テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

出逢うべき人 04



バスに揺られて移動していく先に見える景色は、とても懐かしく感じた。
見覚えのある大型飲食チェーン店、そう遠くない位置にここぞとばかり存在するコンビニ、そして…灰色の建物。
光を帯びたアスファルトからは熱気が溢れ、これが温暖化の原因の一つにもなるんだろうなーと思わせる。
確実に昨日までの光景とは違う。でも、1年前ならば…こんな景色も当たり前として見て来た。そんな場所。

どうしてだろうか、胸が痛い。

高い建物が空を覆い、青い空は真四角に形取られてる。
人工的に植えられた木々は…決して生き生きとなんてしていない。生かされてる、そんな気さえする。
でも、それがずっと当たり前でその中で何となく生活していた私は、そんなことに目も暮れず生きていたはずなのに。
今、そんな環境を見て不思議と胸が痛くなるのはきっと、あの自然の中に足を踏み入れた、から。


「今から会場視察行くんだってさー」
「そうなんだ」

揺れるバスの中、少しずつ皆に緊張が走り始めてるような気がした。
笑って会話はしてるように見えるけど…その内容は全てテニスのことであって他は何もない。
ずっと目標にしていた全国大会。そして、そのチケットが手に入って出来た目標が…全国制覇。改めて認識する。
突拍子の無い新参者の私が挟む言葉などなくて、ただぼんやりと飛び交う会話を拾っていくだけ。
事前に調べておいたコートの状態が自分たちに合うのか合わないのか、気候の関係はどう影響するか、とか。
皆、本気だ。今までに見て来た練習での顔とは全く違う。私だけが、何処かに取り残されてる。

「散歩がてらに志月も付いて来るよな?」
「……うん」
「おいおい覇気ねーなー。大丈夫、俺ちゃんと傍にいっから」

「何も怖くないさ」と笑う平古場くんだけど…やっぱりその目は皆と一緒で、緊張とほのかな興奮が入り混じってる。
それだけ本気なんだ。木手くんや甲斐くんが言っていた通り、彼はこの試合に全力で挑んでいくんだ。
本当なら私のことなんて構っている場合じゃないと思うけど…思うところあって心配してくれてるんだろう。だって…

「うん。邪魔にならないように付いてくから」

似た思いをしてるから。私と平古場くんは。
どうしようも出来ないことをどうにかしたくて足掻いた、そんな共通したところがあるから。


バスが到着した場所は広々とした屋外テニスコートだった。
もうすでに「会場」と書かれた看板みたいなものは掲げられ、駐車場からは誘導の矢印まで付けられてる。
整備されたコート、その道並みは何処か立海大のテニスコートを思わせる。無駄にレンガ敷きの道、比嘉とは違う。

「ふーん…よく整備されたコートですね」
「てか、空気薄くね?」
「こんだけ固められたら地面も呼吸出来ないわなー」

口々に発せられる言葉を拾う私。そう、少しでも此処でない場所に居たら分かることは圧倒的な環境の差。
確かに沖縄ほどに暑くはないにしても空気は決して冷たくはない。逆に薄いと感じるほどに温められてる。
慣れるしかない、と言わんばかりに誰もが深呼吸を繰り返す。それに便乗して私も。

「こんなとこで試合か…」
「お前、無理せず日陰にいていいからな」

深呼吸の途中、何人かが振り返ってそう言ってくれて慌てて頷けば笑みが零れた。
しれっと便乗してのが皆にバレてしまって、それが笑いに繋がったらしく…ポンッと誰もが私を小突いてく。

「志月も立派な仲間になったなー」
「まさかお前まで深呼吸してるとは思わなかったさー」
「明日は後輩たちに混じって応援、楽しみにしてっから」

笑ってる。皆、少しだけ緊張の糸が切れたみたいで優しく笑ってる。
あの木手くんですら少しだけ口元を緩めて。平古場くんも小さく頷いて、笑ってる。
ああ、付属品じゃなくて私もれっきとした一員として此処に置かれてるんだって…初めて思った。
こんななのに、何も出来ることはない誰よりも新参者なのに、ちゃんと仲間として存在してるんだって。

