ONE PIECE [LONG] | ナノ

踏み込めない、後一歩

何年ぶりだろうか。この家におれ以外の誰かが入るのは。
おれもモテないわけじゃねェから此処に誰かが居たことはある。何の意味もない、理由も肩書きも感情も...大して持ち合わせていないオンナが生息していた時期は確かにあった。基本的に来るもの拒まずだったから、その残骸も酷く残されたままだったのは...少しイタかったか。

特に気にされた様子は無かったが、まァ余計な心配をされて危うく逃げられるとこだった。
おれの身は書類上では潔白も潔白。それを証明する必要があれば書類取って来るくらい簡単なんだがそこまではしなくていいらしい。

「ベレッタはさ、家事とか出来るの?」
「.........得意ではないとしか言いようがないですね」
「じゃ出来なくもないわけだ」

掃除を終えてベレッタの少ない荷物を空き部屋に搬入して落ち着く。
本当だったら家でコーヒーでも...と思ったところだが、買い置いてあった豆は賞味期限切れしてるわヤカンは錆だらけで使い物にならないわで結局職場戻り。まァ家でどうこうしなくても構わねェ。これからはあの家にも彼女が居るのだからと。

「それってうっすら私に家事を依頼してるんですか?」
「うっすらじゃなくてガッツリな」
「.........ですよね」

はァ、と盛大に溜め息を吐くベレッタ。本当に得意ではないらしい。

「向こうではどうしてたの?実家暮らしとか?」
「実家近距離で一人暮らししてました」
「成程。近距離ってところがミソだな」
「ええ...うっすらミソです」
「ガッツリね」

と、いうことは彼女もまたそういう相手は存在してないということか。
彼女の居た場所ってのがよく分からねェけど少なくとも多くの共通点が存在していることから、その、何だ、婚姻関係だとかもまァ曖昧ではなくきちんとしていると思う。その事実があれば...「一人暮らししてました」なんて言葉は出なかったはずだ。

「ただ少し距離を置いて生活してみたかったんです」
「......というと?」

まだ淹れたばかりのコーヒーを口に含みながら彼女の呟いた言葉におれは耳を傾ける。

「実家にいれば快適安全安心なんですけど、自分で何か出来ないと!みたいな」

"自分で"ねェ。ベレッタの考えは此処がおれとは違う。
快適で安全安心な場所ならおれだったらわざわざ動かねェとこだ。面倒なのは嫌いなんでね。ただ置かれた環境の差が生んだ感覚なんだろう。
少なくとも此処では不安定ながらも生まれ育った地で一生を終える者もいれば高みを目指す者もいる。たった一度の人生を運悪くも残念な結果で終わる者も、いる。快適で安全安心な場所なんざごく一部でしか存在しない。だから...その考えがよく分からねェ。

「でも距離は大して置けなかったと」
「......うっすら不安でですね」

うっすらなんてもんじゃねェ程の不安がこの地には転がっている。その分の自由と引きかえに。

「そこもガッツリでしょ」
「しつこいですよクザンさん」

ムッと眉間にシワを寄せるもすぐに笑う、何も知らない彼女。だから...守りたいと思った。
どんな世界で育ってどんな道を歩いて来たのかなんて知らない。だけど彼女が暮らすには此処は少々不安定で危険で......

いや、違う。
そんな後付けの理由ではなくただ、何者にも染まらず何者にも触れさせず、彼女に傍にいて欲しいと思ってしまった。だから、そうする。

「でもまァ...あれだ」
「どれですか」
「此処ではおれが居るから...うっすら不安になる必要はない」

そう本音を口にすれば彼女の顔が少しだけ赤らんだ、気がする。それを隠すためか慌ててカップを口にするけどまァそれぐらいじゃ赤らんだ顔は隠せない。あらら可愛いなァーなんて口にせず同じようにカップに口を付けた時、彼女がボソリと呟いた。

「.........じゃあ、ガッツリ安心を覚えときますね」
「うん、そうして」

彼女は結構そういう甘い言葉?に弱いらしい。

ちょっとしたむず痒い雰囲気の中、これからすぐに必要なものについて話をし始めた。
使えそうなものは何一つないあの家で今すぐに生活しようにもなかなか困難なもので、何が必要なのかを必死に考えながらメモをするベレッタ。食器関連から食材から身の回りの物までちまちま書いている手はせわしない。

「そんなのよく思いつくねェ」
「はい?」
「適当に食べて寝るだけの家じゃない」

他にも調理器具やら掃除用具やらタオルなんかもどんどんメモに残されていく。

「だとしても必要なものです」
「そうかァ?洗剤とかタオルとかいる?」


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