テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

携帯の中には忘れてしまった俺の想いが山ほど存在していた。
まるで他人事のように分かってしまった。過去のある俺は随分情けねえ男だったのかもしれない。
言いたくて言えない。だからこれだけの物が溜まりに溜まって存在しているんだと他人事のように考えた。
その想いは恐ろしいことに今の自分にも欠片が残されていて、怖いくらいに今も進化を続けていることにも気付いた。

始まりは分からない。理由も分からない。
だから今の俺には言いたくても言えない。記憶なき自分が、お前が好きなんだ、なんて。



過去からの呪縛
-秘められたもの-



一人で考えたことがある、と俺の秘密を暴露したヤツに言えば、そいつは俺を引っ張って校舎外の部屋へと案内したんだ。
どうやら部室らしかったがそれにしちゃ豪華なもので「何だこの部屋」と聞けば、笑って誤魔化してヤツは消えた。
授業を受ける風では無かったが、俺に遠慮して消えてったヤツに多少の感謝をして。再び、俺は携帯を開いていたんだ。
隠し撮りに違いねえ荒い画像。笑ってたり拗ねていたり真面目に何かをやっていたり…そんな画像たちが並んでる。
全部、全部…志月ゆいのもの。それを見て気付かないわけがねえ、俺は間違いなく彼女が好きだったんだということ。
だったら頷ける、最初に感じた違和感を。引っ掛かる何かを。だけど、その想いに対しての過去は俺には無い。何一つ、無い。


「何か…思い出せるといいね」

ハッとして、この動揺を隠すために適当な返事をした自分が居た。
画像と考えを必死に結び付けて思い出そうと必死になっていた時、彼女はあの男に連れられてあの場所へと来た。
何処か落ち着きない様子だったが、それでも一生懸命「手伝う、から」と言った彼女に少し余裕を取り戻して。
その余裕から急に外へ出たい衝動に駆られて…気付けば、彼女の手を引いていた。

「……此処がテニスコート、か」

あの部屋が暗すぎた所為か、外はただ明るくて眩しかった。それと同時に響いた音に俺は無意識に反応していた。
無数に飛び交う音の中で何故か惹かれるものがあって、ああ俺は本当にテニスをやってんだなと思えた。

「アイツら…部員か?」
「そうだよ。あれは…鳳くんと宍戸くんだね」
「……」
「何か、ピンッと来る?」
「……いいや」

随分デカい男と小柄な男と、和気藹々と打ち合う姿をコートの外側から眺めるがあまり感覚がない。
むしろ、片側の男が打つサーブが異様に速いこととズレが大きいことと、もう片方が随分すばしっこいことに驚く。
あんなのの中に俺は居て部長だったとすれば…俺は俺で相当凄いプレイでもしてたんだろうか。それもまだピンッと来ない。

「そっか…でも音には反応したから部活に出るのは良いかもね」
「……そうだな」

行ったところで何も出来ないのは関の山だが、彼女が言うことに頷くだけ頷いてコートを眺めた。


もしも、だ。記憶なき俺に過去が戻って来たならば、俺たちは一体どうなるのだろうか。
今の俺は本来の俺に戻るとしても、彼女は…今までのように何の接点も無く時間を過ごしていくのだろうか。

……不意にそんなことに考えた。

記憶を取り戻した俺はきっと驚くと彼女は言って、それくらい接点など無いとハッキリ言われたのが昨日だ。
だけど、たった二日間の俺の記憶の中で彼女は確実に、確実にそういう気持ちになるような存在になってる。
過去の俺、今の俺を繋ぐ唯一のもの。過去は今は欠片でも、今は確実にカタチとなってる。


「……戻るか」
「え?あ…うん。結構暑いし、ね」
「ああ」

いっそ、過去なんぞ捨てて今からでも…と、打ち合う二人の姿を見てそう思っていたことは言わない。
思ったとしても言えるはずがない。彼女は懸命に俺を励まし、今は何処かへ飛んだものを探そうとしてくれているのだから。

「……ゆい」
「何でしょう」

――だが、それは何故なんだ?

「お前はどうして…」

――俺のために必死になってんだ?
ふと思ったこと。口にすれば風が吹いた。だが、間違いなく彼女にこの声は届いているはず。
その証拠に彼女は振り返り、目を丸くして驚いていた。

「そ、それは…」



――跡部っ!!

