テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

Ubrall sonst die Raserei.
――それ以外は、狂気の沙汰。




の世界



右と言えば左を向き、左と言えば右を向くような男。
他人からの指図を一切受けずに耽々と生きているような…
そんなヤツだと遠目から見ていた。距離を空けて単に見ていたつもり。
命令されるのが嫌なくせに人に命令をして従わせていく…
少なくとも、そんな男は大嫌いだと言える。
だから言ってやった。何気なくサラリと普通に――…



「ゆいー、ハードル壊れてるよ」
「ええ?マジで?」

さすが安物備品、何度も何度もネジ回して固定してんのに…
毎日使う度にあっけなくネジが外れやがって片方だけガクッてなる。
もう何度修理したことか…とは言え、工具を使ってネジを止めるだけだけど。

「そろそろ限界だね」
「結構キてるね」
「部費で買えない?」
「……テニス部じゃあるまいし」

弱小女子陸上部には余計な経費は降りません。
そんなことくらい誰だって知ってるけど…こんなんじゃ余計ダメじゃんって話。
弱小が輪を掛けて弱小になるって言ってんのに…
学校側としては成績優秀なテニス部だとか野球部だとかが優先。
こんな理不尽なことってないね。私たちだって真面目に部活してんのに。

「もうちょい我慢しよっか」
「そうだね…」
「じゃゆい、修理よろしく!」
「はあ?」

……勘弁して下さい。
「修理出来るのはアンタだけよ」とか言ってるんだけど…
本音はそこじゃないでしょうが。「彼氏と帰りたいから私はしないよ」でしょ?
仕方ないから修理は私一人でするけど…むしろ、いつも私一人だけどさ。
ああ、全てはボロだから悪いんだよね。本気で泣きそうになるわ。

泣いてても事態は変わらない。
仕方なく壊れたハードルは適当に置いといて、使えるものを使って練習しよ。
よくよく考えたらハードルだけじゃなくて色々壊れかかってるんだっけ。
棒高用のマットなんかも穴あるし…綿出掛かってるって言ってなかったかな。
本当に最悪です。全ては弱小であるがため…ですかね。

ふと、グラウンドの向こう側を見ればテニス部の皆様が休憩中のようで。
楽しそうに水場で戯れているのが見えた。特に向日あたりが跳ねてる。
テニス部だけだよね、設備がキチッとしてる部っていうのは。
明らかに太郎ちゃんの陰謀なんだろうけど…悔しいから遠目に全員を睨んだ。



クールダウンも終えて、部員たちとまったり柔軟なんかして…
ああ、今日も無事に終了。怪我人もなく終わるのは当たり前なんだけど。
……どうも備品だけは無事ではないらしい。

「ハードル2個目破損ー」
「……勘弁してよ」
「壊したのは男子部員です」

男子の部長は何処?なんてキョロキョロ見回しても…逃げやがってた。
こういう時だけ逃げ足が速いってどうなんだろう。競技の時はダメなのにさ。
……て、人のことは言えないんだけども。

「1個直すのも2個直すのも一緒だからもういいや…」

半ば諦めます。仕方ない。ついでにハードルだけじゃなくてマットも修理しよう。
どうせ自分たちが使うもので後輩たちもこれから使っていくもの。
備品を買うまでの実力は…きっと後輩たちでも難しい、し…
あー学校側の実力主義にはゲンナリするわ。功績命ってどうなんだろう。

「うん、じゃゆいファイトー」
「……本当に手伝う気ないわね」
「勿論。私は忙しいのさ」
「……暇で悪かったな」

血も涙もない友人を持ちました…副部長の肩書きがあるのに鬼です。
友人よりも彼氏を優先するという素敵な人です。はい、もうコレも諦めました。

「じゃあねー」
「はいよー」

適当に片手で手を振るだけ振って、不甲斐ない副部長を見送って。
部室にあったソーイングセットと工具箱を片手にトボトボと体育倉庫に乗り込む。

何とも言えない青春時代だ…なんて思いながらも無駄に重いドアを開けて。
倉庫って埃っぽい場所なんだよね。げんなりしながらハードルに向かい合う。
もう何度目だろうか。コイツを修理するのは…ネジ穴がもうボロボロだわ。

「……可哀想にね」

もうコイツも人生全うしきってて、そろそろ土に帰らせてもいい頃なんだけど。
そうもいかずに修理して、また現場に復帰させる悲しみは何とも言えない。
色だって剥げてきてる。錆だって浸透している。ペンキで…色くらい綺麗にするべきか。
……美術部にお願いしてみようか。あ、ペンキはそう持ち合わせないかな。

