ONE PIECE [SHORT] | ナノ

子供みたいに笑う人

この新世界には不思議な島がいくつも存在している。
船室の窓から見えるのは、とある島を覆い尽くす程の積雪...つまり冬島がすぐ傍に見えている。
でも、ウチの船員たちが遊び回っている島...停泊している街は、ある意味長袖を着ていないと火傷してしまいそうなほど暑苦しい場所、つまり夏島である。左右でこうも気候の違う島があっていいのだろうか。
目を疑うような光景が広がっているわけだけど...私は基本的に暑いのも寒いのもダメで、相も変わらず部屋に籠りっぱなしで薬の調合している...んだけど、何か、イヤな気配が近づいて来ている。

「ベレッター」

ああ、やっぱり。船長だ。ノックくらいして欲しい。
だけど珍しくハイテイションで扉壊す気かって言いたくなるような勢いは無い。どちらかと言えば落ち込んでいるような...?

「なァなァベレッター」

ちょっと聞いてくれよォーと言わんばかりの表情を浮かべた船長がそこに居た。
まるで子供のように項垂れて...いや、何かこう...拗ねたような?今まで見た事の無い表情で私の前までやって来た。

「.........どうされました?」
「今よォ、酒場で可愛いウエイトレスと話してたんだがなァ」
「はい」
「おれの事を"オジサマ"って呼んだんだ。オカシラならともかくオジサマって!」
「.........はぁ」
「確かに白髪増えたぜ?増えたけどよォ...そんなにオヤジ臭くなってんのかおれ!!」

叫ぶ度に漂うはアルコールの香り。酔っ払い、確定だ。
一体何を言いたいのか分からなくもないけど、他人の部屋の真ん中で項垂れて頭を抱えて座り込むような事だろうか、その話題。それよりも年を重ねて白髪になっていく髪、顔のシワやシミ、弛みつつあるこの体をどう誤魔化して生きていこうかと考えている私の悩みの方が深刻な気がする。

「まぁ...船長がよく話すルーキーくんよりは若くないですよね」
「そりゃ分かってるよ!けどな!ルフィーと同等...いやそれ以上性欲はあるはずだ!」
「聞いてません」
「若いだろうが!ちゃんと勃―...」
「言わなくて結構」

そんなどうでもいい情報はいらない。
むしろ、そんな話ならベックマンにして欲しい。異性の私に言うな。

「何だよ...皆若い方がいいのかよォ」
「......何です?そのつまらぬ物の尺度は」
「お前もそうなのか?年上の魅力より年下の若さなのか?」

......少なくとも目の前で頭を抱えている年上の男性に魅力は無い。

「.........馬鹿なんですね。ほんと」
「薬効かねェしなァ」
「私の薬の所為にしないで下さい!!」

風邪薬も止血剤も沈痛剤も...普通に作ったやつは効果が認められてる!
船医の太鼓判も貰ってる!その辺で買うより安上がりだしイイってね!
ただ、船長に効かない薬も確かにある。よく分かんないテイション下げるための安定剤。これは全く効かないし、プラスして馬鹿はもう治らないって皆分かってるけど...少なくとも薬自体が悪いって言い方は納得出来ない。

「そもそも!オジサマの何が悪いんです?」
「はァ?少なくともイイ言葉じゃねェだろ」
「だったらオッサンとオヤジとジジイとオジサマ、どう呼ばれるのが嬉しいんですか?私なら断然オジサマですけど!?」

オッサンと言われれば単なる近所の年配男性のイメージだし、オヤジとなると父親的イメージ。ジジイと聞けば頑固な年配男性を思い浮かべるけど、オジサマと聞けばもっとこう...紳士で金持ちで気取らないナイスミドルガイな雰囲気を思い浮かべる。少なくとも私は。

そう、ちょっと前に停泊した島の潰れかけた雰囲気の本屋のオーナーみたいな!
素敵だったなぁ...そんなに背が高いわけじゃなかったけどスラッとしてて着てた服も何となく休日の紳士って感じでキマッてて、穏やかな雰囲気に合う優しいイケボ!本屋のオーナーよりカフェのオーナーが似合いそうな...っていかんいかん。そうじゃない。