「うん。明日は、頑張って」

素直に、そう言えた。社交辞令とかじゃなくて本気で、本当に頑張って欲しいから。
それを聞いた彼らは当然のように頷いてそれぞれが気合いを入れ直して。またこの地の大きく息を吸い込む。
私もまた同じように大きく息を吸い込んで…そして、ピタリと息を止めた。


「……立海大、付属」


見覚えのある制服の集団。中には見覚えのあるジャージ姿の人も、いる。
会場を視察する他校生と遭遇することは想定内、だけど、そこでまさか、とか。
私たちの視線は入り口から入って来る彼らへと注がれて、それに気付いた彼らもまたこちらを見てて…

「……ゆい?」
「ん?知り合いか?」
「こないだまでクラスメイトじゃった子」

仁王が気付いた。柳生くんも気付いた。そう、少しだけど接点があったんだ。よく教室まで仁王を迎えに来てたから。
それから柳くんも「久しぶり」と言って私を思い出した。彼とは図書委員の時に話をする機会があったんだっけ。
ああ、そう考えれば知らないわけじゃない人たちがテニスという共通点があったことに今更気付く。思い知らされる。
懐かしい。広がる街並みに目を細めることはなかったけど、今、目の前にいる彼らはとても懐かしく思えた。

「お前さんテニス部に入ったんか?」
「……ううん、マネージャー」
「ほう、こっちにおる時は全然興味ないカンジじゃったのにのう」
「そ、だね」

どうしよう、うまく言葉が回らない。
会いたかったはずの前の学校での人たち。懐かしくて懐かしくて…それなのに言葉がまともに出て来ない。
柳生くんが「仁王くんは相変わらずで困ってるんです」と言ってる。そう、相変わらず教室でダーツなんかしてるんだろう。
柳くんが「君がいなくなったら本の交渉が出来なくなった」と言ってる。そう、あの頃に色々と掛け合ってたのは私だった。
それだけの思い出、それだけあった思い出を昨日のことのように思い出してるのに…言葉が出ない。
「ゆい?」と呼ぶ声。どうしてだろう、言葉のイントネーションが違う、とか、どうしてそんなこと思ってるんだろう。

「あー…悪いんだけど」

遮ったのは、平古場くんだった。目の前、言葉だけじゃなく視界をも遮って立ってた。
その横には甲斐くん、知念くん。いつの間にか真横には木手くんと田仁志くんが居た。動いた気配なんか感じさせずに。

「志月が困ってる」
「おー随分可愛がられとるんじゃのう」

へらへらっと笑った仁王だけど、平古場くんたちは決して笑ってない。

「……我々は戻りましょう」
「そーだな。荷物も置いてねえし」

変な空気の中、木手くんが戻ると言ったからゆっくりと私たちは彼らの横を通り過ぎようとした。
その間に「明日はお互いに全力を尽くそう」と真田くんが口にして、「勿論。我々は常に全力ですから」と木手くんが返す。
握手なんか交わさない。お互いがライバルで明日には敵となる。それを思わす空気と目、それは正直怖かった。

「じゃ、また明日な」
「うん……ごめんね?」
「いいって。元気そうで安心したぜよ」
「……うん」
「アイツらにも今度報告しちゃるけーの」
「うん。元気でやってるって…言っといて」

少しだけ立ち止まって、少しだけ言葉が生成されて口に出来て。それでも、こんな風になるなんて思わなかった。
歓喜余って言葉が出なかった、そんなんじゃなくて…もっと何かがつっかえて言葉に出来なかったような…


何か、変だ。少し前の自分と今の自分が全くの別人に思える。
こんなのじゃなかった。合間合間に思い描いたものはこんなのじゃなかった。
戻りたかった場所、会いたかった人、感じたかったもの…此処に戻れば全ては存在するはずなのに。
どうして、存在していないんだろう。存在してないとか、どうしてそう思ったんだろう。
どうしてだろうか、胸が痛くて…堪らなかった。



飛ばして早速遭遇させてみました。
あと…2、3話くらいで終わる予定。
全5話では無理っぽいので。

2009.07.09.



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