ONE PIECE [LONG] | ナノ



「.........証拠が何一つないから仕方ないですけど、それでも私はこの世界の人間じゃないです」

そう、一週間に渡る尋問と検査の中で彼女はこんな主張を続け、自分の世界について聞かれたままに話をした。その報告書は数十枚に及ぶものとなり、保管されている。内容はおれも見たが...イカれてるとしか思えなかった。だが彼女はそれでも主張し、ついにはセンゴクさんまで落とした。信じたわけじゃねェだろうが、この地で働けるよう手配した。

監視役はおれ、条件は海楼石のブレスレットを必ず付けておくこと。
彼女はそれを忠実に守り、一からの勉強を始めた。そして、そこから一ヶ月...知識と認識、常識を得た。

「それを信じろっていうのは無理だよなァ」
「.........そうだと思います。でも、」
「でも?」
「此処で働かせて頂いている以上、お二人のために頑張るだけです」

誰よりも強い眼差し。それはあまりに純粋なもので疑うことを知らない子供に見える。多分、おれはこの目は嫌いじゃない。
普段の彼女は何かにつけて仕事仕事と言い、目を通せ目を通せと書類を突き付ける奴でオチオチ昼寝も出来ないほどに仕事まみれにさせる最悪な人種だが、それでもおれは...多分、彼女を嫌えない。疎ましくも思えないだろう。

「にしちゃ、頑張りすぎじゃない?」
「そんなことありません。前職場ではこんなものじゃなかったですよ」
「.........最悪な職場だな」


何故か、なんて考えたくない。


「それが......当たり前だったんです」

こんな風に影を落とした時は...必ず彼女の頭を撫でた。
ちょっと前まではすぐ泣いてたからなァ、その度にどうしていいのか分からず子供にしてやるみたく撫でてりゃ癖付いたんだ。少しでも拒否すりゃいつでも止めてやれるんだが彼女は何も言わずただ撫でられてるだけ。

「何か、すみません」

こりゃただの仕事バカで最悪な人種だ。出来れば別のヤツの下で事務仕事でもしてりゃいいのに、と思わなくもないのに手放そうなんざ思えないのは...普段の強い目とこの影を落とした姿にあるのだと、気付いてる。だが、考えたくない。

「.........出掛けるか」

何か、考えたくねェんだ。今はまだ。
彼女のこと、彼女に関すること、彼女に関わる全てのこと。分からねェことだらけだってのにソレだけ気付いちまうのは何となくマズいって気がするんだ。だから、考えたくもなけりゃ口にもしたくねェ。

「あ、外回りですか?」
「いや、お前と仕事サボろうと思う」
「は?」

これはまた...見たことのない間抜けなツラしやがったなァ。
堂々とサボリを宣告すれば「それは私が許しません」と彼女は言っただろう。だが、おれは"お前と"と言った、だからなのか彼女はただ目を丸くして言葉を失った。

「お前、此処から出たことないだろう?」
「そりゃ、ない、ですけど...」
「散歩がてら外に出るぞ」

左手でいつものコート、右手で彼女の左手を掴んで歩き出せば「え、あ、ええ?」と不思議な声を挙げながらついて来る。
まァ、おれが引っ張ってるわけだからついて来るのは当たり前なんだが、それにしても足取りが重すぎる。

「散歩ぐらい行っても問題ない」
「いや、でも、私は、」
「なら監視のために一緒に出掛けてる。それならいいだろ?」
「ちょっ、無理やり感満載ですよソレ!」

無理やりだろうが何だろうがイチイチ理由がアンタにゃ必要なんだろう?

未だ気乗りしないらしい彼女の手を引いて厄介なのに見つかる前にササッと施設を出る。するとピタリと足を止めた彼女が口をポカーンと開けたまま周囲を見渡して「凄い...」と呟く。何が凄いのか、何に感動してんのかは分からねェが此処は本部前。感動はさておき、さっさと移動してもらわねェとマジで厄介なのに見つかるから困る。

「止まるな。行くぞ」

手は取ったまま。その手は決して温かくもなく冷たくもない同じくらいの温度。
グイグイ引っ張ってくってのは連行するみたいで可哀想だが、足を止められて誰かに見られちまうのも困るわけで。多少手荒でも早足で彼女を歩かせる。身長差の所為か、彼女はまるで親に手を引かれる子供のようだ。

「むー...」
「何だァ、その不満そうな声は」
「いや、だって、折角外に出たのに...」
「此処じゃなきゃゆっくり出来る。とりあえず止まるなよ」

と言って手を引く。まだ少し不満があるのか顔はむくれたままだったが放置して。
とにかくこの場さえ離れれば自由に歩ける、好きなだけゆっくり出来る、その思いで停めておいた青チャリの前と向かう。それを目の前にした彼女は目をパチパチさせて視線をおれに移した。

「クザンさん、これ...」
「おれのチャリだ」
「.........二人乗り、するんですか?」
「チャリは知ってるのか?」
「あ、はい。子供の頃によく後ろに乗せてもらってました」

独り言のように「二人乗りなんて何年ぶりだろう」と呟く彼女の手を解放し、青チャリのスタンドを上げた。


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