テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

ただ驚いた。誰もが疑心暗鬼の中、祐希ちゃんが「行こう!」と行ったから付いてって。
いつものように祐希ちゃんに隠れながらも傍で、跡部くんを見るつもりだった。本当に、目立たないくらいに。
いつもだったら完全に私の存在は見てないものとされるはずだった。それなのに…記憶っていうのは恐ろしいもので。
素敵すぎる祐希ちゃんの金魚のフンに、跡部くんは思いっきり大きな手榴弾を投げ付けたんだ。



過去からの呪縛
-忘れ去られたもの-



「いいか。お前は出来る限りでいい。俺の傍に居ろ」
そう言われた時は正直、言葉を失って呼吸すらままならなくて…祐希ちゃんも一緒に固まった。
その前に「彼女だったか?」にも酷く驚いたのは言うまでもなくて、思いっきり首を振れば跡部くんは首を傾げて。
私と彼との接点。そんなもの衝撃が走るほどのものではないはずなのに…やけに跡部くんは引っ掛かるらしく。
逆に私はその考えの方が引っ掛かって…クラクラした。不思議でならない、としか言いようがなくって。クラクラしたんだ。



「……何か、話せよ」
「何か、と、言いましても…」

朝の休み時間、手榴弾で大破した私は言われた通りに跡部くんの横に、居た。
何か騒がしいのが物凄く気に入らないと怒って、昼休み、お弁当を抱えてわざわざ誰も来ない空き教室へ。
祐希ちゃんも一緒に…と言いたかったけど彼女はそそくさと彼氏の元へ行ってしまって、二人っきり、此処に居る。
居た堪れないにも程がある。思いっきり彼のクラスメイトの女子に睨まれて、殺気という殺気を浴びた私。
そして、結局傍に置いても役に立たない私に苛立ち始めてるのか、眉間にシワを寄せてる彼……居た堪れない、でしょ。

「お前のこと、話せよ」

え?そんなことより記憶の断片を知るべく彼のことを…と言いたかったけど言えず。
「どうやら俺は自意識過剰でなく有名みたいだかな」とか言うものだからそこはまあ頷いて肯定すれば何か納得してた。
そう、だよね。これだけ騒がれれば自分がこの学園では有名だっていうのは嫌でも分かる、よね。

「私…のこと、ですか?」
「ああ。何でもいい」
「……えっと」

「何でもいい」と言われて答えるほど私は達者な方じゃない。
卵焼きを箸で口元に運ぶ作業も忘れて必死に考えて考えて考えて…してれば、穏やかに、跡部くんが笑った。
いや、微笑んでくれたのか嘲笑われたのかは正直分からないところだけど、でも、優しく笑った、気がした。

「運動は?何もしねえのか?」
「と、特に…苦手、ですから」
「そうか。なら勉強する方が好きなクチか?」
「い、いえ、勉強も…苦手です」

言葉が出ない私に敢えて質問を投げ掛けて来る跡部くんは、きっと、記憶が無くても私がトロいのを把握してるらしい。
そういえば…初めて会った時もテキパキ祐希ちゃんの後ろに居た私に「トロトロしてっとコイツに蹴られるぜ」って。
そう言ったもんだから祐希ちゃんは激怒して小さな喧嘩になったっけ。あの時もオロオロしちゃって鈍臭いと思われた、はず。
跡部くんの無くした記憶の断片って、やっぱり何処かに眠ってるのかな?跡部くんの中、何処かに――…

「だったら何が好きだ?」
「は?」
「好きなもの、ねえのか?」

無い、て答えを出す方が有り得ないと思うんですが…
だけど必死に「好きなものー好きなものー」と考えてみたら意外と一つも浮かばなかったりするもんなんだね。全く出て来ない。
うーん…と唸りながら考えていれば「くくっ」と笑う声に反応して顔を上げれば、ああ、やっぱり嘲笑ってたのかと思った。
今もお腹抱えて笑いそうな跡部くんの姿。そこまで噛み締めながら笑わなくていいと思うんだけど。

「お前自分の好きなものも分からないのか?」
「いや…急に考えると…浮かばなくて」
「そうか。そりゃ悪かったな」
「……そう思うなら笑わなくてもいいのに」

思いっきり。豪快に笑ってくれるんなら何かこう、反論もしようがあったっていうのにそうじゃないから困る。
何処か楽しそうに、何処か穏やかに…ってあれ?跡部くんってこんな風によく笑う人だったけか?
どちらかと言えば上から目線で人を見ているところがあって、馬鹿にした態度が気に入らないって祐希ちゃんは言ってて。
でも…今の雰囲気はそこから少し掛け離れた場所にあるっぽい。何か…跡部くんであって、そうでない、感じ。

