魔女の餞別












 律儀な卑怯者である青年は、三匹のエモノをまえにして、つまみ食いしたい衝動をたえていた。
 三人とも、とびきりの上玉。
 二人は、飲みものに混ぜた薬のおかげでぐっすり寝入っている。
 残る一人は、ナイフを頬にかざされて、恐怖に震えている。青年はこの娘の飲みものにだけ、薬をワザと混ぜなかった。不幸にもナイフを突きつけられている彼女こそが、三匹のエモノの内で、青年の一番好みだったからだ。彼は女性の怯えた顔がなにより好きだった。また、意識のない女を嬲るよりも、嫌がる女を捩じ伏せて犯すことを好んだ。
「どうして、こんな……酷いことをするんですか……?」
 弱者の表情、こわばる声音に、青年はサディスティックな気分に浸る。
「おもしろいからだよ」


 とある名門大学に通うこの青年は、これまでにも、四人のトモダチと結託して、罠にはめた少女たちを弄んでいた。
 有力者の息子は、健全な娯楽には飽きてしまっていたのだ。
 彼らの手口はこうだ。まず、知り合った少女たちと、しばらくは普通の友達として接することによって、彼女たちとかりそめの信頼関係を築く。やがて、マンションへと誘いだし、薬で身体の自由を奪って(あるいは脅迫して)から、性的な暴行をはたらくのだ。
 青年の整った顔立ちと気さくな印象、名門大学のブランドが、少女たちの警戒心を緩めた。未熟な少女たちでは、男たちの狡猾な奸計になす術もなく。彼らは遊び終えると、今度は少女たちの姿をおさめたビデオや写真をネットに流すと脅した。写真やビデオの内容が世間に知られることを恐れた少女たちは、泣き寝入りするしかなかった。
 ――そして、青年は新たな標的を見つけた。
 ぐうぜん、街の古書店でみかけた、制服姿の美少女。短い黒髪。大きな黒曜石の瞳。少し小柄だが、均整がとれた肢体。
 どこの高校かは、制服ですぐにわかった。
 青年は、この美少女のことを調べるうち、彼女が週に二、三度の頻度で、学校帰りにその古書店に立ち寄ることを知った。
 また、男女ともに友人が多いようで、古書店へは2、3人のグループで訪れることが多かった。
 なかでも青年の悪心をくすぐったのが、ふたりの女友達だった。
 制服を着崩し、アクセサリーをつけて、いかにも遊んでいそうな印象だが、学生ばなれしたスタイルの美女。
 片や、手入れの行き届いた長く美しい黒髪をした、良家の御令嬢然とした美人。
 三人とも、いままでのどのエモノよりも上等なのは明らかだった。
 彼女らに狙いをさだめた青年は、いつもの手段で近づいてゆき――いよいよ今夜、獣欲まみれの本懐を遂げようとしている。
「キミ、初めてなんだろ? でも大丈夫。優しくしてあげるから」
 青年は嗤笑した。
 ドアの開く音。
 こちらに向かってくる複数の足音。賑やかな声。
 トモダチがやって来たのだ。彼らは皆、今宵のエモノをみて大いに喜んだ。
「俺、最初はこのコにするわ」
「俺も俺も。マジでモデルみてーじゃん」
 トモダチAとBが、寝ている娘のひとりを抱き起こした。背中まで伸びる真っ直ぐな黒髪の御令嬢は、この三人の中で一番華奢で、色白の美人だ。うっすらと肌が透けて見える黒いストッキングが、彼女の繊細な体つきを際立たせている。
「じゃ、俺はこっちー。いいねー! おっぱいおっきいー」
「ケド、ちょっと化粧濃くね?」
 トモダチCとDが、もう片方の女に群がる。明るい赤髪を後ろに撫でつけた、長身で、肉感的な肢体の美女。ブラウスのボタンを外して大きく開いている胸もと、むっちりと張りつめた双乳がつくる深い谷間へと、男たちの卑しい視線が集中する。
「僕らも愉しもう」
 最たる功労者の特権として、青年はこの美少女をひとり占めできる。黒いニーハイソックスの上、剥き出しのふともも。愛らしかった笑顔は怯えた表情にすり替わり、加虐心を煽られる。
 ――ところが、その時だ。
 今にも泣き出しそうだった少女の表情が一変したのは。
 彼女は、笑った。
「もういいぞ、二人とも」
 凛とした声が発せられた直後、背後から、ゴトッ…ゴトンッ、と、かたいものが床に落ちる音が数回。
