テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

「お前、大学卒業して何年経ったか知ってるか?」

そんなの計算すれば嫌でも分かることで知るも知らないもない。私が大体3年で跡部は1年弱、経過しているだろう。
でも、そんなことよりも真っ白な絨毯が気掛かりで、何故か距離を縮めて話を進めている跡部が恐ろしくて。
ソファーからずり落ちたというのにまだ後退さろうとする私はきっと誰の目にも滑稽だろうと思う。だって自分でもそう思うから。



3年8ヶ月
-空白期間-



何て目で見ているのだろう…って思った。
勝気極まりなくて何処までも俺様だって言わんばかりの表情と目をしているのが跡部のはずなのに、今はそうは見えない。
物憂げ…ってわけでもないけど、何処かバラバラに散ってしまいそうな儚い表情と目をしている。跡部らしくもない。

「何年経ったか知ってるか?」
「私は大体3年で…跡部は1年弱、でしょう?」
「そうだ。まさかお前が短期だとは…卒業まで知らなかった」
「いや…そう言われてもねえ」

進むべき進路も専攻も違ったらそうなってもおかしくはない話で、私のクラスに興味が無ければ短期だってことを知らなくて当然。
大学部といえども多かったからね。クラスもだけど専攻も山ほどあって実際、私だって跡部が何処に居たのかも知らないし。
急に何を言い出してるんだろうって思った。もうとっくに過ぎたことで卒業だってお互いにしているわけで…
今更どうこう言ったところで何も得ないわけで、そう考えた私は跡部の言わんとしていることに首を傾げるばかりだ。

「空白の時間は…3年と8ヶ月だ」
「何その数字」
「お前に会えなかった年月だ」
「は?大学に居る間も会った覚えは…」
「俺はいつも見てた。向かいの校舎だったからな」

向かいの校舎…ああ、窓側から見えてたあの校舎ね。でも、あそこに跡部が居たとか私は知らなかった。
むしろ、その頃は突き付けられた課題だの何だのに追われてそれどころじゃなかったし、講義についていくことが精一杯で。

「頭のイイ人は余裕があっていいわね」
「……勘ぐれよ、鈍感女」
「はあ?勘ぐるも何も私は講義で精一杯で向かいの校舎なんて――…」
「そうじゃねえだろ!俺は……お前が好きでずっと見てたんだよ!」

……何を、わけの分からないことを言ってるのだろう。

「中学の頃、教師の薦めで無理やりだが生徒会に入った。覚えてるよな?」
「そりゃ…悲惨な目にもあったから…」
「その後、高校でも無理やり生徒会に入れた。それは俺の意志だった」

ああ…確か「有能なてめえが悪い」とか何とか言って入らされたのを覚えてる。本当に強制だった。
教師も合掌して頼み込むもんだから……でも正直、雑務をうまくこなせれば誰でも良かったと思ってたっけ。
だって誰もやりたがらない。やりたがる子はほぼ跡部の取り巻きたちで教師がソレを許すことはなかった。どう足掻いても。
そんな時に再度、私に声が掛かっただけのことで、それ以上何もないと思っていた。

「お前と俺は明らかに専攻するものが違ってたよな」
「……そうね、クラスは一度も一緒にならなかったし」
「俺は……だからきっかけが欲しかった」

……きっかけも何も、アンタその当時可愛い彼女がゴロゴロ居て、より取り見取りな状態だったじゃない。
なんて言うの?殺傷事件とかにならなかったのが不思議なくらい元カノが居たのは私でも知ってることなんだけど。
そんな頃から……好き、とか言われても、信憑性に欠ける。酔いの席での冗談にしてもタチが悪いんじゃない?
そう言ってやろうかと思ったけど、今の状況下、ソレが言えるような体勢なんかなんかじゃない。
ソファーから転げたふわふわした絨毯の上、微妙に後ろへ下がっていく自分を追うように跡部もまた降りて来たんだ。
手を伸ばされたなら嫌でも触れられる距離に居る。身を乗り出されたならば……嫌でも拒絶出来ない距離に跡部は居る。

「な…何言ってんだか…」
「嘘でも冗談でもない。本気だ」
「だって跡部…あの頃……」

山ほど彼女居たじゃない、そう言おうとしていた口は細長い指が触れたことで止められた。
煙草の香りがする私の指なんかとは違う。昔から変わらない跡部の香水の香りがする指先。悔しいくらい綺麗。