「……はあ」

ハードルの修理が完了。次は腸出だしているマットの修理…って。

「誰?」

体育倉庫前、誰かが立ってる。うわ…微妙にホラーだよホラー。
影が伸びてるのも気付かなかったし、逆光でシルエットくらいしか見えないんだけど。
多分…先生でもなければ女子生徒でもない。男子の制服で革靴っぽいし…

でも返事はない。いよいよ気味が悪いんだけど、出口の真ん前に立たれると…出れない。
窓は…あ、格子があって出れないか。出来れば返事をするか去るかして欲しいんですが。
ソーイングセットを片手に硬直状態の私と、倉庫前で佇む人と、沈黙緊張状態が続く。


「志月」


……知り合いか?
いや、亡霊に知り合いなんかはいないんですが。てことは生身か。

「そ、そうだけど…」
「そうか」

ククッて笑ってる気がするのは気の所為?
生身の人間だと把握したけど、意味も無く笑っちゃってること自体ホラーだ。
悪寒が走る。タックルまがいにアレをすり抜けて走り去るべきなんだろうけど…何か、こっち来てる。
どんどん影が伸びて、それがだんだん影が小さくなって来て、近づいてるんですけど…!

「部費が少ないってのも大変だな」

近づいた人物、その顔がようやく逆光から解放されて表情が浮かんできた。
斜め方向から見下すような姿勢、腕を組んで目の前で嘲笑う人物、少なくとも嫌いと言える。

「……その分、物は大事にしてるわよ。何処かの部とは違って」
「何処の部だろうな。物をボコボコ壊して修理してんのは」
「で、用があるならさっさと済ませて帰れば?」

クラスは今までに一度たりとも一緒になったことはない。
ただ、部長会と生徒会への申請の際に話したことがある程度。いや、衝突した程度。
上から目線で弱小部に差し伸べる手はない、くらいのことを言われた程度。
その態度にどれだけ私が奮起して絞め殺そうかと考えたことか…

「弱小部は本当に大変だよな」
「お褒めの言葉、有難う御座います」
「功績ゼロってのも珍しいくらいだぜ」
「……そんなことよりさっさと用済ませて出て行けば?」

そんな会話をするためにこんな埃っぽい場所にいるんじゃなかったことを思い出す。
とりあえず…今日はマットの修理は止めよう。イラついて針を指に刺しかねない。
いや、このままだと間違いなく私がヤツに針を刺しかねない気もする。
工具を箱にしまって、出し掛けたソーイングセットをしまって…私がさっさと帰ろう。
そう決めて立ち上がれば、ヤツが意外と至近距離に佇んでいたことに気付く。

「じゃ、お疲れ様」

体育会系、挨拶は基本。先輩の教え通り、挨拶だけはして横をすり抜け…

「……何?」

れなかった。工具箱を持つ手にひんやりした手が触れてて鳥肌が立った。
用があるのは体育倉庫じゃなくて私なのか…でも、部長会の予定はない。
最近は生徒会室に乗り込んでもないし、嫌味な申請書も生徒会に提出してない。
用を言うことも、用を言われることも身に覚えがないけど、それでも引き止めには遭ってる。

「特に用はな――…」

ガチッて音がした。微妙に唇が痛い。言葉の途中、遮られたから異様なところを打った。
打つ必要性もない場所、触れられる必要もない場所、何故か…触れられている事実。

「な…っ」
「舌、噛まれたいのか?」

んなことあるか!と言い退けて、ぶっ飛ばしたい気持ちが表に出ているというのに。
工具を持っていた右手はまだ握られていた。左手は肩を押し退けようと必死になっていて。
それでも後頭部を押さえ付けてる手が邪魔して、どんどんどんどん深くなっていく。
何…何さコレ。物凄い悪寒と物凄い鳥肌と、全身が粟立つ感覚に寒気しかない。

「……っ」

滑り込んできた生温かな舌を噛んでやれば、ようやく全てが解放された。
半歩…一歩二歩と足が後退して、余裕の無い私と余裕な顔したヤツとの距離が空く。
その距離が少しの余裕と怒りと…表に出すには十分なものがあった。

「アンタなんて大嫌い」
「その言葉、撤回しねえと痛い目見るぜ?」



Auf die Hande kust die Achtung, (手なら尊敬)
Freundschaft auf die offne Stirn, (額なら友情)
Auf die Wange Wohlgefallen, (頬なら厚意)
Sel'ge Liebe auf den Mund; (唇なら愛情)
Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht, (瞼なら憧れ)
In die hohle Hand Verlangen, (掌なら懇願)
Arm und Nacken die Begierde, (腕と首なら欲望)
Ubrall sonst die Raserei. (それ以外は…)


――それ以外は、狂気の沙汰。

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