける。
 吐き出された精液が、腹の中をのたうった。
「満足、しただろう……さっさと、抜け」
「満足?」
 埋まるペニスは、まだ、硬さも、大きさも衰えてはいなかった。
「自分の身体のことが解らないわけがないだろ? あんたの身体は、一回じゃ満足できない」
 そうだ。その通りだ。
「オレの身体も、そうなんだけ、ど」
 ――バツンッ!
「! ン、クッ!」
 精液でぬかるんだ肉壁を、ペニスが我が物顔で食いつぶす。
 パンッパンッパンッと、腰をしたたかに打ち据える音が鼓膜に響く。
 ――パチュッ……ヂュパッ!
 卑猥な水音が結合部から漏れ出て、プライドを踏みにじった。
 なのに、腰は力が抜けて、されるがまま、肛悦に跳ね躍る。
 肉勃起が抜け出る度、肉粘膜を引きずりめくられる。押し戻される度に、猛るペニスの熱を、脈動を、肛穴で感じて。
 犬みたいな格好で犯されているのに。
 どうでもよくなる。ただただ、気持ちがいい。あと少しで、快楽以外の感覚が、感情もろとも彼方へと弾き出されてしまう。
 ――情けない。なんて、情けない身体だ。
「あんたがしたんだよ。こんな身体に」
 このタイミングで。
 こちらの心の内を見透かしたように。
 クロロは囁く。
 凍りつくべきなのか、気味悪がるべきなのか、戦くべきなのか。
 ただ、身体は、凍るどころか、ますます燃えるように熱くなるばかりだった。
 無防備。無力感。今なら簡単に殺されてしまうだろう。
「……ッ?」
 両手首を掴まれて、グンッと後ろへ引っ張られた。上体がベッドからやすやすと浮いた。
「ンッ……ぐぅっ……」
 挿入の角度が変わって、思わず呻いた。
 両手首を握られたまま、揺さぶられる。
 奥を突かれ、腸壁を押し拡げられ、ねちゃねちゃと撹拌された。
 我慢がきかない。息が乱れる。吐き出す息は熱い。下腹部がジクジクと疼いて。
 不快なものの一切を取り払われて、そのまま絶頂へ押し上げられる……。





「……どうだった?」
 手の中で宝玉をころころ転がしながら、クロロはシルバに訊ねた。
 二人はすでに「元通り」になっていた。
「なかなか面白かっただろ?」
 情事の余韻で紅潮した汗まみれの顔は、前髪をおろしているのも手伝って、実際の年齢よりも幼く見える。
 一方、シルバは不機嫌な顔をはりつけたまま、黙ってクロロから離れた。彼はシャワー室へと向かっていった。
 その背中を見送って……。
「ふう」
 クロロは息を吐き出した。
 寝返りをうって、仰向けになる。
 いつもより身体がだるい。
 ベッドに寝転がったまま、天井を見上げ、
「嘘つきだなー」
 と、呟いた。







2013/1/28
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