ONE PIECE [LC] | ナノ




―― 彼女にも未だ闇が残っている。
決して彼女は弱い人間ではないと思っていた。いつだって私たちを支えて、私たちを守って、誰よりも強い人間だと思っていた。

でも今の彼女は私と同じ。膝を抱えてうずくまって泣いているように見える。本当は、そんな風に過ごして来たんだって初めて知った。


「.........失礼する」

シャンクスさんが向こうの船に残って、私たちはシャンクスさんたちの船に戻って来た。
事情は誰も知らないのに何も言わない。副船長さんが始めから分かってたかのように「心配はいらない」と告げ、船長室を使うよう指示をくれた。
「彼女に危害は加えない」と彼女は言った。副船長さんが頷いた。初めて見る穏やかな副船長さんに彼女は二度も頭を下げていた。

二人で歩く船内、いつもだったらお祭り騒ぎの廊下が静かだった。
だけど心臓の音がうるさい。心臓が痛い。それでも...私は彼女に会いたくて会いたくて、胸が、痛かった。

「さっきは悪かった。でも、知られたくなかったんだ」と、船長室に入ってすぐに彼女はそう言った。
彼女は何も話さずにあの船に乗っているんだとすぐに悟った。私は...すぐにシャンクスさんを信じて話してしまったけど、いつだって警戒心の強い彼女は自分のことを明かしていないようだった。明かさずに何も信じられないまま、一人称を変えることで性別まで偽り、表情一つ変えず......彼女の中で何が起きたというのだろう。なんて哀しい生き方をしているのだろう。

どうして、が募る。違う、が募る。
私はずっと謝りたかった。私はずっと、責められたかったのかもしれない。
いや、違うと言って欲しかったのかもしれない。許して欲しかったのかもしれない。

「......だったら、昔みたいに笑って」

彼女は自分のためにやったことだと話した。謝るのは自分の方だと言った。
私は...昔見た黒渦に呑まれてく彼女の話をした。水晶にぼんやりと映る彼女がどんどんどんどん黒いものに呑みこまれてくのを見た。あと少しで、彼女は全て呑み込まれてしまう、それが怖くて私は見るのを止めた。そして、聞いた、あの日の話。

ねえ、能力のお陰で生きて、今があるなら何故そんな顔をしてるの?
奈落の底に沈んだような目をして、表情は無くなってしまってるじゃない。少なくとも、ハンコックたちと一緒に居た頃はそんな顔はして無かった。確かに表情にはあまり出なかったけど、泣いたり笑ったり怒ったりしたじゃない。その感情は何処へ置いて来たっていうの?

「笑ってくれなきゃ、嫌なの。泣いてくれなきゃ、嫌なの」

人として、生きてくれなきゃ嫌なの。
分かってるの。それがどれだけ私たちにとって難しいことなのか、人として扱われなかった数年間がどれほど痛くて怖くてどうしようもなかったかなんて、この心も体も覚えている。染み付いて、焼き付いて離れることは無い。でも、生きて此処に居て...人として生きられないのは哀しい。辛くて痛い。

「.........セト」

泣いてすがるだけの私を、どうして彼女は突き放さないんだろう。
昔のように抱き締めて、昔のように宥める。子供にするように頭を撫でて......そこには昔と変わらない優しい彼女が居た。

「.........有難う」

少しだけ笑ってくれた。困ったように笑うのが癖だったね。
そう思った瞬間にもっともっと大きな感情が押し寄せて泣いた。そしたらもっと強い力で抱き締めてくれた。何も言わず、ただ抱き締めてくれた。

私が泣き虫だから自分は泣かなくていいって昔笑ってたね。
本当は、私が泣き虫だから泣けなかったんだよね。

「ごめ...なさ...いっ」
「泣き虫だな相変わらず...有難う、な」

大好きだと伝えた。大事なんだと伝えた。昔から変わらず。
自分も同じなんだと答えてくれた。だから生きられたんだと言ってくれた。大事な私の、片割れ。


「お取り込み中に悪いが海軍が来てる。二手に逃走することになった」


シャンクスさんの声を背中で聞いた。
彼女が返事をして私の顔を覗き込んだ。涙でぐしゃぐしゃになった私の顔...苦笑してシャツの袖で拭いてくれた。

「また、何処かで」
「.........うん」
「色々悪かった。本当は...会えて嬉しかった。会えて、良かった」
「.........うん」
「俺は大丈夫。もう...俺のことは占うな。これだけは約束してくれ」

私は、頷けなかった。

私は願う。彼女の幸せを。
でも幸せかどうかを知りたくてまた占うかもしれない。幸せを見届けないと...私は終わらない。小さくていい、些細なものでもいい。彼女が幸せに少しでも笑ってくれた時に初めて占う事を止める。

だから、頷かなかった。



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