テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

「ねえ、跡部ってさ――…」

祐希ちゃんの続けた言葉に思わず飲んでいたお茶を吹き出すかと思った。
そ、そんなの有り得ないよ!と声を大にして言えば、どうも納得して貰えなかったようで「でも、さあ…」と更に言葉は続く。
いやいや、ちゃんと知ってるはずだよね?接点もそうなければ関わりだって祐希ちゃんを通じてだけだし…
それにあの跡部くんだよ?有り得ないでしょ。取り得も何もない私みたいなのが、好き、だ、とか。



過去からの呪縛
-思い出したいもの-



……本当に、祐希ちゃんが余計なこと言うもんだから、何か顔合わせ辛いカンジになっちゃってる。
朝もいきなり黒服の人たちに成すがまま言われるがまま、跡部くんのとこに行って一緒に登校して来た。
で、休み時間は祐希ちゃんと大人しく過ごせはしたんだけど昼休み、芥川くんに手招かれるままついてけば…

「此処だったら誰も来ないからー」
「え?」

ポイッと放り込まれたのはテニス部の部室で、中には何かを悩んでいるような跡部くんが居た。

「あ、跡部くん…」
「アイツがマシだっていうから此処でサボってた」
「え?授業を?」
「ああ」

イチイチ女に声掛けられるのがウザイから、だって。何とも跡部くんらしい理由だけどサボるとかそういうのは…ねえ。
どおりで女子特有の騒がしさに欠けてるわけだ。ほら、大体跡部くんの居る場所ってそういうので特定されやすいって決まりごとだし。
それに気付かなかったってことは…そういうことなんだろう、とか今更だけど思ってみたり。
……にしても、何か、本当に顔合わせ辛いんですけど、前よりもっと意識、しちゃって。それもこれも祐希ちゃんの所為だよ…っ。

「ゆい、いつまでそこに突っ立ってるつもりだ?」
「あ、そ、そうだね」
「……こっちに来い」

テニス部の部室なのに随分と豪華ソファーが対面に置かれてる…
てっきり向かい合って何か話すのかと思いきや、跡部くんが「こっち」と指差した場所は対面された場所ではなく彼の真横。
確かに広いソファーで二人が横に並んでも問題はないんだけど、その向こう側には確実にもう一台ソファーがあるんですけど…
そんなことを考えながら徐々に近づいて、そしたら跡部くんはやっぱり此処、と言わんばかりに手で真横を指示してる。
あくまで横、昨日よりももっと近い位置での横…緊張は、昨日の比にならないくらい、する。

「……座れよ」

言われるがまま、真横に座るも…顔は見られたもんじゃない。
ここまで近づいて彼の顔を見ることが出来る女子が居たら、きっとその子は神になれると思う。間違いなく、絶対に。

「そんなに緊張されたらやりづれえ」
「ご、めんなさい…」
「別に…嫌がらせとかしねえぞ」
「そ、れ、は…分かってる、けども」

むしろ、嫌がらせなのは私の心臓の方だ。無駄にドクドクして耳が痛くなりそう。

「……お前、歌うのが好きなのか?」
「え?」
「よく歌ってるって、聞いた」
「ええ?あ、芥川くんに?」
「……誰だソレ」

怪訝そうにそう聞いて来たから「さっきの人だけど」と説明すれば「ああ」と納得する跡部くん。
てっきり面識有り気な様子だったから自己紹介みたいなのを彼はしたんだと思ってたけど…どうやら違ったらしい。

「アイツ、ジローとしか言わなかった」
「ああ…彼、芥川慈郎っていうの。跡部くんとはクラブメイトなんだよ」

……あんまり練習に参加しなくて寝てばっかで、跡部くんが問題児扱いしてたんだよ?とは言わないけど。
この説明で何となく察するものがあったのか、彼は「だからアイツ馴れ馴れしかったんだな」と呟いて溜め息を吐いた。
で、何の部活に所属していたのかを覚えてない跡部くんにテニス部であること、部長で一番強かったんだということを説明。
プラスして生徒会長も、と偉大性を告げたつもりだったんだけど、どうやら昨日の祐希ちゃんとのやり取りを思い出させてしまったらしい。
また何とも言えない顔をして「それであの女が…」と舌打ちまでしちゃって、ちょっと戸惑った。

「あの、祐希ちゃん、それなりに心配して…」
「んな風には見えなかったが」
「でも、ああ見えて面倒見は…」
「それでお前も生徒会の手伝いとかしてたんだな」
「え…?」

確かに、帰宅部だし暇もあって祐希ちゃんと帰りたいがために手伝いをしたことも多々あった。
だけど…そのことを知ってるのは少なくとも生徒会に居る人たちだけ。しかも、3年では跡部くんと祐希ちゃんだけのはず。

