テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

到着した合宿地は今までにないくらい…素晴らしい外観、もてなし、便利さのある場所だった。
東京駅から約1時間半、到着した最寄の駅から更にバスで1時間半という時間を掛けて来た。
途中にパーキングエリアもなければ、どんどん山奥に入りやがって…コンビニどころか、人家もねえ。
そう、榊監督が予約したド田舎の小汚い民宿…

「オイ。俺様の部屋は個室でベッドだと言わなかったか?」

その辺のちょっとクールな若い仲居の女。そいつを呼び止めれば、冷たい視線を投げ掛けやがった。
色々と気に喰わねえ点は多いが、何よりも気に喰わなかった点を指摘してやろうか…?
上下の差、状況下における立場を把握しろ、と言わんばかりに俺もまた目線で突き付けてみる。
手配したはずの条件は総無視。そいつの態度も気に喰わねえ。ったく、冗談じゃねえよ。

「オイ、聞いてんのか?」
「……面倒くさ」

溜め息混じりに吐かれた言葉に声も出なかった。




Miss Coolness




「何だ?あのクソアマ…!」
「まあまあ…そうムキにならんと、跡部」
「そうですよ。多少狭いとは思いますが、きちんと綺麗に――…」

ど、こ、が、綺麗なんだ?アーン?この庶民階級育ちが!
今にもゴキが出そうな古臭くて狭い部屋に、綺麗さなんか感じるか!
よーく周りを見てみろ、窓も網戸も畳も古くなりすぎてボロボロじゃねえか。

「それに結構べっぴんさんやで?あの姉ちゃん」
「ああ?客商売するなら愛想買って来いってんだ」
「……跡部に言われたないな」

知らずとは言え、この俺様に向かってあの態度…思い出しただけで腹立たしい!
こればかりは恨みますよ、監督。貴方が決めた目的場所だったとしても、絶対に。

「そういや、皆で雑魚寝なんて初めてじゃねえ?」
「せやな…大体個室やもんな」
「俺、こういうの好きだぜ」

向日…お前馬鹿か?何が良いんだ、何が!
そんなに集団雑魚寝がしたいんなら、今からでもいいから幼等部に戻れ!
それで最初から人生やり直して来い!今度は全身全霊使ってまで飛ばずに済むようにな!

「くそ!今度はオーナーに直々文句言ってくる!」

こんな小汚く狭い場所で、誰が使ったかもわからない布団で、邪魔がいて、雑魚寝で…
俺様の安眠はどこで確保しろってんだ!せめて、コイツらと別の部屋にしやがれ!


俺らは7日間、監督の指示に従って夏季合宿を開始することとなった。
普段ならばリゾートとも言える場所での合宿で何の文句もない、問題もないもの。
それが今回に限って名も知らぬ土地へと向かわされ…肝心の監督は不在。
それだけでも十分、迷惑極まりなく無責任だってのに、この仕打ち、このザマ、この有様。
怒りを覚える。少なくとも無事に戻ることが出来たならば文句が言えるほどに。


オーナーがいるであろう部屋、一階の管理室へと青筋立てつつ向かう俺。
勇み足な所為か、この民宿がボロすぎる所為なのか、とにかく物凄い音を立てながら。
軋む階段、急すぎなんだよ!歩く床、ふざけんな。廊下せめえんだよ!
非の打ち所しかねえ民宿に客が文句言って何が悪い!そんな風に考えながら。

「オーナー!」

ノックもせずに押し入ると…そこには彼女だけが居た。
そう、愛想の悪いさっきの女。手にはボールペン、ひっつめ髪に眼鏡…ダサい女。
てか、仲居の分際で何のうのうと管理室で作業してやがる。サボりかよ。

「……何か?」

取り乱した様子もなく、ただコチラを見ていた。冷静に、冷た過ぎるほどに…
その態度がまた俺の腸を煮えくり返していることに彼女は気付いていない。
そこにまた腹が立つ。普通に表情から読み取れよ、接客業だろ?

「何かもクソもねえよ。こっちの要望は聞いてんだろ?」
「……それが何か?」
「さっさと用意してもらおうか?」

監督の知り合いだか何だか知らないけどな、此処に来た以上は俺様が上!
で、民宿側…つまり、特にお前なんかは明らかに俺様よりも――…

「面倒くさ、って言いませんでした?私」
「アーン?」
「わざわざアンタのためにベット用意して個室作って?ふざけんな」

眼鏡を外して、ゆっくりと向かってくる。その威圧感…物怖じなんて言葉はない。
真っ直ぐ、対等くらいの目線で俺を見る彼女の目には力があった。

「まさかベットで指くわえてないと眠れないわけ?」
「な…ッ」
「そこまでお子ちゃまなら考えてあげなくもないわね」

フンッと鼻で笑って、見下したかのような表情。
そして、ひらひらと手で俺に突きつけて来たのは一通の手紙。
消印は今日より数日前、出先は東京、俺らの校区内のもので…

「榊様より伝言」

達筆な文字の…監督直筆の手紙。
内容には"くれぐれも部員のワガママは聞かぬよう、お願いする"とあった。
その紙切れ一枚、女は「ということです」と一言。俺は…それ以上何も言えなかった。


