テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

ランニングを兼ねたコートへの移動途中。
ヤツだけは有意義に自転車に乗りながら俺らを挑発していく。

「そんなペースで走ってたら余計に疲れますよ」

たからって、てめえのペースに合わせてたら次は死ぬだろ。
イチイチ昼間にあの民宿へランニングで舞い戻ることに異議を申し立てれば、
あの冷たい眼差しで一瞥されて…決まってこう言うんだ。確実に俺だけを標的にして。

「……体力ないんですか?この程度の距離くらいで根を上げて」

挑発行為は止まらない。俺の意地もまた張らざるを得ない。
ハンパなマネージャーなんか不必要だ、そう思ってマネを入れることは拒んできた。
だが、こんなヤツの監視かつ指導なんざ、もっと不必要だと心底思い知った。




Miss Coolness




「ハイ。休憩時間です」

腕時計で一通り、時間を確認した女は景気良く手なんざ挙げて叫んだ。
その瞬間に誰もが地面へと座り込む。息を切らせつつ、酷くぐったりした様子で。
今日で合宿を始めて4日目の折り返し地点。ジワジワと体力強化とやらの効果は出始めていた。

「お疲れ様です」

一人一人にタオルを配って一緒にドリンクを渡す女。
この暑さの中、汗を拭う物と余分なまでの水分は恵みのようなものに思えるが…

「はい。跡部さん」

俺が敵対しているのがわかるのか、俺らの間では交わす言葉は少ない。
そして、女自身の愛想もまた人一倍ない。いや…お互いに、と言うべきだろうか。
年上のくせに"跡部さん"呼ばわり…嫌味か?

「志月さんもこちらで休みませんか?木陰で涼しいですよ」
「あ、有難う御座います」

日傘持っての見張り女に休憩なんて文字がいるかよ。
どいつもこいつも、ちょっと周りに女がいねえからってチヤホヤしてやがる。
暑さでイカれてんのか?オイ。目開けろよ。別にコイツ、特別美人でもねえだろうが。

「なーなー。ゆいちゃんって高校何年なん?」
「3年です」
「先輩方と3つしか違わないのに冷静で大人ですね」
「何や日吉…俺らかて冷静な大人やで?」
「……大人と大人っぽいは違いますよ」
「ウス」

俺から少し離れた先での会話。
この女を煽てても何も出やしないのに何やってんだ?
たかだか3つの年の差、これで偉そうにしてるあたりムカつくな。
大体、シトヤカぶりやがって…"面倒くさ"とか"ふざけんな"とか言ってんのが本性だろうが。
それだけの本性を知りながら、俺は何も言わないことを決めていた。
この状況下は明らかに俺の方が不利で…見ろ、アイツは取り巻きだらけだ。

「……随分、大人しいんですね。跡部さん」
「ああ?」

誰もが俺を見る中、俺は女を見た。
その時の嫌味な表情…勘に障るどころの問題じゃねえ。

「今日は特に異議の申し立てがないようですが?」
「天下の跡部様も、ゆいちゃんには適わんてわかったんやろ」

代表として部長として、異議を申し立て続けたこの4日間。
どれも受理されなければ返って嫌味を吐かれてイライラするばかり。
無駄な労力を使うよりは温存することに決めた。ただそれだけのことだ。

……きっと俺だけしか見ていないのだろう。
女の本性とも言える顔を。それは…わざと仕向けてるとしか思えない。

「有意義に過ごさせてもらってるぜ?それ以上もそれ以下もないがな」
「なるほど。それで異議がないんですね」
「そうだ」

炎天下の空の下、散る火花。
それが見えているのは俺と、この女くらいだろうか。


一時間おきに10分間の休憩。
休憩の後はまた練習へと変わる。監督が考えただろう過酷なメニューへと繰り出す。
俺にとってはその間だけはヤツの存在を忘れ、没頭出来る時間。
ちらりと目線を動かしてみれば…日傘を差し、メモ帳に何かを書き込んでいる。
監視日誌か?監督に頼まれたか何かの報告書だろうか…?
ふと視線に気付いたのか、こちらを見て…何処か嘲笑っているようにも思えた。