 青年はふり返った。
 目を見開いた。
 トモダチが皆、倒れているではないか。
「な……!」
 気づいた時には、青年自身も、短髪の少女によって、凄まじい力で捩伏せられていた。床に顔を押しつけられる。押さえこまれた腕は動かすことができない。女子高校生の腕力ではない。
「クロロ。コイツらで間違いないの?」
 長い黒髪の娘が、短髪の少女に問う。
「ああ。五人全員、それぞれ特徴が一致している」
 淡々とこたえるクロロに対して、赤髪の女がクツクツと笑いながら、
「クロロって女優だねェ。怯えた演技、最高だったよ」
 と、言った。
 彼女らを見上げるような体勢のまま、青年は狼狽した。
「なん、で……」
 薬が……と、続くハズだった彼のコトバを見透かしたのか、
「ボクは飲んだフリをしただけ。イルミには、ああいう薬は効かないんだ」
 赤髪の女がこたえた。
「……さて、アレはどこだ?」
 クロロが尋問する。
 青年は慄いた。目の端でとらえた、温度を持たない双眸に。口調もまったく違う。朗らかに笑っていた彼女とは、まるで別人だ。
「は……?」
 青年はシラを切ったワケではない。これまでの出来事に半ば錯乱し、思考が追いつかなかっただけ。事態が飲みこめていないのだ。
 そんな青年の心理状態が、クロロには手にとるようにわかるのだろう。言葉をつけ加えた。
「輪姦した少女たちへの脅しに使った写真やテープのことだ」
 青年は暫し、彼女の纏う雰囲気に圧倒されていたが、やがて“問い”を理解して、今度こそシラを切ろうとした。
 ところが……。
「ヒソカ」
 クロロがヒソカの背後の本棚を指さした。青年は再び目を見開いた。なにせ、罪の証拠を探り当てられてしまったのだから。
 ヒソカが本棚の本をてきとうに一冊拾ってみては次の一冊へと手を伸ばしている間に、クロロは青年自身のベルトで、彼を後ろ手に縛りあげていた。
 やがて、ヒソカがカバー付きの分厚い辞典を手にした時、彼女はその中身を一瞥すると、小さく笑って、それをクロロに手渡した。
 クロロが中身を確認する。どのページにも、乱暴されている少女たちの写真がびっしりと貼ってあった。
「なんでわかったんだい?」
「何処に隠されているかなんて、脈拍や目の動きですぐにわかる。テープも近くにある筈だ」
 ヒソカはテープを探すために本棚へと再び足を運んだ。
 一方、イルミは青年のパソコンを開いていた。
「パソコンも壊しとく?」
「勿論だ」
 クロロは証拠品を鞄へとしまうと、近くのソファーに腰掛けた。
「お、お前ら、一体何者なんだ!? 一体、なんでこんなこと……」
 青年は声をふりしぼった。
「頼まれたんだ。自分が受けた屈辱を、お前たちにも味わわせたいと願う者に」
 と、クロロは「目的」だけを簡潔に明かした。
 パソコンの処理を終えたイルミがクロロのもとへと歩み寄る。
「迎えは何時なの?」
「2時だ」
「え、まだ5時間もあるじゃん……オレもう帰っていい?」
 ほどなく、見つけたテープを片手に、ヒソカがクロロの傍らに立つ。彼女はクロロにテープを渡すと、
「ちょっと遊んでもいいかい?」
 と、きいた。
「構わない。はしゃぎ過ぎて壊すなよ」
「はいはい、わかってる。クロロもどう?」
「遠慮しておく」
「相変わらずツレないなぁ。じゃあ、イルミは?」
「オレは、眠いから先帰るよ」
「そこで見てるだけでもいいから、帰らないでくれよ」
「眠いって言ってるのに」
「つまらなかったら寝てていいから」
「んー……」
「イルミ、もうしばらく待っててくれないか。……オレも、今のヒソカと二人きりになるのは避けたい」
 上品な少女には相応しくない一人称を使うイルミとクロロ。これが彼女たちの素なのか。
 混乱の極みにいる青年をよそに、イルミはしばし思案して……。
「今回のバイト代にプラスしてよね」
「わかった」
「交渉成立」
 納得したらしい彼女は、クロロの隣に腰かけた。





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