ONE PIECE [LC] | ナノ


哀しそうに見えないはずがない



「.........で、どういう気まぐれだお頭」

お嬢さんの為に開いた宴会だったが、小二時間も経たねェうちに部屋に消えちまって辺りは野郎共だけが騒ぐっていう見苦しい状況になっていた。
彼女を連れて船に戻った時、誰も何も聞くなと無言の圧力を掛けたわけだが...ベンだけはそうもいかない。

「気まぐれじゃないさ。ただ、手を貸そうと思ったんだ」
「それを気まぐれって言うんだ。で、お嬢さんの目的は?」
「さァ?あ、名前は...セトだ」
「それは本人から聞いた。手を貸すってことは何かしらあるんだろう?」
「みたいだ。けどまだ何も聞いてねェ」

ビールを片手に盛大な溜め息を吐かれちまった。けど、本当にまだ何も知らねェんだ。答えられない。

「本当に攫っただけに見えるぞ」
「確かに」
「それに...今頃、お嬢さんの手の中は血だらけだ」
「.........あァ」

おれらみたいなのが怖いにしても、お嬢さんの震え方は異常だった。それを必死に堪えて手を握っていた。それはもう強く。
そのことに何人の野郎が気付いたかは分からねェが、それでも彼女は船に乗った。降りるとは言わなかった。それだけの事情があることくらいベンも分かっちゃいるだろう。ただ、それが何なのかは分からねェけど。

「まァ奪っちまったもんは仕方ない。後の責任はお頭が取るんだな」
「あァ」
「ただ...相手にするには若すぎる。そこまでは奪うなよロリコン船長」
「奪うか!!」

ククッと笑うベンに叫んだが、その声は響かなかった。



翌日から彼女の"赤髪海賊団"での船旅は始まった。
占いとやらを行うために引きこもっているなァと思えば急に甲板へ出てくる。で、大事で愛おしい人に想いを馳せているのか遠い海の向こうをぼんやりと見ているかと思えば、急に何かを感じ取ったかおれに進路変更の助言をする日々。
最初は俄かに信じられねェことも多かったが、何ともまァ的確で敵のコーティング船は見つけるわ突然の雷雲にも対応できるわでこちらとしては大助かりだったが、肝心の彼女の目的の人物は見つからない。

まァ...情報が少なすぎるっつーか、まだ何も聞き出せていない状況。
尋ねづらい雰囲気が続いている間は聞かない方がいい、とベンも言うもんだから従ってるわけだがそろそろ限界だ。もう、あれから一週間は経過した。


「どうだお嬢さん、方向は見えたか?」
「.........それが、どうも地味に移動してるみたいなんです」

引きこもりのお嬢さんを連れ出して今日は甲板で占いをするよう話せば素直に従ってくれた。
とは言えどもおれらと来たら、この類のことは全力で信じねェヤツばかりで物珍しくて仕方ねェときた。で、ベンに黙れと言われる始末。

「まァ人だから動くだろう。もしかしたら船にでも乗ったんじゃねェか?」

そう、例えば海賊船とかなと言えば...何故か彼女は怪訝そうな顔をした。
初めて会った時から何となく感じてたことだが、どうやらお嬢さんは海賊というものに嫌悪感を抱いているようだ。まァ、色んなヤツがいて色んな海賊がいるわけだから当たりが悪けりゃそういうこともあるが......けどまァ、おれらにはそこまでの嫌悪感は抱いてねェみたいだし、それはそれだ。

「そう、ですけど、でも」

海賊船に乗るなんざ有り得ないってか?
そんな風に考えていたが、どうもそれにしては歯切れが悪いお嬢さんに首を傾げればゆっくりと答えてくれた。

「あの人は......そんなものに乗らなくていいんです」
「ん?船持ちなのか?」
「いえ...あの人は"風使い"なんです。だから、移動は、」

悪魔の実の能力者ってやつか。
しかも"風"と来た。だったらわざわざ船なんざ乗らずとも移動は可能だな。と、いうよりもアレだ。

「能力者か。それなら尚更、仲間に引き入れたくなるなァ」

本人が望まなくとも引き入れたいってヤツは多いだろう。おれも仲間に欲しいとこだ。
もしも、本人が納得さえすれば海賊船にだって乗ってる可能性はないとは言えない。けどなァ、何かお嬢さんを見てると引っ掛かる。

「あの人......誰かに頼るのは苦手でした。それに、」

そう、この辛そうな表情だ。
大事な人を捜すってのは会いたくて会いたくて仕方なくて、恋焦がれてどうしようもなくて居ても立ってもいられないってことだろ?生存は不確かながらでも分かってて、本当だったらもっと浮かれて懸命に捜すもんだろうに。船だってこうして乗れてるんだぜ?順風満帆ってやつだ。
でも、どうしてだろうか。時折痛そうにしてるのを見ると、おれまで辛くなっちまう。

「そう哀しそうな顔すんなって」

その表情に隠されてる何かってのはさっぱりだが、でも、そのことに触れたらいけないことを何となく感じている。
年の功ってやつだ。きっとおれ以外のヤツも、何となく分かってるから誰も何も聞かないんだ。

「とりあえずアレだ。そいつの名前教えろよ。こっちでも調べてみるからさ」

アテもなく捜す旅もおれ的には悪くはないが効率は悪い。
ましてや会いたくてしょうがねェやつだったら、もっと情報を公開して手広く捜した方がいいに決まってる。
とはいえ、彼女が言いたくなるまでは無理には聞かないことにして...と考えていたら、彼女が随分と不思議そうな表情でおれを見て言った。

「.........私、哀しそうに見えますか?」

随分、面白いことを言う。自覚とか無かったのか。

「んー見えない方が腐ってるぞ目ん玉」
「.........そう、ですか」

「ごめんなさい」と更に落ち込んだ様子で謝る彼女に思わず動揺した。
「違う違う!謝らせたいわけじゃねェんだ!」と言ったところで落ち込みは解消されなかった。

参った、これは...参った。
どうやらおれは...このお嬢さんを困らせるのが得意で、だけど困らせたくないと思うらしくて、だけど...どうしていいか分からねェっていう病気らしい。

「おれの言い方が悪かった!うん!で?そいつの名前を教えてくれねェか?」

あァ、もうこれは病気だな。動揺するくらいに宥めようとするがただオロオロするばかりっていう情けない姿を晒してる。

「............セトです」
「いやいや、お嬢さんの名前じゃなくて」
「ですから......"セト"です」



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