陽が暮れる頃、誰もが体にガタが来始めていた。
それもそのはず。クールダウンはしていても発展途上の体を持つ俺たち。
無理をすればするほどに順応しようと体が無理をして、そこそこのダメージは得る。
筋トレで鍛えていたはずの体なのに。その中でも特にガタが来ていたのは…

「大丈夫ですか?」
「うー…」
「ウチで一番体力ないん、がっくんやもんな…」

向日の体中、至るところに冷湿布。お陰で部屋が湿布臭い。
毎度毎度、体力を付けるよう言っておいたにも関わらず…コレだ、怠け者が。
宍戸じゃねえけど、鍛錬怠りすぎなんじゃねえのか?アーン?

「とりあえず、向日くんは休んで頂いて…」

そこそこ心配しているのか、女が指示を出している。
風呂焚き班、炊事班、洗濯班、掃除班…それらの見直しと修正。

「……で、いいでしょうか?跡部さん」

そこで俺にフルなよ。

「別に。監督がアンタに任せたんだろ?」
「ではそれで」

イチイチ苛立たせる女だな。わざと聞いてんのか?俺が何も言わねえから。
少しは俺様の親衛隊を見習え。いや、親衛隊の中に入ってみやがれよ。
多少、うぜえけど…少なくともてめえよりは可愛げがあるってモンだ。

「あ、どこ行くねん。跡部」
「便所だ」

その一言だけ忍足に告げて、その場とは違うところへと歩く。
誰もが気付いていて止めることはない。いらん怒りを買いたくねえから、だろうがな。


やってらんねえんだよ、こんなこと。
イライラする、ムカムカもする。感情がどんどん剥き出しになっていく。
それは俺の思う通りにならないからじゃねえ。アイツの態度が気に食わねえからだ。
早く出て行きてえもんだな、こんなボロ民宿から。この過去最低の合宿から。

そこそこ外で時間を潰して、ボロ民宿に戻る頃。
灯りのある箇所からは楽しそう笑う声が光と共に響いていく。
よく考えれば、今までの合宿においては全てが個室でほぼ単独行動。
何かを一緒にする、と言えば…目的となる練習くらいだろうか?


「……平気ですか?」

俺らの部屋とは違う。薄暗く付いた灯りの部屋。
確か向日が休憩し、体を冷やしている場所。そこで女の声が響いた。

「うーん…そこそこ動けるようには…」
「すみません。私のプランが良くなくて…」

一応、感情ある人間だったんだな。
聞き耳を立てているわけじゃねえけど、運悪く居合わせてしまった。
その謝罪する言葉が偽りではないようで…小さく響いたのを拾った。

「いや、俺の体力不足だから」
「……そんなこと、ないですよ」

ぽつり、ぽつりと小さな言葉を洩らす。
こっそり覗いてみれば向日の枕元で正座なんかして。
屈みこむ彼女は…意外に綺麗、に見えた。多分、錯覚だろうけど。

「実は…このプランは大学生用のモノなんです」

少しずつ話す女の言葉に耳を傾けた。
毎年…ではないが旅行を兼ねて訪れるという大学のサークル部員。
本来の目的は合宿であって、様々な意見を求めて民宿側とで考案したというプログラム。
今回、監督から俺たちの話を聞いて、そのプログラムをこなせるだろうと踏んで…
プランを見た監督は信じて了承した。それで今回実行されて…結果はコレ、か。

「本当にすみません。明日からは少し楽なプランを…」


「変更の必要はねえよ」
「あれ?跡部」

向日の何とも間抜けな声が響く。
それと同時に女も振り返って…驚いてやがるのか、目が丸い。

「最初に決めたプランだろ?最後までやり通すのが筋だ」
「……ですが、限界というのもあるかと」
「最初に決めたのは、てめえ。だろ?」
「……」

ずっと見せていた余裕な表情は、そこにはなかった。
少し悔しそうに、だけど悲しそうに…唇を噛んで堪えるとかないと思ってた。
あまりに予想外の表情を浮かべるもんだから逆に俺の方が驚かされた。
無言で横を通り過ぎるまで、その表情に釘付けになる…とか。

