テニスの王子様 [不定期] | ナノ

真似てみた



誰かを真似る自分ほど、偽ったものは無かった。
それが彼女ならば余計に滑稽だということに気付かなかったあの頃。
それでも甲斐甲斐しく真似た自分ほど笑えるものはなく、ぼんやりとあの頃の自分に問う。
「それで貴女は、何かを得られたの?」と。





初めて聞く叫びだった。誰もが硬直するほどに響いた叫び。ツルの一声とでも言うべきものだろうか。
「怒鳴るのは苦手だ」とよくオトナと話していたはずの彼女が、まるで私のように声を荒立てて…睨んでいる。

「ゆき先輩…」
「赤也。彼女にも言わせておあげ」

ふーん、そんな顔一応出来るんだ。くらいの表情で私に何が言えるというのだろうか。
同等レベルのものが吐けるなら上出来だと笑って褒めてあげる。だけど、私以上のものなんか無いでしょう?
どれだけ悔しさで泣いたとしても変わらない。どれだけ小賢しく努力しようとも曲げられない。それが全て。
幼き自分の涙ぐましい茶番劇、誰も知る由もない独り舞台を、演じてみたことがある?

「折角だから言いなよ。これだけ観客があるんだもの、私はゆきを殴れない」
「ゆい…」
「隠れ場所、山のようにあるでしょ?」

私は忘れない。忘れてなんかいないのよ。
勝てないと知った日から言葉より先に手が出るようになって、そんな私にいつも怯えてた。
それでも触れてはいけないところに触れて、それに逸早く気付いたゆきはどうしてた?いつも誰かの背中に隠れてたよね。
大人はいつも彼女を守ってきた。大人を味方に付けて来たゆきの言う「私の味方」って、何?


見せてみなさいよ。証拠を出してご覧なさいよ。


「わ、わたしは、いつだってゆいの影なのよ」
「影?」
「何したって目立たない。印象は薄い。そういうの全部ゆいが持ってってる!」

それはただアンタが大人に好かれるイイコを演じてた所為。
私が目立つのは当然。印象が私の方が濃いのだって当たり前。
だってそうでしょ?私はそんな大人に好かれたくて声を荒立てていただけ。見向きもされなかったけど、それだけのことはしてた。

「……それで?だから小賢しい真似してるって言いたいの?私の所為でみたいな言い方して」
「そうするしかないじゃない!」

「何をどうしても"ゆいちゃんは素直で元気いっぱいで…"って、なのに私は何考えてるか分からない子だって。だったら動かないといけないじゃない」

つまり、イイコな自分の上に更にイイコを被せた、だけ。

「だったらそれはアンタの意思じゃない。勝手に私の所為にしないで」
「それならゆいだって一緒よ。私の所為にしないで!」
「……何ですって」

奥歯を噛み締めて睨んでいる子がいる。
ああ、これは長年ずっと傍に居た妹だとふんわりとしか認識出来なかった。

「ウザイならウザイって言いなさいよ。邪魔なら邪魔だって言いなさいよ。冷たい目して肝心なことは言わないで」
「……気付いてて逆鱗に触れてたわけ?」

触れられたくない瞬間に触れる。悟られたくない瞬間に気を遣う。
いつだって私が底へと落ちかけている時を狙ったかのように彼女は触れて来た。触られたくない時に限って。

「そうやって私を――…」
「違う!私は…いつ、どのタイミングでどんなことしたらゆいが怒るかなんて…分からない」


私には…何となく分かる。
ああ、これを言ったら泣き出してオトナの元へ行くんだっていうのを知ってる。


「同じじゃないんだもの、言わないと分からないんだから」


私には…何となく見えてる。
分かり易く顔に書いてあるんだから言わなくても気付くことが多い。


「ゆいに怒られても、嫌われても…それでも私はいつだって一生懸命真似した」


だけど、それは知らなかった。


「私は…いつだってゆいになりたかったんだから!!」


私に、なりたかった。
そう言って背を向けて走り去る彼女に思わず呟いてた。素朴な疑問だった。


「……私なんかになってどうするつもりだったのかしら」


比較される日々。
何かあれば「ゆきちゃんは…」と言われる日々。
言った相手は冗談めいた言い方をしててもいつだって私は本気で捉えていた。本気で捉えて捉えて…ある時、それを止めた。馬鹿みたいだったから。
私は私でしかない。私には私しか居ない。だけど、私だってゆきになりたかった。もうずっと昔から。


「分からない?」
「え?」

静かに響いた声に思わず振り返った。
険しい表情した仲間たちの中、たった一人だけいつも表情を浮かべている人物が口を開いた。

「ゆいが彼女に想うことと同じものを彼女もまた持ってたってことさ」
「幸村…」
「同じじゃないのに同じと扱われて比較される辛さは...同じだったんだよ」


……同じ?


「それ、きっと同じじゃないわ」

同じ痛みを持つのならばもっと共感出来た。だけど私たちは何一つ共感出来なかった。
お互いがあまりにも違い過ぎて…何も、共感出来なかった。共感出来ないという事はお互いに理解が出来なかった事に等しい。

「だって私たちは違う生き物だもの。その辛さもまた同じじゃないし比較出来ないわ」
「だったら自分も比較しちゃダメだよ」

誰も何も言えずにいる中、いつも通りの表情で近付いて、優しい手つきで頭を撫でてくれる人が居た。

「何もかも違うからずっと我慢してたんだよね。二人とも」


私たちは、同じ日に生まれた正反対の生き物。
相手の良いところと自分の悪いところを比較されて育って来た。


「俺には分からないけど…辛かったんだって伝わったよ。でも、その中で頑張ったんだよね」


何かが弾ける感覚がして、自然と涙がこぼれた。

そう、私は、辛かった。
もう比較しないでと言えずに、私は私であってあの子とは違うと言えなくて、趣味も何もかもが違うと言いたくて。優劣じゃないよ、と言われたくて。


「ゆいはゆい、彼女は彼女。それでいいんだよ」


そう、誰かに言って欲しかっただけだったの。


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