「何や。どうにかなったか?」

俺様の不機嫌極まりない顔を見ておきながら…
いけしゃあしゃあと忍足は破滅的に無駄なコトを聞いてきやがる。
コイツの底意地の悪さだけは認めてやるよ、殺したいほどに。

「アーン?」
「彼女の方が駆け引き上手やったみたいやな」

畳仕様の大部屋にドカッと座れば、少しミシッなんて言いやがる。
どれだけボロなんだ、この民宿は!これで床抜けるようなことがあった日には…!

「太郎が裏から手回してやがった」
「はは。天下の跡部様も何も出けへんなー」

嫌味か?忍足。お前、喧嘩でも売ってんのか?ヘラヘラ笑いやがって…
俺の機嫌は最高潮に悪くなる一方、メーターも振り切ったぜ?
今だったら…さぞかし遠くに飛ぶんだろうな。二度と帰れないくらいにな!

「それにしても、静かな場所ですね」
「そうだな。他に客もいねえみたいだしよ」
「ハッ。こんな辺鄙な場所、誰も――…」


「申し訳ないですね。貸切状態で」


誰もが一斉に聞き慣れぬ声がした方向へバッと顔を向ける。
開かれた襖の向こう側、そこにはさっき接触したばかりの女が立っていた。
表情一つ変えず、冷たい目線を向けて…瞬きもしやがらねえのが不気味だ。マジで。

「のわ!」
「自己紹介が遅れましたので、挨拶に伺いました」

わざわざ気配消して、座敷わらしか背後霊か?
一斉に振り返った俺らは、ただ声も出せずに女を見るばかり。
おいおい…見ろよ。鳳なんざ宍戸に微妙にしがみついてんじゃねえかよ。

「合宿期間中、お世話をさせて頂く志月ゆいと申します」

そんな俺らの様子を気にした素振りもなく女は頭を下げた。
その動きは気持ち悪いほどゆっくりで…その調子のままスッと部屋に入って来る。
ヤベ、その動きの所為で鳳がガタガタし始めてた。ホラーだよな、この動き、絶対。
片手には資料なのか…冊子を持っていて手渡す。一枚一枚、一人ずつの顔を見ながら…

「当民宿での決まり事と合宿プランです」
「アーン?」
「榊様より全ては私に、とのことですので」

「ご了承下さいね。跡部さん」だとよ。
有無を言わさず。ぴしゃりと釘を刺すかのように告げた一言。
にこりとも笑いやがらねえ。ムカつくなオイ。やっぱ愛想買って来いや、愛想と愛嬌。
嫌味を含んだ語尾の言葉に腹が立つ。お前は女版手塚か!その無表情さが更に腹立つ。

「冊子のご確認をお願いします」

女はそれだけ言うと、一礼して部屋を去った。
ゆっくりとした動きで音も立てずに…生身か?アイツは。


「ビ…ックリしたわ」
「手際の良い人ですね…」

おいおい、そこは驚くトコでも感心するトコでもねえだろうよ。
それに何だあの愛想のなさは、可愛げのカケラもねえ。
大体、アイツの年はいくつだよ。そう年も変わらねえ女に指図されて気分悪い。

「なあ…」
「んだよ、宍戸」
「コレ、見てみ?」

几帳面に止められた冊子、ズレのない束をペラッとめくる。
そこには綺麗に並べられた日程表。1日の日付ごとに1枚、じゃねえか。
大まかな流れなんてモンじゃない。時間刻み…いや分刻みに近いもので。

「……何や、コレ」

参加者の誰もが絶句した用意されたプラン。
研修旅行でも修学旅行でも体験留学でもこんな細かなものは見たことがない。

「……あはは、はは」
「あのクソアマ…ッ」

笑うか、呆けるか…俺のようにキレるか。
反応はこのパターンくらいしかあるはずもなかった。





「麓までは20分ほどで着きますから」

民宿を貸し切った状態で行われる合宿、その全ては自炊…
いや、家事も全て自分たちでやれと指示があった。例の冊子にて。
買い出し、炊き出し、掃除、洗濯…ありとあらゆる家事の全てを全部自分たちで。
肝心のテニスコートは麓にある古びたスクールを貸し切りで使用。
足腰強化のため、そこへ行くまではランニング…と細かな時間の割り振りまであった。

「オイ、コラ!」

現在、コートまでの案内を兼ねた買い出しの途中。
わいわい騒ぎながら歩くなか、先頭を他のヤツらと仲良く歩いている女を呼び止めた。
炎天下の空の下、自分だけ日傘なんぞ差して歩きやがって…!