「さあ、どれがいいんです?」
「.........なァ」

スクッと立ち上がって上から私を見下ろした船長。その目は何か冷たい色。

「な、何ですか?」
「今...誰を思い浮かべた?」
「.........へ?」
「見た事ねェ顔してた。何処の"オジサマ"を思い浮かべた?」

腰に手を当てて見下ろして威圧して...え?何これ。

「す、少なくも船長ではない、です」
「なら何処の"オジサマ"だ?返答次第では吊るす」
「吊るす!?何処にですか!!」

違う違う!場所なんてどうでもいい話だ。

「船首」

あっさり言った!!ほんと吊るす場所とかどうでもいい話だ。

「言いませんし参考にさせません!」
「参考にするつもりは無い。その"オジサマ"をただのオッサンするだけだ」
「いやいや、いやいやいや!全く意味が分からないんですけど!?」

え?何これ。なんで覇気剥き出しで威圧されてるの私。
この話の始まりは少なくとも船長からなのに、方向が全く違うものになってるんですけど。

「いいから言えよ」
「言いませんよ!」
「.........言えって」
「いやいや!船長が、私なんかにオジサマと思われても意味ないですよね?参考にもしないなら尚更言う意味無いですよね?」

そう言って間もなく、スゥーっと覇気が収まっていくのを肌で感じた。
何色にも属してなかった目にいつもの色が灯り始めている。どうやら何かを悟ったらしい。

「.........ベレッタ」
「な、何ですか?」
「ベレッタから見たおれは、何だ?」

何、何かと聞かれたら...?
あまり考えた事なかったけど、強いて言うなら"残念な船長"だ。

噂に聞く赤髪のシャンクスは、豪気豪快な男だけど残酷性はなく基本はいい人。でも海賊として凄腕。顔も◎らしく女性にモテてて爽やかな男だと聞いていた。航海を諦めて地元に戻って来た元海賊で患者となった若者の証言だ。まぁ、彼も人づてだろうと思うけど。

で、実際に出会った赤髪のシャンクスは、と言えば...
よく寝てよく食べて基本的にだらしない。寝癖はピョンピョン付けたまま船内を闊歩し、下らない子供みたいな話をよくする。あと酒豪で酒乱の宴マニア。島に着く度に浮かれてはしゃいで...まるで子供みたいな動きをする。折角◎の顔に生まれてるのに...親と見た目に謝れってやつ。

「なァ...お前の目にはおれがどう映る?」
「.........普通に船長、ですけど?」

敢えて"残念な"とは言わないでおこう。

「何人もの部下を持つお頭でしょう?私にも(残念系だけど)立派な船長に見えていますよ」
「......ほんとか?」
「ええ。それなりには」
「嘘偽りなくか?」
「ええ。多少は盛ってるかもしれませんが、嘘偽りはないです」

そう答えると、ようやくいつもみたいな笑顔が戻って来た。
晴れやかな、無邪気な子供みたいな笑顔。年上とは到底感じさせない船長らしい笑顔だ。

「なら許す!」
「.........有難う御座いま、す?」

え?私が悪いの?私が何に許されるの?

「よーしベレッタ!今すぐ船降りよう!」
「へ?」
「夏島の方な!面白いモンが色々あるんだぞ!」

.........あ、これ、いつものパターンだ。
キラキラと子供のように目を輝かせ、いつものテイションに戻っていく船長を見て大きく溜め息を吐いた。
このままだときっと、荷物みたいに小脇に抱えられて船員たちがクスクス笑う中で船を降りなきゃいけなくなる。そろそろこれだけは回避したい。

「分かりました。着替えますから外へ―...」
「よし!行こう!!」

.........結局、回避出来ずに小脇に抱えられ、私は夏島へと連れ出されたのだった。

title by 悪魔とワルツを

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