テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

校舎内は、何となくの感覚で移動出来ることが分かった。
クラスだって直感で此処だと分かって、勉強内容も何となく理解出来るものがあって…ただ分からないのは人。
気安く呼ぶ声、声、声、声――…ピンッと来ない。顔を見たところで全く誰かも分かったもんじゃねえ。
ただ分かるのは…声を掛けてきやがったヤツが本来の自分とどの程度の付き合いがあったのか、ということ。

……感覚だけで分かる。

「私、跡部くんと付き合――…」 嘘だとすぐに分かったから「失せろ」とだけ言ってやった。
「そーいや俺、跡部に金――…」 それもまた有り得ないと思ったから「消えろ」とだけ言ってやった。
俺は…一体どんなヤツだったんだろうか。他人はともかく、自分のことがよく思い出せねえ。
そんな気持ち悪いモヤの掛かった状況でただ気に掛かるのは、志月ゆいという女のことだった。



過去からの呪縛
-知りたいもの-



昨日、昼休みが終わる頃。俺は突然、黒服の団体から捕らえられて再度病院へと担ぎ込まれた。
「一大事だ」と何度となく黒服は慌て取り乱し、医師は懸命に俺に質問を繰り返すが思い出せることはなかった。
結果、一時的な記憶喪失なんだという診断らしいのだが…次から次へと医師を変え、同じことを繰り返すもんだからキレた。
「一時的なら放っておけ!」と、黒服たちに言えば俺の言う通り、彼らはそれ以上何も言うことなく、随分デカい家に案内された。
どうやら、俺の家らしかったが…それもまた学校と同じで何となくの感覚でしか思い出すことしか出来なかった。


「あ、跡部くん…」
「ゆい」
「あの、黒服の人たちが、突然…」
「俺が頼んだんだ」

翌朝、目が覚めたところで状況に変化はなかった。昨日の出来事は頭を巡ったが、それより前の何かは無い。
不思議なくらいモヤモヤしてはっきりとした何かというものは見つからぬままに部屋を出た瞬間、待機してた黒服が食事を運んできた。
そこで分かったことは…まあ、俺がちょっとした裕福な家庭の子供であるということ。気持ち悪いくらいチヤホヤされるレベルの、な。
それが正解か不正解かを試すため「彼女を連れて来い」と命じてみたら…まあ、こうなった。

「悪いな。ちょっと試してみたんだ」
「へ?」

黒服の団体はどうやら雇われた人間らしかった。ついでに言や、この家には両親というものが居ないらしい。
この家に来てまだ一度も遭遇していないところを見れば不在…もしくはこの辺には存在しないと俺なりに解釈した。

「……まだ、思い出せてない?」
「まあな。だが、状況は徐々に把握して来た」
「状況?」
「ああ。俺の立場、みたいなもんだな」

色んな解釈から色んな方向を経て俺というのを考えて。何となく、カタチが出来そうになっていた時だ。
フッと頭を掠めたのが彼女で…そこでまた振り出し付近まで戻されてしまう。

「……跡部くん?」

周りや状況、何となくでも分かって来たことの中で唯一、分からないのは彼女の存在。
知り合いではあると言った。だからと言って特別なものは無く、お互いにそれだけの存在だと彼女は確かに言った。
だったら何を引っ掛かることがあるだろうか。関わりナシというデータで全てを終わらせればいいはずなのに…それが出来ない。

「行くか」
「あ、はい…」

「そうですか」では終わらない存在、それは「俺」という人物の中でとてつもなく大きな存在だと思う。
ならば何故、彼女との接点が少ないのか…昨日以前の俺自身に疑問を持つが、当然、その答えは返って来ない。
特に会話という会話のない通学路を歩く。その間にも変なモヤは広がり、消えることはなかった。



学園に着けば昨日と何ら変わりなく、妙に女共が馴れ馴れしくやって来ては同じ言葉を繰り返す。
自分が彼女だとか自分と付き合ってただとか、うんざりするほど嘘八百並べては女共で言い争うという騒動。
……どんなんだよ俺って。と、何も分からぬ自分自身に溜め息すら吐いちまう。

「あ、跡部くん!」
「うぜえんだよ、付いて来んな」

殺したくなるほど、この黄色い声が嫌いだと思った。おそらくそれは…思い出せない俺も同じだと思う。
こんなにも苛立てば神経すら蝕まれるような感覚がする。そんな女共とどうやったら付き合っていけるというのだろう。
あんなのと馴れ合う?付き合う?そんな自分が存在するのであれば、反吐が出る。


こんなとこなんざ居る価値もねえ。そう思えば自然と体は動いていた。
どうせ適当にしか聞いていない授業だ、別に受ける必要性もない。そんな解釈の下、俺はただ歩き出していた。

