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.........離脱、したのはいいが何処行っても落ち着く場所なんざねえのな。
徒歩で街をうろつく習慣とか無かったし、色々うざいから人間密集地に出なかったことをとりあえず後悔した。場所がよく分かんねえ。何処に行きゃいいのかも分からねえ。静かな場所とかあんのかよ、って話で…くそ、まともな場所ねえのかよ。

「おいお前!」
「は、はい!」
「あー...名前、とりあえず名前言え」

まだびくびくしてるらしい女は戸惑いながら口を開いたり閉じたり。
ハッキリしねえヤツだ。ただ名前聞いてるだけなのに。しばらく時間を一緒に過ごすんだ。名前くら知らねえと会話もうまく成立しねえだろ。だから聞いてやってんだ、さっさと答えろよ。
軽く威圧感掛けてたかもしれねえけど、そっぽ向いて名前聞くとか失礼だと思ってその顔をジッと見ること数分。

「.........志月、」
「あ?もうちょいデカい声で言えよ」
「志月、ゆい、です」

志月ゆい、か。氷帝にそんな名前はいねえな。よし覚えた。
てか何だ?そこまでビビって今にも泣きそうな面とかしてんじゃねえよ、相変わらずガタガタしてやがるし...目も合わねえし。俯いてばっかで見えるのはマジでつむじが多い。後は額、伏せられた長い睫毛、細い輪郭した白い頬、くらいのもん。ちっせえのな、ついでに細いし白いし。触ったら…壊れねえよな?顔持ち上げたらまた泣きそうな顔向けられるんだよな。
笑って付き合えばいいじゃねえか。俺様の傍に寄ってくんのは罵倒されても黄色い悲鳴上げてくるヤツばっかだぜ?冷たくされようとも付いて来て、イチイチうぜえのばっか。いや、それが相手だったら俺が速攻で帰るんだけどな。間違いなく。

「ゆい、だな。学校は?」
「り、立海大、付属」
「学年は?」
「さ、3年…」

立海大付属...神奈川じゃねえか。随分遠いとこから来てんのな。つーか、真田たちと同じ学校かよ。
3年ねえ...の割には色々未発達なヤツだな。無駄にちっせえし、細いし、顔も幼い。てっきり一年かと思ったんだが。ちっ、まだ震えてんのかよ。俺の口調が悪いのか?態度が悪いのか?そういうのは言わねえと分かんねえのに。

「俺は氷帝の跡部景吾だ」
「.........跡部、さん」
「俺を知ってるか?」

俺の名前を苗字だけだが復唱したもんだから知ってるのかと思えば、彼女は首を小さく振った。
そうか...そうかよ。つーか、俺のこと知ってるヤツだったら此処まで怯えたりもしねえな。ある程度のことは分かるだろうし。けどガッカリさせやがる。立海はテニスで売ってるようなもんだろ?そこのライバル校でもあるんだぜ?その頂点にいるのが俺様で......って、それを思っても仕方ねえ。とりあえずは少しの話題が出来たってもんで。

「幸村は、元気か?」
「え?テニス部の幸村、くん?」
「そうだ。俺もテニス部で知り合いだ」
「そう、なんですか。えっと、幸村くんは、元気にしてます、よ」

.........固い返事だなオイ。
少なくとも俺は同級生になる。年齢は同じだってのに何固まって話す必要がある。
猫撫で声くらい挙げてみりゃ、そこそこ仲良くしてやっても構いはしねえのに...つーかまだ震えてやがんのかよお前。何だ?俺が悪いのかよ。俺がお前のペースに合わせる必要があるのか?んなこと誰にもしたことねえのに。

「お前、部活とかはしてないのか?」
「え?えっと...園芸部、に」
「植物、好きなのか?」
「あ...はい。今の時期は、その、向日葵を――...」

向日葵。結構ベタなもん植えてるんだな。
いくら夏が近づいてるからって向日葵とか…小学生じゃあるまいし。つーか向日葵は水やりとか面倒じゃねえのかよ。楽なとこで済ませりゃいいのに。観葉植物だとかサボテンだとかあるだろうが。何もしなくていいやつ。手入れも何も必要がなくて、水やりなんかも時々でいい植物とかあるだろうに。

「.........なら植物園とか、行くか?」
「え?」

何呆けた顔してやがんだ。
お前に合わせた場所を選んだつもりだ。滅多にこんな優しいことしねえってのに。
園芸部に居て植物が好きで、良くも悪くもマイペースで大人しくてどうしようもねえお前にピッタリじゃねえの。何とも言えないくらいの大量の植物の中、興味を持った花と向かい合ってまだ見たこともねえ微笑みを浮かべて...

.........何考えてんだ俺。そんな姿が見てみたいとか、本当に何考えてんのか分からねえ。

「植物園でいいだろ?」
「は、はい」
「よし」

有無を言わさないような言い方をしちまったかもしれねえけど、コイツなら確実にそんなとこで問題と思う。園芸部→植物好き→植物を沢山見ても問題ない→植物園。これほどまでにマッチした場所はねえだろ、確実に。
半ばポカーンとしてるような、どうすればいいのか分からないような彼女を目の前に俺は携帯を取り出す。無論、車を呼ぶために。

「.........俺だ」
「え?え?」
「車回せ。駅からそう離れちゃない」
「くる、ま?」
「.........ああ、分かった」

携帯電話を切る頃、彼女は動揺に動揺を重ねた様子で周りをキョロキョロとしていた。
おそらく見知らぬ車に乗せられてしまうこと...いや、むしろ本当に電話一本で車がやって来るものなのかと思っているのかもしれない。来るんだよ、俺様のため動いている車だからな。そう言ってやろうかと思ったが、敢えて伏せておいた。

「時期に車が来る」
「え、と...」
「心配するな人攫いの趣味はねえ」
「い、え...」

どんなリアクションをするのか見物だ。
妙に落ち着かない様子でただただキョロキョロと辺りを見回すばかりの彼女は何とも言えねえほどに珍しいものに見えてきた。うるせえのばっかだからな俺の周りは。だからだろうか、不思議と彼女の行動とは裏腹にこっちは落ち着くような気がする。
ジッと見つめて観察でもしてみりゃ、それにも気付かないくらい彼女はオロオロしているようにも見えた。んなことしても無意味だってのに。


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