「何か?」
「車はねえのかよ、車はッ」
「生憎」
「嘘つけ!そこにあんじゃねえか。てめえ、運転出来ねえのかよ」

此処に着いた時から気付いていた民宿の隣に止められた車を指差す。
乗られた形跡の少ない車は、きちんと民宿の名が刻まれているから間違いない。
ボロではあるけどあんじゃねえかよ。歩かせんな。アレでもいいから乗せろって話で。
それを訴えるべく叫べば、女は溜め息を吐くだけ吐いて首を横に振る。

「生憎…まだその年齢に達しておりませんので」


――言葉に、反応した。俺以外のヤツらが…


「そうやないかと思うたわ。自分、バイトなん?」
「その割にはしっかりしてありますね」
「あ、もしかして民宿の子なのか?」

しばしの沈黙を特に気に留めた様子もなく、女はまた歩き出す。
投げ掛けられた質問に手際よく答えながら…
つーか、何急変してんだお前ら。別にどうでもいいだろ?こんな女一人。

「あの民宿は両親が始めたもので、今は諸事情があって私一人で…」

女は現役の高校生だという。の割にはフケてんなオイ。肌年齢いくつだよ。
この夏休み、民宿の切り盛りを任されたと話してるが…任せる相手が悪いな。
俺らと本当に年は離れちゃいない。ああ、それでコイツらは急に目の色変えたわけだ。

「一人で大変やな…俺ら、ちゃんと手伝うさかい」
「有難う御座います」

浮かれはしゃぐヤツらの傍、俺だけが取り残されてた。
……そう、俺はまるっきし蚊帳の外。
ただ、そこで見た。少し寂しそうに微笑んだ、女の顔を…





此処へ到着して休む間もなく、自炊が始まって…
俺以外…順応し始めていた。そして女も、女にも馴染んでいく様子が窺えた。
少数人数で来たのが良かったのか、女は一人ずつの顔と名前を把握していく。
現時点でのマネージメントは…認めたくないが完璧。滞りなく、ソツなく業務をこなしていく。

「私は離れにおりますので」
「えーもう帰るのー?」
「はい。何かありましたら室内電話よりお呼び出し下さい」

食事を作り終えた頃、女はそう言って引き下がっていった。
どうやら食事までは共にしないらしく、此処までがヤツの業務らしかった。
さすがに管理室での寝泊りも避けて離れ…要は自宅へと戻るらしい。

「……素敵な方ですね」
「ちょっと愛想ねえけどな」
「俺、結構好きだな」
「ウス」
「砂漠のオアシスやわ。やっぱ女の子一人おった方がええな」

……見事なままに、懐柔された。
たったの数時間か。それだけで氷帝テニス部レギュラー6人+補欠1名が。
愛想も愛嬌もねえくせに。アイツは…魔女と呼ぶべきものに違いないな。間違いなく。


就寝時間後、決して穏やかでない夜。
何ともむさ苦しい男だけしかいない大部屋の中、
俺は…俺だけか、なかなか眠りにつくことが出来なかった。





――翌日の朝。

誰かが何かを叩く音が響いた。当然、その音で目が覚めないわけがない。
何だ?無心に…けど懸命に叩いていてやがる。まるで木魚を叩いてるみたいで。

「……んあ?」
「朝です。さっさと起きて下さい」

この女…知っているような、知らないような…って!何やってんだ!
朝っぱらから男だけの部屋に踏み込んでガンガンガンガン、フライパンなんか叩きやがって。
ベタ、ベタすぎるまでの笑い要素を含む他人を起こす方法。
それが実際に今、現実に目の前で行われている。

「プラン通りの生活して頂かないと困ります。貴方が部長なんでしょう?」
「な、何やってんだ。てめえ…」
「きちんと自分と部員の管理をして頂けます?」

暑苦しい部屋にエアコンなどはなく、半裸状態で寝ている輩の巣。
女は恥ずかしげもなく入って来て…うわ!もっと恥じらいも持っとけ!
それなのに大胆にもタオルケットを剥がしていく。一人ずつ、一人ずつ…

「さっさと起きて下さい」

んな言葉、ノンレム睡眠時のヤツに言っても無駄だろうが。
そう叫んでやりたかったが、それは女も百も承知のようで…次は一人ずつ足蹴にしていく。

「てめえ、鬼だろ!」
「これくらいじゃ起きないでしょう?」

足蹴にして、それでも起きていないヤツらを仰向けにして…
フライパンの中、チラッとしか見えないものをトングで取り上げて構える。
四角形の透明なモノの塊。少し水が滴って――…

「おい…待て」
「完全に起きて頂かないといけないですから」

女はその言葉を吐き捨てると、無防備な肌の上へ。
そう。溶け始めている氷を無造作に数個ずつ落としていった。

「ぎゃひ――…」

哀れもない声が響き渡る。
目が覚めて良かった、と心底自分の寝起きの良さに感謝した。

コイツはある意味、監督よりも容赦はない。最強かつ最恐の刺客だった。



2006.07.13.


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