「……言い過ぎだぜ、跡部」

ハッとした。ふと我に返らされた気がした。
確かに、向日が言うように…言い過ぎた…とか…そんな気もした。
まさかあんな顔をするとは思わなかった。年上ぶって、女将ぶって、監督ぶって…
人じゃねえくらいの無表情さがあって、それ以上に唇を噛むほどの何かを感じるとか、
そんなの…ない、はずがないのに、そう思っていた。何言われても平気だって。

「謝って来た方が良くないですか?」
「せやで、跡部。いくら気に入らん言うても、あのコはあのコなりに…」

どっから湧いて来たんだ、こいつら。
そう思っていたら「声がデカくなって筒抜けたから」とか宍戸が補足した。
けど…どいつもこいつも、揃いも揃って、俺の方を見やがって。

「……チッ」


離れにある女の家。
わざわざ俺様が出向くとか有り得ねえだろ。しかも頭を下げて?
イライラする。ムカムカもする。
大体、本性を明かさずに他のヤツらに接触して庇ってもらって。
男の庇護欲ばかり駆り立てやがって…そのつもりがないのがまた腹立つ。


真っ暗ななかを苛立ちながら歩いて、そこで一件の家を見つけた。
だけど、そこには一箇所しか灯りが点いてなくて…何処か不審に思った。

近づけば近づくほどに生活観の見えない家。
カーテンはあるが光はない。物影も何もない家、そんなカンジだな。
普通は…何かを感じるだろ。何となくの感覚で。だが…此処にはソレがない。
未成年の、しかも女がたった一人で暮らしている?なんて発想にも辿り着くほど。
だが、それにしては大きく…だけど、物悲しい場所。


――両親は、キョウダイは、親戚は?


玄関の手前に近づいた時。
気付いていたのか、たまたまなのか。彼女がゆっくり玄関から出て来た。

「あ、跡部さん…」

片手に大量の湿布を握り締め、俺が居た所為か立ち止まった。
不意に居て驚いた表情から…さっきの表情へ転落していくのが分かった。
……んだよ。一丁前に傷ついた、とか、あるのかよ。

「先程…」
「あ?」
「榊様に連絡したところ、跡部さんの指示に従うように言われました」
「そうかよ」

律儀なヤツだな。わざわざ連絡なんかして。
今更プランを変更するだなんて…本来なら監督は許さない。
けどそうは言わずに指示者の変更だけを伝えたあたり優しさが見えるな。
気に入られてるんだな、とは言わずにただ「それだけか」と告げた俺。

「……ええ。それだけです」

真っ直ぐに、射抜くような目で見られて言葉を失う。
今にも泣きそうな顔とかしてたくせに、それでもまだ…唇噛んで俺を見るの、か?


……衝動的な行動だった。
横を通り抜けようとする女を、無意識に掴んでいた。
その突然の衝撃で湿布がバラバラと、全てが音を立てて落下していく。
すり抜けることの出来なかった体が傾いて…人の体温を俺が感じていた。


「……何の真似?」





合宿折り返し地点。
不思議と傾いた何かの目盛り。
自分を責めた表情が、突き抜けた。何処か、遠くへ――…





寝苦しい暑い夜。
俺は初日のように眠れなかった。
よく分からない感情が動いて、目覚めて…

何をイラついているのだろうか。
こんなにも自分は…

何を気に掛けているのだろうか?
あんな、女のことなんか…

眺めた時計の針は、もう朝に近づいていた。





――翌日の朝。

いつもと同じように乗り込んで来た女。
今までと変わらずにガンガンとフライパンを叩いて…

「朝です。さっさと起きて下さい」

いつもと同じ何とも言えない声を張り上げて。
何事もなかったかのように。それで俺もまた、冷静さを取り戻していた――…



2006.07.31.


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