「あー跡部だー」
「……誰だてめえ」

教室を出たところでまた人。

「宍戸に聞いてたけど本当に記憶喪失なんだー」
「ああん?」

ボケーっとした男だ。大きな欠伸をしながらフニャリと顔を緩ませて手なんざ振ってやがる。
もう一度、誰だ?と問えばジローとだけ名乗り、俺とは同じ部活仲間で友達みたいなものだと言った。

「ねーねー、もしかして授業サボろーとかしてるー?」
「だったら何だよ」
「俺も一緒についてくー」

へらっと笑って俺の腕を引っ張りジローってのが歩き始めて…気付けば俺はなす術も無く歩かされていた。
とはいえ、授業を受けないにしても何処にどう隠れれば良いかなんて分からなくて、だったらついてけばいいかと思う俺も居て。
促されるがまま歩く。上へ上へ。建物の最上階を目指してどんどん階段を駆け上っていく。

「お、おい!」
「今日は天気も悪くないし、屋上気持ちいいよー」

何なんだコイツ。お前は俺を知ってるみたいだが、俺はお前のこと何一つ知らねえんだぞ?
というよりも覚えちゃない。そういう状況下に俺があることをコイツはきちんと理解はしてなさそうな様子でどんどん引っ張って…

「とーちゃくー」

その言葉と同時にいきなり座り込んだ。しかも、座った途端に寝そべりやがった…っ。

「何なんだてめえ…」
「んー?これが俺のライフスタイルだCー」
「そうかよ。だったら大層な御身分だな!」
「いやいや跡部には負けるよー」

……どんなんだよ俺。
と、分からないことが満載だが人伝調べるつもりもなければ今更あの教室に戻って授業を受けるつもりもサラサラなくて。
しょうがなくジローってヤツの隣に座り込めば、何処か嬉しそうにうつ伏せ足をバタつかせている。お前、常に幼児化してんの、か?

「何か、跡部は跡部だねー」
「ああん?」
「やっぱさー基本的に人って変わらないんだね」
「知るかよ」
「俺ねー実は知ってるんだー」

へらへらっと笑うヤツに悪意は感じられないが…多少イラッとするのはおそらく会話のペース。
呆れるくらいマイペースにこっちの話も聞かずして話題を持ち込んでくる。実は知ってるって俺の何を知るって言うんだ。
俺が俺を知らない。俺が俺を記憶していないってのに、記憶力の浅そうなコイツが何を記憶してるのか検討も付かねえ。

「跡部、携帯持ってるー?」
「……持たされたから持ってるに決まってんだろ」

黒服集団の長みたいなのが無理やりポケットに捻じ込んだのがどうやら俺が使っていた携帯らしく、頻繁にメールが届く。
中身は全く見る気もしねえがな。それがどうしたんだ、と言えば…その中に俺の秘密があるとか言って大きな欠伸をしやがった。

「記憶があってもなくても、やっぱり同じなんだよ」
「何のことだよ」
「だーかーらー全ては携帯なのー」

ああ、そうかよ。くらいで終わらせようとしたが、ヤツはどうしても携帯を眺めて欲しいらしい。
欠伸交じりに「携帯携帯」とコールまでしやがって。別に、俺が俺自身の秘密知ったところでどうだってんだ。
そりゃ…今は何かしら情報を得る手段としては悪くはねえが、どうも自分で触れる気色がしねえ。
これが間違いなく自分のものだと言われたとしても、それを証明するものが何一つない状態なのだから。

「ねー中身見ようよー」
「んだよてめえ」
「いーから早くー早くー」
「……チッ」

俺がソレを見るまでこの問答は続く、そう考えりゃ面倒にも程がある。
乗り気もしなけりゃイイ気分もしねえが捻じ込まれた携帯を取り出して、適当に操作とかしてみる。
着信履歴、リダイアル、電話帳メモリー…気は進まないがメールも適度に眺めて。特にピンッと来るものはない。
待ち受け画面も何とも言えないシンプルなもの。既存、ではなさそうなんだが。

「……あ?」

データボックス内に名前のないフォルダ。
中を見れば、これまでと違った何かを見つけた。既存とかデータとか、そんなのじゃない。

「ねー?いっぱいあるでしょ?コレ知ってるの俺だけなんだよー」

何度スクロールしても同じ。決してピントが合うものばかりではない何ともぼやけた画像。
ただ、その中に決まって存在するのは志月ゆい。俺が俺自身で初めて名前を覚えた人物だった。




2009.08.28.

(4/7)
[ 戻る付箋 ]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -