テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

「木手くん木手くん!」と、帰宅早々にワッと出迎える彼女は小型犬のような人懐っこさがある。
尻尾を振って玄関先で待つ犬…そんな風に見えたのはおそらく彼女がいつも以上にはしゃいでいるから。そんな話をしたならばきっと彼女は「犬になるならダックスフンドがいい」と言うだろう。この間、ペットショップを通りかかった時にその犬に過剰反応を示していたから。

「ただいま」
「お帰りなさい!木手くん」
「ゆい、この間の約束もう忘れたんですか?」
「へ?」
「名前で呼ぶように、そう話しましたよね?」

靴を脱ぎながらそう告げると彼女は誤魔化すように笑った。

「えへへ」
「誤魔化さない」
「ごめんなさい。えーしろー」
「えーしろーではありません。永四郎です」

呆れた声でそう言っても彼女はとても嬉しそうに笑ってまた「えーしろーさん」と呼んだ。
決して滑舌が悪いわけでも舌っ足らずでもない彼女だがどうやらこの呼び方が気に入っているらしく少なくとも今は改めようとは思っていないらしい。俺としてはその口調では平古場くんを思い出すので微妙なんですが...でもまあいい。

「今日もいい子にしてましたか?」
「まーた子供扱いする」
「子供扱いじゃありませんよ。心配してるだけです」

君という人を知り、どんな子なのかを知っているからこその心配です。と言えば、彼女は頬を膨らまして「どうせまた昔のことを思い出してるんでしょ」と言う。確かに、昔から危なっかしい存在でしたがそれは今も変わらなくて、思い出すのは何も昔のことじゃなくてもいいくらい。
洗濯物を干しているかと思えばそれを持ったままぼんやり空を眺めてみたり、掃除をしてるかと思えば出て来た小物をただただ眺めてフリーズしてしまってたり、買い物に出掛けたかと思えば手ぶらで帰って来て「さっきね、虹が出てたんだよ」なんて言ったり...

どうしてこうも愛おしいんでしょうね。

「俺はね、ゆいが可愛くて仕方ないんですよ」
「うっ、」
「毎晩教えてあげてるのにまだ分かってないようですね」
「き、木手く...じゃなかった永四郎さん!今日の晩御飯は永四郎さんが前に食べたがってたやつなの!」
「おや?えーしろーとは呼ばないんですか?」

こうやってからかわれるのは一度や二度のことではないというのに未だに慣れることはないらしい。
狭い廊下の壁に押し付けられたゆいはまるで金魚のように口にをパクパクさせて言葉を失っている状態だ。そんな彼女を見てくすくす笑って「えーしろーと呼ばないんですか?」と何度か聞いてしまう俺はサディストなんだろうか。

「ねえ、ゆい」
「うう...」
「だから苦労するって言ったでしょう?」
「......えーしろー」

だとしても、それは彼女にしか向けられない愛情の一つ。

「も、もう!晩御飯冷めちゃうよ!」
「それはいけませんね」
「.........とか言いながら離れないし!」
「ああ、まだキミにキスしてないですからね」

追い詰めた彼女にちゅっと音がする程度のキスをすれば今度は目をパチパチさせて驚かれる。
その姿の奥には、10年も前のキミが見える。年月が経てば変わる変わると人は言うけれど彼女は何も変わっちゃいない。

ボーッとしていたジャージ姿のキミが、今も此処に居る。

「さて、本当に冷めてしまいますね。食べましょうか」
「う、うん、準備、するね」

スッと俺の横を通ってキッチンへと向かう彼女の背中を見てから俺も洗面台の方へと向かう。
手を洗っている間、何かを落とす音がしてハラハラするも向こうから「大丈夫だから」と先手を打たれた。まあ、ガラス類が割れたような音ではなかったから怪我はしてないだろう。そう思った。

もうすぐ俺の誕生日が近づく、が、その前に二人で決めた日がやって来る。
それは何でもない平日、だけど偶然にもお互いの休日を重ねることの出来た真っ白な一日。

「準備出来たよー」
「今行きます」

何の記念でもない本当に普通の平日にたまたま重なった休日を利用して、俺たちはその真っ白な一日に全てを繋げることにした。



「これからも...仲良く時間を過ごそうね」



明日、紙切れ一枚で俺たちの世界が変わる。




Let's congratulate it by the best!
主要メンツ誕生祭2011
2012.01.30. 遅くなりましたが桜さまへ捧げます。

(8/8)
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