「何か本当に…別人、だね」
「……そう、なのか?」
「うん。跡部くん、きっと記憶戻ったら驚くよ」

何でこんなのと同じ時間を過ごしたんだ?ってきっと不思議がるだろうなーなんて。
そ。私は単に祐希ちゃんの後を追うだけの子で鈍臭くて、跡部くんみたいな人からすればイライラするような人種で。
私から見れば輝いてる存在。手なんか届くことはなくて…それでもいいから見ていたくて祐希ちゃんの後ろに居ただけ。
好きだから。何も出来やしないけど好きだから、見ていたくて。それを跡部くんは知らない。今も、前の跡部くんも。

「普段の俺は…どんなだ?」
「うーん…いや、根本的には変わりはないと思うけど、少なくとも私なんかは眼中にないカンジで」
「……面識は?」
「ないわけじゃないけど…多分、こんなに話すのは初めて」

同じクラスにも一度もなったことはない。委員会で顔を合わすことなんかもない。部活も私は入ってない。
見ることは私にはあっても彼には何もない。本当に何も無いのに…彼の中で何が起きてるんだろう。

「勝手なイメージの方が大きいけど、こんな雰囲気は無かった気がする」

自分を苛立たせるような子と話したりはきっとしない。穏やかに笑うようなことも…そうない。
物凄く失礼なこと言ってるけどいつもそんな風に見えてた。だから、私は自分から声を掛けることはしなかった。
怒らせて気分が悪くなるのはお互い様だけど、それで傷つくのは確実に私だけ。だったら見てるだけの方がいい。
情けないと思うけど…自分に出来ることはこれが精一杯だったんだ。

「……そうか」
「うん。あ、でも…こうして話せるのは嬉しい、な」

よく分からないけど跡部くんの中で残された記憶に私が何処となく居て、それがきっかけで話すことも出来て。
こんな状況下でこんなことを思っちゃいけないことは分かってるけど…少しだけ感謝、してしまう。
そうでもなければ私は一生まともな会話なんか出来なかっただろうし、それが全てで終わってしまってただろうから。

「あ、不謹慎、だよね。跡部くんも大変なのに…」
「いや…んなことねえよ」

……ふわり、優しい笑顔を浮かべた跡部くんに心臓が跳ねた。
嘘、こんな風に笑うと…結構可愛く見える。いや、大前提にカッコイイというのはあるんだけど、でも、凄く可愛いんだけど。
何だか損してる、と不意に思った。よくよく思い出して見れば跡部くんはいつもムッとした顔をしてることが多い。
あ、でも…こんな風に優しく笑って過ごしてたなら大変なことになっちゃう、か。ますます遠退くのは、ちょっと、嫌かも…

「……お前、落ち着くな」
「は、はい?」
「全然分かんねえのに、お前が居たらどうでも良くなる」
「は、はあ?」
「何か、引っ掛かるもんがあるんだよな」

な、何がでしょうか?と問い質したいところだけど、そうしたところできっと答えは無い、だろうか。
だって跡部くん、記憶喪失しちゃってて自分のこともよく分からないままみたいだし、他の子の記憶もないわけだし。
引っ掛かる…私が?決して突っ掛かるような真似とかはしてないんだけど。祐希ちゃんじゃあるまいし、さ。

「……何だろうな」

箸で掴んでた唐揚げを、落っことしそうになった。
スーッと伸びた手が頬を撫でて髪をすくって、ゆっくりと元の位置へと戻ってくのをスローモーションで見た、気がする。
心臓は跳ねるどころかバクバクして体中を走り回ってるくらいの勢いに変わって、耳元に心臓があるんじゃないかくらい大きく響く。
何だろうな、と聞きたいのは私の方だ。な、何が跡部くんの身に指令を送ってるのだろうか。

「あ、あと、べ、くん…お、お弁当…」
「……ああ。食ってる途中だったな」

不思議そうに何かを考えてる跡部くんだったけど、またお弁当を食べ始めた。
それと同時に私もまたお弁当を食べ始めたんだけど…もう味なんか分からない。味覚なんか心拍数にやられて機能してない。
何も言えなくなってただ目の前にある物を食べてるだけの私。横目で跡部くんを見てみれば何かを考えながらお弁当を食べてるようで。
その姿さえも、綺麗だなーなんて見惚れてしまう。初めて彼を見た瞬間も、同じような気持ちになったことを思い出す。

入学式初日に見た。何かを考えながら歩く跡部くんを――…

「……ゆい?」
「は、はい?」
「弁当、空になってるがまだ箸握っとくつもりか?」
「え、あ…」

た、確かに空になってる…い、いつから空になってたんだろう。
慌てて片付けをする私に跡部くんは「くくっ」と笑って顔を背けた。またも噛み締めて笑ってる。

「おもしれーヤツ」
「ちょ、ちょっと、考え事してた所為です!」
「そうかよ。そりゃ邪魔したな」

何か、意地悪だなあ。跡部くんって実は、そういう人だったんだろうか。
分からないなあ。今の跡部くん、前の跡部くん、本当の、跡部くん…私は全然知らないんだ。

……どうしよう。こんなこと、思っちゃいけないのに。
記憶なんて無くなったままで、もっと、もっと跡部くんの傍で彼を知りたい、だなんて――…




2009.08.25.

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