ONE PIECE [LC] | ナノ




――ボア・ハンコック。


「ハンコック!」


「我らは...おぬしの味方じゃ。いつでもおぬしの力となろう」


「無礼者!貴様に気安く呼ば、」
「俺だハンコック!お前なら分かるよな?俺を、」
「.........そなたは、」

ピタリ、雨のように降る矢が止まった。
半信半疑のハンコックの前にゆっくりと降り、俺は髪を掻き上げて顔を晒した。そしてもう一度、彼女の名を呼んだ。

遠い遠い昔のこと。それでも流れた時間が全てを変えることは、ない。

「.........セト」
「良かった...」

ペタリと座り込んだ甲板の上、俺が安堵する中で九蛇の者たちは動揺していた。
彼女たちから見れば俺はハンコックが嫌う"男"だ。同情なんてしない。それが顔見知りであってもそれは何の意味もなく、彼女の心一つで生にも死にも繋がる。彼女の挙げた右手は「攻撃を止めろ」......普通はこんな指示はしない。有り得ないことだ。それに誰もが驚いていることくらい俺にも分かった。

「蛇姫様...その方は、」

一人の戦士が躊躇いがちに彼女に聞く。

「"彼女"はその昔、我ら姉妹と共に過ごし戦った戦士じゃ」

"風"が変わる。

「心得よ。彼女はわらわの妹同然。今後一切、刃を向けてはならぬ」

向けられていた殺気が消え、俺は更に安堵した。
戸惑いや躊躇いを含む空気の中、ただハンコックだけが感情を隠して俺の前に立つ。そして、差し伸べられた手...俺はその手を取った。



「おぬしは何故"白ひげ"の船に乗った」

船室に案内され、人払いをしたと同時に彼女はそう言った。
もう長く、長く会わないうちに彼女は前以上に美しくなった。だが、心の内はきっと昔のまま...その目が何者にも侵食されることを拒んでいる。誰も信用出来ない、と拒んでいるように見える。そんな彼女の前に現れた俺は、理解出来ない者になって見えているのかもしれない。

「.........話せば長くなる。事情があって厄介になってる」
「簡単に説明せよ。でなければこちらとて見逃すわけにはいかぬ」

"女ヶ島の皇帝"として...と、彼女は言った。
何者にも汚されず侵されず気高く生きる女ヶ島の戦士たちが、例え"白ひげ"であったとしても"男"たちと慣れ合うつもりはない。全ては彼女の一存に過ぎないことだが戦士たちに示しが付かないのだろう。

俺は小さく頷いて簡単にこれまでの経緯を話し始めた。

「女ヶ島を出て俺は故郷へ戻った。そこで...まあ色々あってさ。ゆっくりする間もなく新たな目的が出来た。その目的のために放浪を重ねて...何年経ったろうな、目的を達成した。そん時偶然に...まるで褒美みたく捨てられた子供たちを拾ったんだ。まるで俺たちみたいな子供で...放っておけなかった。そんな子供たちと俺は新たな生活を始めた」

不思議な生活の始まり。

「共に生活を始めて数年、俺は思った」

俺の、変化の始まり。

「彼らにも俺と同じように...俺を生かしてくれた"家族"とか"仲間"とか、そういう大事な存在が必ず何処かにいることを知ってもらいたい、と。俺にもいたように、彼らにもそういう存在がきっといて助けてくれるんだと知って欲しくて...丁度オヤジから打診があった。だから...乗った」

本当は彼らだけを置くつもりだったが、気付けば俺たちは何の繋がりもなく家族になっていた。

「........."白ひげ"は仲間思い、家族思いと聞くが」
「ああ、それは間違いない。俺はまだ...何も話してない。だが何も聞かずに可愛がってもらってる」

何も話さない、話したがらない秘密主義の俺を"息子"と呼んだ。生きるために不可欠なものも揃えてもらった。
まるで、本当に親のように...気付けば俺の周りには多すぎる家族が出来た。

「出来れば...俺は"家族"を守りたい。だけどかつての"仲間"とも戦いたくない」

一度じゃなくもう何度と失ってしまった家族。当然誰一人として代わりはいない。
だけど俺は出会ってしまった。見つけてしまった。知ってしまった。
彼らに出会い、新たな居場所を見つけ、そこがいつの間にか...どうしようもなく大事になってしまったことを、知ってしまった。

「あの船を見逃せないならば俺を、」
「......愚か者め」

スッと伸びた手が俺の頬を撫でた。

「......そなたは我が妹たちに同じ。共に地獄で生きた大事な"妹"の一人、わらわはその身を案じておる」
「ハンコック...」
「そなたは自らの意思で"白ひげ"の船に乗っている。ならばわらわは手も足も出せぬ」

穏やかに、だけど何処か切ない目をしているハンコックを前に俺は目を伏せ、ただ「有難う」と呟いた。
あの日...決別を告げたあの日はまさかこんなことになるなんて思っちゃいなかった。自分を地獄へと叩き落とした"海賊"になることも、あれだけ嫌った"男"と共に生きることも...そのことで彼女たちと対峙することになるとも考えちゃいなかった。

あの日の俺は...全てを失うために島を出たわけじゃなかった。
あの日の俺は...全てにケリを付けたらどうするつもりだったのか。
結果、今の俺は......

「約束しよう。セトがいる間は我らは何もしない」
「ハンコック...」
「出来れば船を降り、九蛇に戻って来て欲しいが...難しそうじゃな」

クスッと笑った彼女がゆっくりと手を引いた。

「もう戻るがいい。ただ見つめ合うだけなら時間の無駄じゃ」
「.........そうだな」
「どんな再会であっても元気なそなたを見れて良かった」
「俺も...会えて嬉しかった。マリーとソニアにもよろしく伝えてくれ」
「ああ。元気にしてたと伝えよう」

もう一度、彼女に頭を下げて俺は部屋を出た。
甲板に出るまでの間、警戒し続ける戦士たちと擦れ違ったが仕掛けられることはなかった。そんな彼女らにも頭を下げ、俺はホッとして船へと戻った。


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