「何か、思い出したの?」
「……いいや」
「じゃ、誰に…?」

生徒会役員に任命されるのは教師の推薦のみ。跡部くんは最初から生徒会に居て、祐希ちゃんは2年からで。
3年になる頃、二人は持ち上がったけど残りのメンバーは1、2年で構成されてしまって3年は居ない。だから私は出入り出来た。
他にもし別の女子が居たなら視線が怖くて入れなかっただろうし、男子が居たなら祐希ちゃんはその子に仕事押し付けただろうし。
そうじゃなかった上に残されたのが跡部くんだったから…二人は反発し合うのが普通で、傍目からは犬猿の仲だった。
そんな祐希ちゃんに話を聞いた?でも、少なくとも私が彼女にベッタリだったから…それは、有り得ない。

「……なんで、思い出せねえんだろうな」

色んな考え巡る中、ぽつりと呟いた跡部くんの言葉にハッとした。
儚げに遠い目をしている彼に、何故か胸が痛くなる。思い出そうとしながら思い出せないって、きっと辛いと思う。
何かをベースに思い出せないのならモヤモヤするくらいで済むかもしれないけど、彼にはそのベースすら思い出せない状態。
人だけじゃない。自分の記憶も無くて、あるのは長年の習慣から身に付いた日常動作だけ…

「何となく、引っ掛かりが分かって来てんのに思い出せねえ」
「分かる…?」
「そうなんだなって自覚出来てんのに、始まりがねえ」
「は、始まり?」

何のことを言ってるんだろう…でも、やっぱり記憶は欠片でしかないってことなんだろう。
欠片になってしまって拾い集めてもなかなか元には戻らない歯痒さからだろうか、物凄く痛い表情をしてる。
私は私を認識して今があるけど彼は違う。だから彼の気持ちが、一割も分からないのが私には歯痒い。
何も出来ないけど何かしてあげたい、何か、してあげたいと思うのは、変なんだろうか。

「あ、焦っても…良くないと思う、よ?」
「……だけど、どうも言いたくて言えないことが俺にはあるらしい」
「跡部くん、に?」
「……俺にも、前の俺にも」

その「言いたくて言えなかったこと」っていうのも欠片で、分からないってことなんだろうか。
だったらそれって随分落ち着かない状態に違いない、よね?言おう!と思ってたことを言う前に忘れちゃうのと似てるのかも。
もし、それに似ているのであればスッキリしないことで落ち着かないし、何かこう…気持ち悪いはず。

「あ、あの…」
「何だ?」
「つ、月並みで、残酷に聞こえるかもしれないけど…」
「ああ」
「ゆっくり、思い出そう?私、手伝う、から」

出来ることと出来ないことがあって何も出来ないかもしれないけど、やっぱり何か手伝ってあげたい。
きっとおこがましいことだと思う。跡部くんのファンが聞いてたら確実に「ふざけんな!」と殴られるかもしれない。でも…

「……手伝わせてやっから、お前がそんな顔すんな」

ポンポンッと軽く叩いた跡部くんの表情は優しかった。穏やかで優しい、綺麗な笑顔だった。


少なくともちょっとは元気を取り戻したらしい跡部くんは、大きく背伸びをして午後の授業は出ると言った。
昼休みがまだ少し残ってるってこともあって外を歩くと言い出した彼は否応ナシに私を引っ張って部室から出た。
太陽が思ったよりも高くて眩しい。薄暗かった場所から一転しての光だから余計に眩しく感じる。

「……誰か、テニスしてんな」
「あ、コートあっちだよ。行ってみる?」

私が指差す方向に誰かが居るであろうコートがある。跡部くんは小さく頷いて「行こう」と呟いた。
長い間ずっと通い詰めた場所でなら何か反応するものがあるかもしれない。欠片がカタチになるかもしれない。
それを考えたら足を運ぶ価値はあると思いはするけど…何だろう。それが少し怖くて、寂しいものがあるなんて私、変だ。
手助けしたい気持ちも確かなのに手伝いたい気持ちも嘘じゃないのに、カタチになってしまったら…きっと跡部くんは変わる。
跡部くんでありながら別人だと思った。別人のようだけど跡部くんには変わりなくて、これでまた跡部くんに戻ったら…
今度は他人に変わっちゃう。今まで同じように、今までと変わらないところに彼が居て、私は居ない。

「……跡部くん」

おかしいね。随分矛盾してるけど、色んなものがごった煮になっちゃってる。

「何か…思い出せるといいね」

嘘じゃない。本気でそう思う。だけど、戻らなくても私は構わない。
そんな言葉と本音との間を知らぬままに彼は「そうだな」とだけ呟いた。何故か、複雑そうな表情を浮かべて。




2009.09.01.

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