誰だよ、遠くから叫んでんのは…つーか、脳が揺れるのを、感じた。





意識は急に目覚めた。だが、ハッと気付いた場所は保健室。
心配そうに覗き込む顔も、耳元で連呼されている名前も、俺には全く理解出来ない言葉…では無くなってた。

「跡部くん!」
「す、すみません!俺っ…大丈夫ですか?跡部さん!」
「……ああ」

前頭葉が痛い、と思って触れりゃ立派に湿布なんぞ貼られてることに気付く。
おそらくノーコン鳳が打ったボール辺りが運悪く俺様に当たったんだということに気付かないわけがない。
心配そうに眺める鳳と宍戸と…志月ゆい、と。

「とりあえず、二人は出てけ」
「……はい?」
「平気だから出てけ」

鳳と宍戸と、二人を指差してこの場から出て行けと命ずれば複雑な表情を浮かべちゃいたが素直にこの場を立ち去った。
残されたのは俺とゆい。出てったヤツら同様に複雑そうな顔をしちゃいるが…それが妙に愛おしく思えるのは、過去と過去があるから。
古き過去と最近の過去、二つの過去を持つ俺にもう、怖いものなんざない。始まりも理由も、欠片もカタチも全て俺にはある。

「心配させて悪かったな」
「ううん。良かった、すぐに目が覚めて…」

椅子に腰掛けた彼女が今まで以上に近くに感じる。昨日の俺が無意識に努力した成果なんだ。
何も分からない、誰も知らない、何もない状態の俺が無意識に掴んだものは間違いなく、過去の俺が掴めなかったもので…

「ゆい」
「あ、とべ、くん…?」

今の俺なら――…掴めるもの。

「始まりは笹川がお前を生徒会室に呼んだ今年の春だ」
「……はい?」
「部活があろーがコキ使えって言ったにも関わらずアイツは俺の言うことを聞きゃしねえ。でもな」
「跡部くん…?」
「今なら感謝してやってもいい。お前を知ることが出来たから」

スピードは遅いが確実に仕事をこなしてく姿は当然見えないはずもなくて、関係ねえのに真剣な目をしてたのは見ていて気持ち良かった。
書類をホッチキスで留めるだけにしても真剣で、まあパソコン打ちは…指一本で眉間にシワ寄せてやってんのには笑ったがな。

「気付けば目で追うようになってた。その証拠が携帯に残ってた」

悪戦苦闘しているお前、生徒会室以外でのお前、それがぼんやりとピントのズレたものも混じってはいたが確実に、残されてた。
その中には彼女が屋上で伸びやかに女共と大合唱しているものもあった。ジローにはイイ子守唄だったろうよ。
それを考えれば…その時にジローは知ったんだろう。自然と携帯を向ける俺に、この俺様の情けなくも臆病な恋に。
フォルダ名は無い。それはこの気持ちをどう説明していいか、その時の俺があまりにも曖昧に思っていたからだった。

「過去の俺、さっきまでの俺には言いたくて言えなかったことがある」

俺が俺自身で思った情けなさは、この気持ちに名前を付けれなかったことから始まる。
でもな、今になって分かることはそれはあまりにも突発的に感じたもので、それをそう呼ぶには気恥ずかしいものがあったからだ。
らしくもねえだろ?相手を掌の上で転がしても転がされない俺が、一人の女だけを見つめて片恋なんぞしてる、とか…

「だけど今の俺なら言えるから聞いてくれるよな?」
「わ、たし?」
「ああ。お前だ」

抱き締めたまま、顔も見ずに告げるのは卑怯かもしれない。だから自分から体を離した。
そうすれば彼女の顔が見えるわけだが…少し混乱しているのか動揺しているのか、目が丸くなってるのに笑った。
表情豊かな彼女に、愛おしさを感じていたんだ。過去の俺もさっきまでの俺も今の俺も…何もなくても記憶しない心が、恋してる。

「ずっと好きなんだ。昨日の俺もそう言いたかった」

彼女が別人みたいだと言った俺もやっぱり俺で、好きになるものは同じだった。
短い間でも好きになってた。その記憶さえも持つ俺は今まで以上に、彼女に惹かれて止まないんだ。

「いいか。俺を手伝うんならこれからも俺の傍に居ろ」

昨日の俺も傍に居ろと告げたが、今の俺は昨日よりも貪欲にこの言葉を告げた。
そう、出来る限りなんてもんじゃ済まない。これから先、もっと俺の傍に居なくてはいけないという意味が今のにはある。
それが伝わっていようがいなかろうが関係ない。俺が、そうしていくと決めたんだ。勝手に、だけど…

「……記憶、戻ったん、だよね?」
「ああ。戻ったから言ったんだ」

どうやら自己満足で追っかける必要なんかなくて、突如として戻って来たぬくもりにそっと俺も腕を回した。
何とも小さな声だったが聞き取れた言葉に安堵する自分ってのはまた情けないもんなんだが、それに気付く者はもう何処にも居ない。
昨日の俺は今の自分の中に融けたんだ。だからもう、この情けなさを知るヤツは俺以外にない。

「私も…ずっと好きです」
「だからあの時…手伝うって言ったんだな」



昨日の俺は、彼女を捕らえるために生まれたんだ。



END
ありがちな話にて…ハピバ跡部!


2009.09.02.

(6/7)
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