「お前が嫌な目に遭わないためのカモフラに過ぎない」

なんて野郎だ!女の敵と言っても過言じゃないくらいの敵っぷりに吃驚だわ!いや、そういう要素はあったけど…
だから、なんだ。日々、嫌がらせは続いては居たけど直接的に何かが無くなったのは証明されたからだとあの時も思った。
堂々、公衆の面前で跡部に寄り添う彼女が出来た頃。私への嫌がらせは確実に牽制されて薄れていったことを思い出す。
あれが…カモフラとか言うんであれば、もっと他にも方法はあったんじゃないか、なんて……

「ゆい」
「はっ?」

一瞬、何か変なことを考えたような気がした。何気取りなんだ?みたいなことで――…

「一度はお前のこと過去にしたつもりだった」
「……」
「だけど、過去に出来なかった」

――香水とアルコールの香りが入り混じった温かなぬくもり。
目を白黒させるくらいしか出来ずに硬直なんて…情けないことになってしまっている自分が居た。
正直笑えないことではあるけど、今まで上手なお付き合いをすることが無かった私にとって、こんな突拍子の無い体験はない。
極端に一方通行、熱しやすく冷めやすいが基本で…逆に想われすぎたなんて経験は皆無に近くって…

「冗談、でしょ?」

無いと思ってた。人から想われること、自分以上に相手が自分のことを想うなんてこと。
その時、一時的な感情だけが渦巻いて走り出して、気付けば「何故?」という恋愛しかしていなかった私に、嵐が舞い込む。

「……どうすれば本気だって信じる?」

真っ直ぐに見据えた青い目が私を確実に捕らえていた。こんなに間近で顔なんか見たこともなくて逆に見つめ返す。
小奇麗な顔立ちはしてるとは思っていたけど…ここまで綺麗な顔をしてるなんて思いもしなかった。
こんな肌されてちゃ…化粧で誤魔化してる私の方が荒れてても仕方ないなーなんて、そんな呑気なことを考えてしまう。
そっか、今更だけど分かった気がした。跡部の顔だけに惹かれていく、当時の取り巻きたちの気持ちが――…

「……っ」
「な、何よ…」
「マジマジ見んな…どうか、なる」
「え…?」

ぼんやりと見つめてしまっていた顔が近づいて触れて、そして離れていった。
一秒あっただろうか、それくらい瞬間的なキスには間違いなかった。本当に一瞬、舞い降りて舞い散ったような…キス。
言葉も出なかった。目を閉じることさえ出来なくて、今だって瞬きを忘れて目は見開かれていると思う。驚きすぎて。
なんて子供騙しなキスをしてるんだろうってぼんやり考えてたら、次はそうもいかなかった。

「んんっ」

思いっきりぴったりと塞がれた唇は外気に触れることすら許されないくらいに押し付けられていた。
自然に頬に添えられた手、もう片方は腰回りに絡められて余計に密着して香水とアルコールの香りに侵食される。
目は…まだ見開いたまま。そこまで迫った迫力ある顔におののくばかり。何をどうしたらこんな顔になるんだろう…とか、
気が動転しすぎて何を考えてるのかも分からないくらいにただ、押し付けられてる。

「んっ」
「……口、開けろよ」

んなこと出来るか!って叫んでやりたかったけど、そんなことをすれば跡部の思うツボだって分かってたから首を小さく横に振る。
どんな抵抗だよって話で、こういう時にどうしていいのか分からなくなる自分が不甲斐なくて仕方ない。

「んんーっ」

頑なに拒否し続けてどうにか体を押し返そうにもビクともしなくて、それでも何度も角度を変えて口付けて来る跡部。
経験の差が物語るのか、触れていただけの指が急に口の中に押し込まれて否応なしに開かれ、その隙に舌が滑り込む。
温かな舌が蠢く。至るところを這って、最終的に舌に絡められた瞬間に私は床と水平になった。

「長い…期間だった」

口付けの合間に様々な言葉を少しずつ零していく跡部に対して、その言葉を拾うだけしか出来ない私が居る。
舌は舞い、腰にあったはずの手は徐々に違う方向へと進んで行くのに気付いていながら…何も出来ない。
拒否することも拒絶することも、受け入れることも――…

「……酔った所為にでもしとけ」

香水とアルコール、化粧品と煙草。複雑な種類の香りが交じり合うことが出来ずに個々に主張する。
視覚は跡部だけ、嗅覚は個々の香り、味覚はアルコールと煙草、聴覚は跡部の囁き、触覚は…優しく触れる跡部の手。
色んなものが混じって呑まれていく感覚。触れる唇は激しくて、触れる手は優しくて、囁く声は甘くて…障害を起こす。

「あと…べ」
「今だけ、景吾って呼べ」
「……景吾」

酔う、酔っていく。頭の中が真っ白になるほど酔っていく。
気付けば自分から跡部の首に腕を回していて、自分からもキスを強請るような…そんな態勢になっていた。






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