テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

数時間前に起きたことをすっかり忘れられるほど飲んでおけば良かった。

目が覚めた時には私の布団なんかよりも遥かに上質なベットの上に寝せられていて、横には眠る跡部の姿。
同じシーツに包まって、寄り添うようにして同じ場所に居て、事もあろうか素肌で抱き締められている。
記憶さえ無くなっていれば…そう起きてしまった事態に、起こしてしまった事態に、のらりくらりと対応が出来たのに。



3年8ヶ月
-空白期間-



酷く手荒に、だけど優しく扱われたような気がした。
途中からの意識はうやむやになって、最終的にどうなったかなんてことは覚えていなくて、ただ残るは呑まれた事実。
無数に広がった痣、同じくらい跡部の体にも痣があって首を横に振って自分のしたことでないと拒否する。
無駄な抵抗、無駄に抵抗。全てが拒否しても無駄だというのに、それでも過ぎた時間を取り戻す術はない。
だけど…不思議と後悔はない気がする。望んだわけでもないのもまた事実ではあるのに。

「……ん」

私が少し動いた所為か、ぴくりと反応して声を少し挙げた跡部の姿があって、不意に動いてはいけない衝動に駆られる。
こんな無防備な顔もするんだなーなんて、当たり前のことなのに新鮮味を感じる私には意外と余裕があるもんで。
起きてしまったのか、起こしてしまったのか、そんな状態にも冷静で居られていた。

「……小奇麗な顔、してるもんね」

少しくらい肌荒れしててもいいのに、そんなのが一切無い跡部の肌に数時間前まで触れてたのかと思うと溜め息が出る。
触れることなんて有り得なくて、正直今でも密着していること自体がおかしなことで、何もかもがおかしくなってる。
頭が痛いというか何と言うか……出来れば、何事も無かったかのように出て行ければいいのに…それが出来ない。
どんだけ絡まってればいいんだ?っていうくらい密着していた日には…無理ですよね。本当に。

少しだけ絡まっていた足をどうにか跡部から離して、回されている腕を少しずつ動かして本来の位置まで戻して…
……あ、さり気なく腕枕なんぞしてくれていた事実を発覚。人生初の目覚めて腕枕が跡部とか。

昨日の話も、何処まで本気だったんだろう。
私にとっての空白時間なんて3年と8ヶ月ってもんじゃない。もっと長い期間あって…何も知らず気付かずに居た。
だからこそ、信じられることなんか無くて、信じることも出来なくて首を傾げるばかり。理解も出来ない。

「……」

とりあえずは起きよう。きっと顔は化粧が落ちて悲惨なことになってるだろうし、服だってスーツだけど着ておきたい。
むしろ、そこまでして跡部が起きなければ家は目前なわけだから逃走しよう。どうせこの後は仕事もあるし…
酔った所為にしておけば、跡部だって夢だったんだ程度に考えて数時間前のことだって忘れてくれる。きっと…忘れる。

「勝手に抜け出してんじゃねえ」
「のわ!」
「色気のねえ声出すなよ」
「そっちが驚かすからでしょ!」

こういう時もお決まりのパターンを踏むわけですか…逃れるために息を殺して動いてたのに無意味とか、また溜め息沙汰。
折角、ベットの端に手を掛けてたっていうのにそのままソレを引かれて元の場所へと戻る。消え掛けていたぬくもりが、また伝わる。
人って温かいもんなんだなーなんて、こんな時に感じなくてもいいはずなのに無駄に感じるのは素肌だからなのかな。
心地いいような悪いような…とにかく変なカンジがする。ついでに言うと無駄に硬い体だし。

「そりゃ悪かったな」
「謝るくらいだったら最初から驚かさないでよ」
「こうでもしねえと逃げてただろ?」
「……人聞き悪いわね」
「でも事実だろうが」

そうね、どちらかと言えばイエスに近いとは思うけど、途中経過で起きられていたら挨拶くらいして逃走はしてたと思う。
多少、格好悪い逃げ方かもしれないけど慌てて逃げ出したかもしれないわね。なんて、口には出さずに顔に出しておく。
そんな私の顔を見た跡部は、特に表情を変えることなく私を見て何故か頬を撫でているんですが。

「……化粧、付くわよ」
「ゆいのだったら構わない」
「……あっそ」

とてつもなく変なカンジがする。
上に覆い被さっているのは私で、それを逃さぬようにしているのは他でもない跡部の腕で。
少なくともこんなことをする間柄でもなく、数時間前のことですら夢だったり幻だったりにしようかと思ってたのに。
嫌でも現実なんだって思い知るじゃない。こんな風に丁重に扱われたんじゃ…数時間前と同じ。拒否も拒絶も出来なくなる。

