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聴かせてみたい



テレビ越しに観る彼は相変わらず無表情だった。
折角のヒーローインタビューなのに笑わないとか台無しだなあ、と思わないのは下手に知り合いだからか。
もう随分会ってない気がする。今年の始めに会ってはいるけどロクに話も出来ないままに彼はまた渡米した。
大事な試合がある、と言って。その試合まで随分時間はあったというのに…多分、調整が必要だったんだろうって大石くんは言ってた。
そして彼は、その大事な試合で無事に優勝という華々しい記録を手にした。
昔からそうだった。いつもテニスが大事で他は二の次で、色々なものから順位を付けた時に最後になるのは「彼女」だった。
私がそう話した時、「そんなことはない」と言ったのは確かに手塚くんの方だったのに…彼の方から別れを告げた。今も忘れない。

「Congratulations on the victory.」
「Thank you.」
「Today's game was ・・・」

そんな過去があっても私は昔と変わらず彼を応援してる。
人は未練がましいと思ってるかもしれない、ミーハーだと思ってるかもしれない。
それでも試合中継が観れる番組まで引き込んで、録画してまで観て…
テレビ越しでのやり取りはほぼ英語で何を言ってるかは分からないけど、それでも良かった。
遠くで陰ながら応援してる、それが私の中の自己満足で彼に出来る…いや違う、自分に出来る唯一のこと。

「To whom do you want to tell pleasure today?」

でも、そろそろ卒業した方がいいのかもしれない。
これでまた彼は遠くへ行ってしまったわけで、自分もそろそろ歩き出さなければいけない気がしていた。
年もそこそこ重ねたし、両親も心配し始めるような年齢になってきたし。
自覚症状がどんどん大きくなって来たんだもの、もう、卒業した方が自分のためだと分かってる。

「To the person who loves.」
「Is it a lover?」
「Yes.It will be a woman who wants to receive it in the wife when the future.」

ほら、やっぱり卒業しよう。
何を言ってるのか分からないインタビューだけど、聞き取れた言葉は「恋人」と「妻」の単語。
ヒーローインタビューの場を借りて「恋人と結婚します」て言ってるみたいで会場もどよめいてる。
あ、女性ファンの悲鳴みたいなのも聞こえる。無表情だけど…海外でも人気あるらしいからなあ。
うん、もし、次に会う機会があれば笑って「おめでとう」と言えるくらいになっておこう。
最高の恋人見つけて、私も幸せになりましたーくらいになっておかないと、泣く、かもしれない。
あーなんだ。そう考えたら…やっぱり未練がましい自分が居たんだと気付いた。
涙が、出てくるんだもの。

「Then, please ・・・」

もう観るのはやめよう。番組も解約して録画したものも捨てよう。
よし、今から卒業式しよう。無駄にコンビニまで走って、ビールとケーキとお菓子と…買い漁って一人で飲み明かそう。
明日は休みだし丁度いい。今日、泣くだけ泣いて、卒業しよう。
高校卒業からよく引き摺った、よく応援したって…自分を褒めて終わりにしよう。

「……行って来ます」

適当に着合わせた服の上からコートを羽織って、言葉とは裏腹に思いっきり玄関を開けたら、ガゴッと鈍い音が聞こえた。
あ、横に置いてた自転車にぶつけたかな?愛用している通勤用なのに…?

「……え?」
「久しぶり、だな」

低いトーンの声。少し驚いたような表情の、手塚、くん?

「大石に住所を聞いて来たんだ」
「う、そ…」
「……この間の試合で優勝した。それでどうしてもお前に」

何これ。何の夢を見てるんだろう。
あ、卒業式だからわざわざ最後の白昼夢?って、そんな技なんか身に付けた覚えはない。

「賞金は全てコレに使った。出来れば…もう一度だけ、チャンスが欲しい」

何それ。この人は…一体何だろう。
呆然とする私の目の前に確かに居る人。脈絡もなく唐突に箱を突き付けてる人。
箱の中身はすでに掲示されていて、本当に唐突に、訳の分かっていない私に一言、静かに言った。

「俺と、付き合って欲しい。結婚を前提に」

確かにそう言った。
でも、さっきのインタビュー並みに何を言ってるのか分からない聞き慣れない言葉にも聞こえた。
だからまず確かめなきゃいけないことがあって自分の頬を叩いて。痛かったから次は…目の前の人に触れて。
それが温かかったから…泣いた。混乱して、混乱して泣くなんて、初めての経験だった。

「……泣くな。泣かれたら、その…困る、から」
「て、づか、くん…?」
「二の次なんかじゃないって、これで信じてもらえないか?」

静かに、頬を伝う涙のように言葉が浸透してく。
ねえ、何が何なのか私には分からなくて、きっと今のアナタも何が何だか分からなくなってると思うの。
だからもういい。一から全部教えて。過去から今までのこと、全部教えて。
その代わり…私も教えるから。一から全て、別れてから今までのこと、全部教えるから。

浸透する声で、一から全てを聴かせて…

(聴かせてみたい)
| 2009.11.29.
(6/9)
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