テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

出逢うべき人 05



決められたホテルに移動すれば九州大会と同じく、私には個室が与えられていた。
もう一人くらい女の子がいれば気兼ねなく部屋でぼんやり出来たというのに…何だか申し訳ない気持ちになる。
だからと言って、彼らと同じ大部屋に居るわけにもいかないけど、それでも、一緒に居られる彼らが羨ましくも思えた。

少し前に皆と解散して、その前に木手くんからの注意事項は3つほどを告げられた。

1.他のお客様及びホテル側に迷惑を掛けないこと。
1.勝手な外出は避け、余計なことはしないこと。
1.万が一、どなたかの面会がある場合は一報伝えてからにすること。

最後の一つだけがどうも私だけの決まりごとのようで、思わず木手くんを見たけど彼は素知らぬ顔で部屋へと移動した。
それから後、私はずっとこの部屋に篭りっぱなしだ。何をするわけでもなく一人で。
正直、少し退屈で…その退屈からもやもやと分からないものを考えることが多くて、困る。

……何か、変だ。
あんなに来たくて、帰りたくて堪らなかった場所へ、一時的にも舞い戻って来たのに落ち着かない。
懐かしいはずの灰色の街が、こんなにも息の詰まるような場所に感じるなんて有り得ない。
そして…あんなに、あんなに会いたかったはずの級友たちに言葉を詰まらせるなんて、どうかしてる。
もしかしたら、あのメンバー全員がテニスだと改めて認識したから?ああじゃなく、別の子たちに会ってたら?
ううん、それでもやっぱり…言葉に詰まっていたかもしれない。何かが、違う気がしたから。

「……矛盾、してるや」

あの場から一度でも離れた私っていうのは、もうあの場所には居場所はない。
何となく、それを分かっていながら分かろうとはしていなかったんだろうか。
「こないだまでクラスメイトじゃった子」と仁王は言った。そう、この間までは確実に一緒だったけど、今は、過去、なんだ。
少しの時間でも過去、帰りたかった場所はもうすでに存在していないような…っ。

――プルルルル。

ビクッと体が震えた。鳴るはずの無いホテル内の電話が鳴ってて、数回のコール音を無言で聞いた。
何?フロントから?いきなり外線からの電話なんて、ないよね?

「……はい?」
『あー…志月?』
「え、えっと…」
『甲斐、だけど。ちょっといいか?』

内線、甲斐くんだった。そうか、部屋の番号さえ分かれば掛けれるんだっけ?

『悪いけど、凛に付き合ってくれね?』
「……はい?」
『ほら、近くにコンビニあったじゃん。そこで買い物』
「ええ?でも、外出は…」
『木手の許可もらってる。えっと…嫌か?そろそろ凛そっち付くけど』
「えっ?いや、嫌じゃないんだけど…本当に許可出てるのね?」
『ああ。そこは問題ない』

……と、甲斐くんの話によれば。何かを口にしたい田仁志くんが部屋で暴れそうで、部員が数人掛かりで押さえている。
残ったメンバーでとりあえず買い物に行くことになったが、問題を起こされては困ると木手くんが言うもんで…私。
ん?何か、変だけど…確かに電話越しに何か叫ぶような田仁志くんの声は、する。

「分かった。じゃあ、行ってくる」
『悪いな。凛を頼む』

……?その言い方だと平古場くんにも問題があるみたいな言い方。
とりあえず、中途半端に脱いだものをまた着て、ホテル用スリッパじゃなくて靴に履き替えて。
財布とルームキー、だけでいいかな?鞄をわざわざ持っていくのは面倒。そう思いながら部屋を出れば、すでに彼は居た。

「……よっ」
「大変だね平古場くんも」
「へ?」
「田仁志くん、暴れてるらしいじゃない」
「はあ?」
「え?だって、さっき甲斐くんから…」

内線で電話、あったよ?え?何か違ってた?
平古場くんの様子が少し変だ。何か、頭抱えちゃってるんだけど。

「志月は騙されやすくもあるんだな」
「え?」
「まあいいや。とりあえず…部屋、入れてくれるか?」
「あ、うん…どうぞ」

オートロックで閉まった部屋を再びルームキーで開けて、私の後から平古場くんが入って来る。
え?何か違ってたんだろうか。でも実際、電話越しだけど田仁志くんが喚いてたのは聞こえたんだけど…

「まずな、ヤツが暴れてるうんぬんは嘘だ」
「う、そ…?」
「まあ、出掛けに永四郎がゴーヤ持ってたから…それの所為かもしれね」
「何ソレ…」
「やぁはまだ食ったことねえか?永四郎のゴーヤは不味いんだ。ありゃ死人出るわ」
「へ、へえ…」

つまりは、その殺人的な木手くんのゴーヤを田仁志くんが食べて死に掛けてる可能性があるってこと?
じゃあ電話越しに聞いた彼の声は…断末魔、ってやつ?物凄く喚いてた。物凄い声を、確実に私は聞いた。
あ、でも…あれ?だったら何なの?甲斐くんは嘘吐いたけど、外にはちゃんと平古場くん、居たじゃない。
え?これで外に出て平古場くんが居なかったら完全な嘘で…でも、今、目の前に平古場くんは、居るよね?

「え?じゃあ…平古場くんは、どうして?」
「……話、あって来た」

もやもやするんだって、よく分からないけどその言葉を何度も繰り返すもんだからこっちが動揺する。
落ち着いて?落ち着くなら何でも話は聞くから…と私も同じ言葉を何度も繰り返す。
いつも落ち着いてはいない平古場くんだけど、ここまで落ち着かないっていうのは結構珍しい。

「ねえ、とりあえずゆっくり話して?ね?」
「……もやもや、半分やることになるけどいいか?」
「全部でも構わないよ?ほら、明日は試合だし…」

って、動揺の勢いで少し調子に乗った発言なんかしちゃって。
それにハッと気付いて意味も無い謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、その言葉は急に弾けて消えた。

「……え?」
「もう限界さ。やぁはでーじありえんくらい鈍いさ」
「え?何…」

Tシャツの柄が見える。私の髪に被さって金色の髪が、零れてる。
腰と頭の後ろ、大きな手があるのを感じる。

「やぁが好きなんだ」
「……はい?」
「好きで、どうしても傍に居て欲しかったのが一つ」
「一つ?」
「好きで、本気で笑って欲しかったのが一つ」
「……何」
「よく似てるから気になるのも事実さ。けどな、それ以上にわんは――…」

顔を上げた平古場くんは決して笑ってなかった。どんなことがあっても笑っていたはずなのに。
ゆっくり傾くのにも気付いた。何、と言わなくてもそれが何を意味するのか分かってて…私はただ目を閉じてた。

「ん…っ」

チュッと触れた時に音がした。よくよく考えればこれが私の、ファーストキス。
綺麗な目が私を捕らえて離さない。身長差があって思いっきり上を向いて首が痛いけど逸らせない。

「最近のやぁは少し変わった。イイ方向に」
「……」
「だからよーけ、わんは焦っとる」

……どうしよう。また、触れる。
異様なくらいドキドキして、それでも抗うとか出来なくて目を閉じればまた触れた。
変な気持ちがする。ああ…あの時と同じような、感覚がする。



ベタにドリームへと持ってく。

2009.07.12.



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