「何困った顔してやがる」
「……そりゃ困るでしょ」
「何を困る必要があるんだ?」

多分、分かってて聞いてるなコイツ。
その証拠に表情は緩んでて口元は上がってる。嫌味な表情でないにしても確実に笑ってるとしか言いようの無い表情。
何がおかしいのか問い詰めたいくらいの顔をしてるけど、それをどう問い詰めていいのかも分からない。

「同意で抱かれて嫌じゃなくて、今もこうして傍に居て苦痛じゃない」
「……」
「だったら受け入れろ」
「……何よそれ」
「拒否も拒絶もしなかったお前だ。受け入れろよ俺を」

……どんな言い草よソレ。
大体、何でそんな分かったような口を利いてるのよ。確かにその心内は事実そのものではあるかもしれないけど…
逆にそこまでハッキリ言われたんじゃ返しようがないじゃない。何かワケ分かんなくなるじゃない。
どうしていいのか、どうしたらいいのか、どうしたいのか、どう……全く分からなくなるじゃない。自分の中でごちゃごちゃになる。

「不自由はさせない。悪いようにもしない。傍に居ろよ」
「な…っ」
「再会から始まるなんて無理だ。こうなった以上、責任取らせろよ」
「何よそれ…それって全部跡部の――…」

都合の良いようになってるだけじゃない、そう言いたかった唇は塞がれて言葉にならなかった。
酷く手荒に、だけど優しく扱われているような…それでも激しいキスの中、よく分からないものが渦巻いていく。
……そういえば、こんな風に想われて求められたことなんて、一度も無い。

「ちょっと…跡部…っ」
「昨日は景吾って何度も呼んだだろ?」
「それは…んっ」

言葉になる前に塞がれていく。まとまり掛けた言葉を溶かすかのように口付けて、考えまでも溶かしていく。
こんなの困る。こんなのおかしい。昨日まで欠片も無かったものがカタチを成していくとか有り得ない。
色んなものがドロドロに溶けて呑まれていくとか、そんなの絶対にあってはならないことだと頭は告げている。それなのに、

「欲しいものは絶対に手に入れる」

おかしくなっていくんだ。何とも思っていなかったはずの跡部に、私は何かを求めているように思えるとか。
こんな風に触れられることが嫌ではなくて、この手が私だけを求めてくれるなら…とか思ってしまうこと自体がおかしい。
昨日の今日、突発的な出来事の中で起きてしまったことを、受け入れろっていうことが頭では出来ない。

「だからお前も放すとかしねえ。果てまで追うぞ」

……追われても追うことはしないのが跡部景吾じゃなかったの?誰かがそう言ってた。
いつの間にか天地は逆さに変わっていて、私は天を仰ぐように跡部の顔を見上げるカタチになっていた。
余裕めいた小奇麗な顔が見えてもおかしくはないのに、目の前にいるのは何の余裕も無いただの男の顔。
青い目が切なげに揺れている。何処か切羽詰ったかのように余裕を無くした跡部なんて初めて見た。

「……愛してる」

目を丸くするしか出来ない。少なくとも一方的、一方的に告げられただけの言葉に胸が震える。
必要以上にドキドキするんだ。こんな感覚なんてもうすることは無いと思っていたのに、少しの年齢も重ねたのに。
昨日の今日で落ちる感情があるとか思えない。それでも落ちていく感情が自分の中にある。
説明が出来なくて説明が付かなくて、ただ呆然と見つめることしかしない私に跡部は優しく微笑んだような気がした。

「自分から言うのは初めてだ」
「……」
「俺と付き合ってくれ」

何処に?買い物に?なんて冗談も吐けないほどに本気で告げたんだと思った。今まで見て来た顔とは違う顔。
嘘偽りのない表情にプラスしてキツく抱き締めている手が少しだけ震えているようにも思えた。
もしかしたら…そう思って触れた跡部の胸。音が響く。私と同じくらいのスピードで心臓が動いている。

「……ふ、せいみゃく?」
「馬鹿言うな。てめえの所為だ」

「あの頃、ずっとこんなもん抱えてたんだ」なんて言われた瞬間、驚きすぎてまた目を見開く。
それと同時に溢れて来た涙は…何を意味しているのか分からない。だけど、跡部を驚かす材料にはなったようで、

「な、何泣いて――…」

自分の気持ちを誤魔化すことなんか出来ずに一言、たった一言だけ言葉を添えて自分から触れた。
いいのか悪いのか、そんなのじゃなくて想ってしまったら最後。何も出来なくなってしまったが最後。
私は受け入れて呑まれて、そして芽吹いたものを愛でたい、と知ってしまった。



-3年8ヶ月-



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