テニスの王子様 [不定期] | ナノ

似てないのに (1/2)



そんなことは他でもない私が誰よりも一番知っている、気付いていること。
それなのに知らないと思っているのか、誰もが口々に告げる言葉をどうして私が聞かないといけないのか。
聞きたくないと耳を塞ごうともわざわざその手を払い除けてでも聞かせたいのだろうか。
分かっている、分かっているから聞かせないで、告げないで、耳に入れさせないで。
似てないのではなく、似せていないのだと誰か、誰か言って下さい――…





最近、自分が自分でなくなるような感覚がしてならない。
今までこんな感覚を覚えたことは一度も無くて、変にイライラする自分が抑えられなくて。
自分を制御するための留め金は何処へ消えたのだろうか。何処かで必死で探している、目に見えない留め金を。
胸中穏やかでない、を遥かに上回る何かが迫っている。だから、早く、見つけないと、いけない…



「ゆいー」

ドアの向こう、ノック音と共に響いた声にハッと気付いて…だけど返事をするのを戸惑った。
最近やけにゆきが私のところへ来ては顔を出して雑談して…まるで私の様子を窺うかのようにして去っていく。
用事は二の次、雑談もまた二の次。そんな風に心が告げるのは多分、私の中に彼女と同じものがあるから…
そう、どんなに似ていなくとも重ならなくとも、内部で流れている血液だけは同じ遺伝子を持っている。
その血が告げる。静かに重く、脈打ち流れながら告げている。彼女の行動の不審さを、その血の流れによって。

「ねえ、入るよー?」
「……どうぞ」

私の声を聞いて笑顔で入って来たはずのゆきが、私を見た途端に変化を見せた。
驚いているんだと思う。だけど、それ以上に何処かビクッと怯えたような表情を浮かべて…それは静かに引いてった。
無理矢理。そう無理矢理に遠くへ押し込むようにして表情を変えた彼女にどうしてだろうか、私は笑った。

「どうかしたの?」
「あ…うん。ちょっと相談があって…ね」
「相談?」

あら珍しい、なんて頭の中で嘲笑いながらも彼女を見る自分が存在した。
そこまで…実の妹を嫌うのか、そんな自分を責め立てようともう一人の自分が否定の言葉を告げて…首を振る。
好き。たった一人しかいない妹だから。変えられないもので、変わらないもので尊い存在に間違いない。
でも嫌い。何でも手にして、何でも思うようにしてきたから。今までも今も、きっとこれからも…
そう…だから思うの。世界で一番嫌いなのは誰かと問われたならば、私は間違いなく彼女の名を挙げる。

ドアから少し中に入って来たゆきは少しモジモジした様子でまた私の顔色を窺っていた。
言うべきか、言わないべきか…目の前で葛藤しているんだって気付く。彼女はいつもそう。優柔不断。
私なら最初から相談なんかしない。秘密は秘密のまま、告げることがあるとしたら…全て解決してからにする。
だってそうでしょ?私は私でゆきでないことを常に証明させられてる。目の前の彼女に、周囲の人間に、自分自身に…
だから頼ることなんかない。受ける忠告ですら…煩わしい。そう、そこまで私は…嫌い、なんだ。

「うん…でも、やっぱ今度にするや!」
「……そう?」
「うん。ごめんね!」

慌てて去っていく彼女の背中はすぐにドアで遮断された。それと同時に出たのは溜め息で。
「今度があればいいね」と、静かに重く黒い心を持つ自分が嘲笑いながら告げたのを心で聞いた。
何処までも真っ黒な自分は…どんどん侵略して乗り換えようとしている、それが自分でも分かる。分かるから…
ハッとした瞬間に自分の体を抱き締めてた。今の自分が何処かへ飛ばされそうな気がして怖くなるなんて。

――私を抑える留め金は何処?

抑制心なくして人は生きていけない。誰かがそう教えてくれて、それは本当に当たり前のことで。
その話を聞いた時は笑いながら聞いたような気がする。人として当たり前すぎて「何を今更」なんて思ったんだ。
だけど今は違う。そんなの当たり前なんかじゃないって思える。現に私は…どんどん自分を抑えられなくなってる。
私の中にあったはずの抑制心が、どんどん削られていく。どんどん消滅していく。どんどん、どんどん…
これが全て削られて消滅した日には…私はどうなるんだろう。

抑えることを止めてしまった自分は崩壊する。
崩壊した暁には…間違いなく一人をターゲットにする。
何度も何度も何度も、首を振って否定して来たことを肯定してしまう。

「アンタなんていなけりゃ良かった」



隣の部屋から少し響く、私の好きでない音楽を掻き消すためにヘッドホンを付けて聞く音楽。
ベットに横になって目を閉じて、その音楽だけが私の中に浸透して感情をどうにか無にしてくれようとしてる。
無こそ、私を安定させるために必要な味もカタチも無いクスリとなる。クスリと…なる。


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